表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】結婚できない女が『普通の男でいいのに』って言ってたら、神様が本気で婚活させに来た。/『泡沫 月華の縁結び〜だから、普通の人でいいんです〜』  作者: 蜂屋
私らしさが未来になる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/32

第二十二話:昔々、神様は。


「……それでは、話そうか」


神は、ひとつ、静かに息を吸い込んだ。

まるで、胸の奥をひとつずつほどくように。



***



4人の男性から真剣交際を申し出されている結衣子は、あと6日のうちに一人を選ばなければならなかった。


悩んでいたところ、意外な人物からのお見合いの申し出が届く。


──この世界で最初に出会った相手、佐久間 晃仁。


かつて「会話が続かない」という理由で断った相手が、

今になって、もう一度だけ会いたいと願ってきたのだ。


結衣子は再会を決意する。


けれどその前に、どうしても確かめておきたかった。


……“彼”のことを。


長くそばにいて、誰よりも支えてくれたその人のことを、きちんと知らないままでは、──私は、先に進めないんだと思った。


上司の後押しもあり、ついに彼は語り出す。


かつて、“人として生きていた頃”のことを。





神の声は、静かで——どこか懐かしい色を帯びていた。


「俺は……どこにでもいるような、ごく普通のサラリーマンだった」


障子の向こうから春の光が差し、畳にやわらかな影を落としている。

けれどその光の中心。神と向き合う結衣子との間には、張り詰めた静けさが流れていた。


「俺が育ったのは、ろくでもない家だった」

「父親は事業に失敗して、ギャンブル漬け。母親は父親の暴力から逃げるように不倫して、俺を置いて出ていった……いわゆる、喧嘩別れの父子家庭ってやつだ」


神の目は、少しだけ遠くを見ていた。


「……愛情とか、家族の温かさとか、そういうものには、ずっと縁がなかった」

「だから恋愛も、結婚も、どこかで信じきれなかった。人に期待して、裏切られるのが怖かったんだ」


結衣子は、何も言わなかった。

ただ、真っすぐに、彼の声を受け止めていた。


「でもな。子供の頃、何もかもが暗く感じた時期に──ひとりだけ、俺の世界を照らしてくれる子がいた」


神の声が、わずかに揺れる。


「明るくて、素直で、夢みたいなことを本気で言う子だった」

「“月から来た王子様と結婚したい”とか、“大きなお屋敷に住むんだ”とかさ……正直、眩しかった。真っ直ぐすぎて」


懐かしむように目を細めながら、彼は言葉を継ぐ。


「……その彼女に、子供だった俺は、感情のまま酷いことを言って、泣かせて……それっきり。中学を卒業するまで、話しかけることもできなかった」


後悔の余韻が、わずかに声を揺らす。


「それでも——彼女のことは、ずっと、心の奥に残ってた」


ぽつりとこぼれる声が、春の光の中に溶けていく。


「……あの子の作った、きなこドーナツ。食べたかったな」


その言葉に、結衣子の胸に、小さく波紋が広がる。


(……あぁ)


記憶の奥に沈んでいた、小さな自分と、あのときの男の子。

すべてが、静かに、静かに繋がっていく。


あの雨の日。青いハンカチ。

きなこアレルギー。

不器用だけど、優しかったまなざし。


——そして、幼い私に初めて芽生えた、淡くて優しい“想い”。


(……やっぱり)


その瞬間、なにもかもが腑に落ちた気がした。

胸が、じんわりとあたたかく満たされていく。


結衣子は、口を開かなかった。

けれど、涙が、頬を静かに伝っていった。


神は、それに気づいていたのかいなかったのか、語りを止めなかった。


「それから十数年。俺は、普通の会社員になってた」

「片想いを引きずったまま、恋愛もろくにせず、寝て起きて、また仕事に行く……そんな毎日を、ただ繰り返してた」


ほんの一瞬、声が止まった。


「……で、去年の春。事故に遭って——目が覚めたら、この上司の前にいた」


そう言って、神は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「上司が言うには、“とある使命”を俺に任せようと思って、呼び寄せたらしい」



