表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】結婚できない女が『普通の男でいいのに』って言ってたら、神様が本気で婚活させに来た。/『泡沫 月華の縁結び〜だから、普通の人でいいんです〜』  作者: 蜂屋
私らしさが未来になる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/32

第二十一話:“神様”じゃなければ


神様が、私のために作った世界がある。


32歳、婚活拗らせ女のための──

“結婚しないと帰れない”異世界。


この世界には、どこかで見たことがある景色が広がっている。


障子の奥から、淡い光がにじむ。

縁側に落ちる日ざしが、障子のふちをあたためていた。


お香の匂いが、静かに、ふと漂ってくる。


それらすべてが、現実ではないとわかっていながら、

やけに胸の奥を、懐かしく揺らす。


私がハマっていた乙女ゲーム──

“泡沫 月華の片想い”。


その世界観をベースに設計されたこの異世界で、私はいろんな人と出会った。

恋をして、裏切られて……騙されたことも、優しさに救われたこともあった。


泣いて、笑って、悩んで、落ち込んで──


そのたびに少しずつ強くなって、

“私自身”を、取り戻してきた。


──そんな異世界生活も、いよいよ終わりが近づいている。


この場所にいられるのも、あと二ヶ月を切った。


最後の選択のときが、もうそこまで迫っている──。




***




カレンダーの前で、結衣子はため息をついた。


真剣交際の相手を決める期限まで、あと6日。

私は、現在4人の男性に真剣交際の申し出を受けているが、そのステージに進めるのは一人だけ。


この異世界にいられる期限まで間もない私にとっては、選んだ一人と成婚に向かう他に選択肢はない。


……どうしても一人に絞れないでいた。


彼らに不満がある訳ではない。

どの人も本当に素敵で、条件も申し分なく、まさに自然体でいられる方々ばかりだ。


誰を選んでも、幸せになれる。


でも──


「……もうちょっと、このままでいたいな」


その声が、自分の口からこぼれたものだと気づく前に──


「……ん?」


聞き慣れた、低く柔らかい声が返ってきた。


「……ん?」


振り返ると、神様と目が合った。

いつの間にか、すぐ後ろまで来ていたらしい。

白木の床の上に立つ彼は、何も言わず、ただこちらを見つめていた。


「えっ、いや、ち、違うの、今のはその、なんというか……!」


言い訳の口火を切った自分の声が、やけに高く響いた。


「“このまま”ってのはね!もちろん焦ってるし!神様たちに迷惑かけてるってのもヒシヒシと感じてるし!ちゃんと成婚しなきゃって、わかってるんだけど!」


言えば言うほど、泥沼にハマっていく感覚。

でも、止められなかった。


「その……ハッピーとか、……か、神様……とか……その……」


目を逸らしたまま、結衣子は声のボリュームを落とす。


「……こういう生活が、なんかこう、居心地よくて……」


「……君は、私といたいのか?」


ぽつりと落ちた神の言葉に、時が止まる。


顔が、みるみる熱くなる。


(え、えええ!?)


「ちがうし!?違うってば!?そんなこと言ってなくない!?……言ってた?いや言ってないよね!?たぶん!」


神は、じっとこちらを見つめたあと、静かに言った。


「……知らん」


「こっちが聞いてるんですけどぉぉおお!!」


神はまるでなにもなかったかのようにそっぽを向き、手元の帳面を閉じながら言った。


「今日もデートの予定だろう。くだらないことを考えていないで、早く支度をしろ」


「えっ!?ちょっ……はぁ〜……」

「はいはい、支度しますよぅ……」


ソファの上で、そんなやり取りを見ていたハッピーが、ゴリゴリと首を回しながらつぶやいた。


(……あんたらが、結婚できたらええのにねぇ)


それは、ハッピーの心の中にだけ浮かんだ、淡い願いだった。




神は、黙って目を閉じた。


……まさか。

いや、そんなはずはない。


赤くなった結衣子の顔。


(……俺なんかに、そんな気持ちを向けるわけがない)


馬鹿な妄想だ。

勘違いするな。


俺はもう、人間ですらない。

結婚相手どころか、誰かと向き合う資格すらないんだ。


(……違う。そんなこと、考えなくていい)