***



「よぉ、誠一くん!」


ぼんやりと目を開けると、そこは宮殿のように荘厳で、どこか浮遊感のある空間だった。


空は淡い金色で、雲ひとつない不思議な天井。空気は澄んでいるのに、足元の感触は曖昧だった。


目の前に立っていたのは、背中に羽を背負った──明らかに中年のおっさん。


隣には、犬のような形をしたモンスターが腕を組み、不機嫌そうに睨んでいる。


「……ここは……俺は、死んだのか」


誠一はゆっくりと身体を起こしながら言った。


「……天使のコスプレしたヤバいおっさんが見えるんだが」


男の眉がぴくんと動いた。


けれどすぐに、唇を尖らせて、子供のようにむくれる。


「コスプレ!?ちょっとひどくない!?ねえ、似合ってない?だめ?」


「ダーーッハッハ!!コスプレやって!おまえ、おもろいやんけ!」


犬のような存在が体を揺らして笑っていた。


(……しゃべった。しかも関西弁)


「まあまあ。驚かないでよ。死んじゃったばっかのところ悪いけどさ。俺は、君たちの世界でいうところの──“神様”ってやつ」


「……は?」


「普通なら、死んだ魂はここで浄化されて、良い行いをした順に転生していくんだけど……君には特別に、ある使命を託したくて呼んだんだ☆」


誠一は目を細めて、目の前のふざけた男をじっと見据えた。


「……使命?」


男は、にこやかなまま、まるで“とっておき”のネタを披露するように口を開く。


「神様になって、人類滅亡の危機を救ってくれ!」


しん、と静まり返る空間。


男だけが、にこにこと笑っていた。



「………はぁ」



「……え?冷めてない?今の、“ジャ○プの主人公展開”だったよね!?男の子なら、“うおおおお!”って、拳握るとこじゃないの!?」


男は、困ったように隣の犬へと視線を送る。


「なぁ?ハッピーちゃん?」


「いや、うち女の子やし。そういうテンションはよう分からんわ。てか、“男の子なら”て……今の時代、それハラスメントやで?」


犬は冷たく肩をすくめた。


誠一はため息を吐きながら静かに言った。


「……あの、俺みたいな三流人生送ってきた男に、人類の未来とか託されましても……他あたってください」

「……なんか、それこそ、“ザ・主人公”って感じの…メラメラした人。こういう、目が死んでる人とかじゃなくて」



沈黙が落ちる。



次の瞬間──

男の笑みがゆっくりと歪んだ。


「──どんな手段でもいい。椿 結衣子に、子供を産ませろ」


一瞬、意味がわからなかった。


けれど、その言葉の異常さだけは、本能が察知していた。


(……は?)


胸の奥に、ぞくりと氷が流れ込む。

世界がぐにゃりと歪んで、足元の感覚がなくなるような錯覚。


飲み込みきれない怒りが、喉の奥で膨らんでいく。


空気が変わる。


張り詰めた静けさが、室内を支配した。


「いやぁ、ただの人口調整だよ。少子化、やばいでしょ?上のやつらが言うには、彼女の子孫が人類繁栄の鍵を握ってるんだと」

「俺たち神々としては、人類が繁栄して、大勢が幸せに生きられるんなら、彼女一人の犠牲なんてちっぽけなことなの。わかる?」


笑っていた。けれど、その笑みに、ぞっとするような“異物感”が混じっていた。


「だから……合理的に、確実に、“産ませる”必要があるの。言葉通り、どんな手を使ってでもね」


口調は軽やかだが、その目は、どこまでも冷たかった。


「……ふざけるな」


誠一の拳が、音を立てて震える。


「そんなもの……お前らの勝手な都合だろ!!彼女はずっと、幸せな結婚を夢見てたんだ!それを踏みにじって、“産ませる”だと!?冗談じゃねぇ!!」


怒りに任せて踏み込もうとした瞬間、男が手を軽く挙げる。誠一の身体が、ぴたりと動かなくなった。


「うんうん、ひどい話だよね〜。“そこらへんの男に襲わせりゃいいんじゃね?”って案も、上から普通に出てたし」


内容の悪質さに反して、その口調は変わらない。


「でもさ、それだと、あんまりでしょ?」

「子孫は残せても──結衣子ちゃんの心が壊れたら、可哀想じゃん」

「だから“お前”なんだよ」


誠一は怒りと混乱で、言葉を失っていた。


「まあ、まずは……そうだなぁ〜。300年くらい、俺の手伝いってことで修行してもらおうか?」


「……300年……?」


「単純な話だよ。ここ、時空がぐにゃぐにゃに歪んでてさ。そこらじゅうにある扉から過去や未来に行って、歴史の調整とか未来の視察をしてもらう」

「で、300年分しっかり働いて──最終的に、また“この時間”に戻ってくりゃいい」


「その後は……何をするんだ」


「“仲人”だよ。椿 結衣子が、条件のいい男と幸せな結婚をできるように。お前が、それを導いてやるのさ」


誠一は目を伏せる。


「……それが、俺の役目……」


「ちなみに──」


男が身を乗り出すように、にこやかに言った。


「その魂のまんまだと、不安だろ?新しい身体、欲しいんじゃない?」


誠一は、自分の手を見下ろした。


死んだはずなのに、

動く。掴める。触れられる。


……でも、どこかが違う。


熱も、重さも、呼吸もない。


あるのは、吐きそうなほどの浮遊感と、泣きたくなるような、どうしようもない孤独だけ。


何かに包まれたくてたまらない。

これが……“身体”を求めるってことなのかもしれない。


「……あぁ」


ぽつりと漏らすと、男は指を鳴らした。


「だよね〜!実体がないって、想像よりずっと気持ち悪いでしょ。ちゃんと見えてるし、触れられてるはずなのに……心だけが、ずっと宙に浮いたまんまで」

「身体の境目がぼやけて、世界との繋がりがどんどん薄くなる感じ。わかるわかる~!」

「でも……それはそういうもんだから」


声色が変わる。軽やかな言葉の奥に、冷えた現実がにじみ出る。


「神になるってことは──もう二度と転生はできない」

「お前の魂は、ここで“神”として永遠を過ごす。それでも、やるかどうかは自由だよ。でも──」


男の声が、唐突に冷たくなる。


「君が選ばなければ、彼女は──“効率的に”処理される」

「椿 結衣子の“幸せな結婚”を願うならば……選べ、“神様”」


誠一は、ゆっくりと目を閉じた。


長い、長い沈黙のあと──


「……だったら、俺がやる」


その声音には、迷いも逃げもなかった。


「“神様”って肩書きでもなんでも、使ってやるよ。彼女の未来を守れるのなら、それでいい」


もし、この世界が、“彼女を犠牲にしなければ救えない”というのなら。


「その歪みごと全部、俺が背負ってやる」

「俺の魂ひとつで救えるなら、安いもんだ」




***




結衣子の目から、ぽろり、と涙がこぼれた。


誠一は、ゆっくりとその背に手を添える。


「……悪い。重かったよな。もう、やめてもいいんだぞ」


結衣子は、黙って首を横に振った。


しばらく、ふたりのあいだに静けさが落ちた。



***



──四月一日、昼。横浜・中華街。


昼休憩に入った誠一は、職場からほど近い中華街を歩いていた。

春の日差しはまだ冷たく、どこか肌にひやりと残る空気が心地よい。