彼女には未来がある。

誰かに愛されて、ちゃんと幸せになれる人なんだ。


だから──

この想いは、隠し通さなきゃいけない。


絶対にバレちゃいけない。


想いが知られたら、引かれるかもしれない。

逃げられるかもしれない。


……怖い。

死んでまで、嫌われたくない。





障子の向こうから、小鳥のさえずりがふわりと届く。

庭の梅は、蕾をほんの少し開きかけていて──


まだ寒さの残る空気の中にも、確かな春の気配が漂っていた。


私は卓袱台の向こうに身を乗り出して、「じゃーん!」と声を弾ませる。


「昨日の料理教室で習ったきなこプリン。見た目も味も完璧!」


小ぶりの器にとろりとしたきなこのクリーム、上には黒蜜ときな粉をふりかけて、金箔なんて乗せてしまった。

盛り付けは大成功。味は、たぶんもっと成功。うん、自信ある。


「いただきまーす!」


ハッピーが一心不乱にスプーンを動かす横で、神はそっとスプーンを取った……と思ったら、置いた。


「……すまない、私は遠慮しておく」


「え?まさか……甘いの苦手なの?」


ほんの一瞬だけ、彼の顔が陰った。


「……きなこ、アレルギーなんだ。軽度だが」


「……きなこ?」


その一言で、心の奥の引き出しが、がたんと音を立てて開いた。


私が小学校一年生のときのことだ。


当時、私が好きだったのは、近所に住んでいたお兄ちゃん。


小学校に入学してすぐの雨の日、転んだ私に青いハンカチをくれたのが、そのお兄ちゃん──桐島誠一くんだった。


それから私は、誠一くんのことが気になるようになって、よくお母さんとお菓子を作っては、かわいくラッピングして、彼にあげてたんだよな。


──その年の、少し涼しくなってきた頃。


あの日も、そうだった。


「誠一くん!昨日はね、お母さんときなこドーナツつくったんだよ!あげるね!」


「あっ……ごめん。俺、きなこアレルギーなんだ」


「え?きなこ嫌いってこと?」


「……嫌いっていうより、身体に毒みたいなもん。給食で別メニューの子、いたでしょ?俺、それが“きなこ”なの」


「そっかぁ……ごめんね」


「いや、気持ちはすっごく嬉しい。ありがとう」


「じゃあ今度は、チョコにする!チョコは食べられる?」


誠一くんは、ちょっとだけ顔を赤くして、こくんとうなずいた。


「……うん。ありがとう」


アレルギーっていうのを、はじめて知った出来事だったから、今でもよく覚えてる。


今思うと、きなこアレルギーって、けっこう珍しいよなぁ……


──思い出の中で、誠一くんが笑った顔を、私はぼんやりと思い浮かべていた。


気づけば、神の顔がすぐ目の前にあった。

きょとんとした私の顔を見て、神様は、ふいと視線を逸らして黙り込んだ。


……ていうか、まてまて。

そんなことより———


「……アレルギーって、人間みたいなこと言うのね」


つぶやいた言葉が、空気をぴんと張り詰めさせた。

神が言葉を探すように、微かに息を呑むのが分かった。


そのときだった。


ぴこん、と水晶が光り、神にメッセージが届いた。


視線を落としてそれを読み、神は一拍おいて、ため息をひとつ。


そして──


「……まぁ、俺は元々人間だからな」


「……っ!」


頭が真っ白になった。


胸の奥が、じんわりと熱くなる。


ずっと聞きたかったような気がする。

やっと、やっと、教えてもらえた。


鼓動が早くなる。

まずい、にやける。

顔、赤いかな!?


誤魔化さないと……!


「……あ、あれ!?今、“俺”って言ったよね?“私”じゃなくて?」

「それ、もしかして、“人間の時の俺”!?え〜〜!?ちょっとちょっと、300と何歳?どこの出身?人間の時もそんな美形だったの!?」


神は、ぴくりとまばたきしたあと、ゆっくり視線を逸らした。

まるで「しまった」と思っているのを隠すように、帳面を取り出すふりなんかして。


「……そんなことより、君はどの男を選ぶのか──」


「……今、ごまかそうとしてるよね?あれ?ちょいと神様や?もしもーし?」


そのやり取りに、ふっと笑いがこみあげる。


同時に、はっきりと自覚してしまう。


(……あれ。私、今、何を期待してるんだろう)


“神様”なのに。

そう思うのに。

でも、思ってしまう。


この胸の奥で芽生えた気持ちに、名前をつけてはいけない。


けれど、それは確かに、ここにある。




***




──深夜、天界。


空は墨を流したように静まり返り、星すら雲の向こうに隠れている。

風に揺れる風灯籠が、ほの白い明かりを灯し、長い回廊を淡く照らしていた。


その一角、神殿の奥に設けられた執務の間。

玉砂利の庭を望む縁側に、神はひとり膝をついて座り、硯に筆を浸しながら、書簡を静かに整えていた。


隣に置かれた水晶が、ふわりと光を放つ。


『やっほー。お疲れちゃーん。メッセージ見た?』


水晶の奥から届いたのは、神界の上層にいる“上司”の声だった。

その声音は軽く、どこか浮世離れしているのに──

口にした内容だけが、やけに現実的で、重たく響いた。


神は筆を止めることなく、かすかに目を細める。

縁側を抜ける風が、ふと花の香を運んできた。


『例の佐久間くん、“椿さんともう一度お会いしたい”って、強く希望してるってさ。真剣交際の期限の話をしたら、“すぐに予定空けられます!”って、はりきっちゃってて〜』


水晶越しに響く声は飄々としているが、告げられる言葉は、神の胸の奥を静かに波立たせる。


『なんか彼ね、公認会計士の資格取って、偏差値65になっちまったらしいよ。今の4人の候補の中でも、ダントツじゃない?』


神の筆先が、静かに止まる。


『……どうする?お見合い、組んじゃう?』


しばらくの沈黙。


水晶の中の光がゆらめく。

それを見つめる神のまなざしは、まるで何かを噛みしめるようだった。


「……本人に、確認します」


短くそう答えて、通信を切った。


その背に、ハッピーが声をかける。


「……神さん?」


「……わかっている。口を滑らせたんだ。もう二度と、同じ過ちは犯さない」


神の声は、かすかに震えていた。

けれどその背は、何もなかったかのように静かだった。


ハッピーは黙って、神の背中を見つめていた。


(……アレルギーは、しゃあない)