観光客のざわめきの中に、かすかに混ざる、子どもの泣き声。


「……ん?」


足を止めると、雑踏の片隅に、小さな女の子がしゃがみ込んでいた。

クマのリュックを背負い、声を殺すように震えている。


「……どうした?」


「……ひっく、ま、まいごになっちゃったの……」


女の子は、くるみと名乗った。7歳くらいだろうか──

どこかで見たことがあるような、懐かしい面影をしていた。


誠一はしゃがみ込み、目線を合わせて声をかけた。

話を聞くと──屋台のいちご串が美味しそうで、つい見とれているうちに、親とはぐれてしまったのだという。


誠一は、そのいちご串をひとつ買い、そっと少女の手に渡した。


「……ありがとう。おにーさん、やさしいね」


笑顔を浮かべるくるみの横顔に、ふと、あの日の結衣子の面影が重なった。


──夢を語っていた、あの女の子。

王子様と結婚したいとか、大きなお屋敷に住みたいとか。

まっすぐで、素直で、眩しくて。


(……ほんと、似てるな)


交番に連れて行くと、すぐに親が見つかった。

観光中に地図を見ていて、はぐれてしまったようだった。


目的地は、山下公園。


「ありがとうございました……本当に……!」


何度も頭を下げる母親に、誠一は微笑んでうなずいた。


「気をつけてな」


手を繋いで歩き出す親子の背中を見送りながら、胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような、言いようのない寂しさが残った。


──結衣子ちゃんの家庭も、こんなんだったんだろうな。


くるみの笑った顔が、あの頃の結衣子と重なって、離れない。

王子様と結婚したいって本気で言ってた、眩しいくらいのあの子。


(……結衣子ちゃん、どうしてるかな)


ふと、そんな気持ちが胸をよぎる。


ポケットからスマホを取り出すと、ホーム画面のイリスタグラムのアイコンを、しばらく見つめた。


数年前まで、たまに覗いては……すぐに閉じていた。

彼氏との仲良さそうな写真ばかりで、見ているだけで胸がぎゅっとなって、見るのをやめていた。


でも──


(……たぶん、また傷つく。でも、それでも──ちょっとだけ…)


指先がゆっくりと動き、アイコンをタップする。


そこに、あったのは──


《婚活パーティー、行ってきます!#今日が誕生日#やけくそ》


投稿されたばかりのその写真を見て、心臓が跳ねた。


(……今日、誕生日……)


そこに写っていたのは、見違えるように綺麗になった結衣子だった。

でも、どこか──ひとりで無理して笑っているように見えた。


(婚活……?彼氏と、別れたのか)


いつだって誰かと付き合っていて、長続きはしなくても“ひとり”でいることはなかった彼女。

だからこそ、それは思いがけない事実だった。


けれど──だからといって、俺に会う理由なんて、どこにもない。


(……それでも、ただ)


見てしまった。あんなふうに、無理して笑うあの子を。


(……会いたい)


もう、届けることはないと思っていたこの気持ちが、彼女のあの笑顔に触れた瞬間、また、動き出したんだ。


針が定時を指した瞬間、誠一は突き動かされるように立ち上がった。


(あれから何年も経って、俺も、あの子も、大人になった)

(なのに、まだこんな気持ちが残ってるなんて──)


もう二度と、話せないと思っていた。

それでも、ほんの少し、顔を見て「誕生日おめでとう」と言えたら。


それだけで、十分だった。


スーツの裾を整えて、ネクタイを結ぶ。

数年ぶりにワックスを軽くなじませ、鏡の前に立つ。


「……よし」


ぽつりと呟いて、小さく息を吐いた。

そして、ふと思う。


「……ちょっとした贈り物でも、買っていくか」


何年越しだろう。


“昔の知り合い”として会えれば、それでいい。

ただ、今日という日が、ほんの少しでもあの子にとって優しい記憶になれば、それでいい。


ちゃんと笑って「おめでとう」って言えたら。

きっと、俺の人生も、少しだけ報われる。


海の匂いが、微かに風に混じる。

この道の先に、どんな顔をした彼女が待っているのか──

それを思うだけで、足がほんの少しだけ速くなった。


──その先に待っていたのが、永遠の別れだなんて。

俺は、まだ夢にも思っていなかった。





次回:最適解と、本当の答え

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