(うちかて、なんでも食べられるようになったいうても、犬があかん食材はちょっと抵抗あるしな。食べるけど)


ただ———


間違っても、結衣子が神さんを好きにならんように。

神さんが、決して“自分のこと”を漏らさんように。

そう、自分で決めとったはずや。


それを──なんでまた、急に。


『……まぁ、俺は元々人間だからな』


(……滑らせた、て言うか?)


あんな丁寧に、慎重に、間を置いて……

あれは“こぼした”っちゅうより、“渡した”やろ。


神さん、あんた──


……結衣子に“選ばれへん未来”を、ちゃんと受け入れようとしとるんやろ。


その想いごと、そっと差し出すみたいにして。


──ほんま、不器用な男やで。





通信を切ったあとも、水晶の光は、しばらく消えなかった。


佐久間潤。スペックは格段に上がり、今や見た目も申し分ない。

佐久間なら、きっと、彼女を幸せにできるだろう。


……大丈夫。

あれくらいでは、何も変わらない。


彼女が、俺を選ぶはずがない。


——それなのに、どうして。


一番望んでたはずの未来が、

もう目の前まで来てるっていうのに。


あの子が、やっと幸せになれるっていうのに。


……どうして。

なんで、こんなに苦しいんだ。







──翌日。


神殿『縁側の間』には、やわらかな朝の光が差し込んでいた。

結衣子は縁側に腰掛け、膝にハッピーを抱えながら、ぼんやりと庭を眺めていた。


そこへ、神が現れる。


「……椿 結衣子」


「ん?」


「いい話がある。覚えているか?最初にお見合いした男。佐久間という名だ」


「えっ、佐久間さん?会話がまったく続かなかった、あの……」


「……彼が、君のことを“忘れられない”とのことだ」

「この一年、彼も努力をして、成長したらしい。当時の天界の調査で、君と最も相性が良いと言われていた男だ。──もう一度、会ってみるか?」



結衣子は、神の顔をじっと見つめた。

その目が、一瞬だけ、曇ったように見えた。



「……うん。会ってみる」



──ズキン。


神の胸の奥が、音もなく軋んだ。



(俺を、見るな……)



「でも、これだけは教えて。……あなたのこと」


神は目を見開いた。


「このお見合いはちゃんと頑張る。だけどね、今の私は、“あなた”のことを知らずに、前に進めない気がするの」


“神様”ではなく、“あなた”。


その言葉が、まるでナイフのように胸に突き刺さる。

でも、痛みの中に、確かに何かがあった。


彼女は、“俺”を探している──


そのとき、水晶が光を放つ。


ぴこーん。


なんだか嫌な予感がする。そう思った矢先──


『おーい!お前もそろそろ、腹割って喋ったらどうだ〜?』


どん、と響くような声が室内に広がる。

まさか、と思った瞬間にはもう──


「スピーカーにしてまっせ〜!」


「……どういうことだ」


「うわっ!?もしかして、神様の上司の方!?は、はじめまして……!」


『結衣子ちゃ〜ん♡やっほ〜!元気そうだねぇ〜♪』


突如として現れた、陽気なおじさんボイス。

状況がよくわからず硬直している結衣子に、さらに追い討ちをかけるようにハッピーが言葉を投げる。


「紹介します。上司という肩書きを盾になんでもかんでも部下に押し付けて、毎日ゴロゴロダラダラ、ゲーム三昧で過ごしている──腹の出たおっさんです」


『ハッピーちゃん!?おじちゃんの第一印象、悪いにも程があるよね!?』

『もうちょっとオブラートというか、せめてガムテープくらい巻いて!!』


「悔しかったら自分のパンツくらい自分で干しや」


『ぐふっ……そ、それは……だって、周りがみんな率先してやってくれちゃうから、俺がいつまでもできるようにならないだけでぇぇえ……』


「子供部屋おじさんみたいな言い訳すなーーー!!」


『ひどいよ!!……おじちゃん、結衣子ちゃんのために“脳内ダダ漏れくん”作るの、すっごく頑張ったのに〜!!』


「あンの悪趣味な装置作ったん、アンタかーーー!!!」

「ダッサい名前聞いた時点で、そうやないかとは思っとったけど!!!」


結衣子の目の前で、未知の存在による壮大なコントが始まっていた。


(この人が、あの“上司のおっさん”……!)

(ダダ漏れくん、実はけっこう助かってましたなんて、言える雰囲気じゃない……)


(でも、なんだか、優しそうな神様だな)


そんな中でも、上司の声は続く。


『って、そんな話のために通信してるわけじゃないのよ』

『……ほれ、そこまで話しちゃったんなら、もうぜ〜んぶ話してやれよ。お前のこと。結衣子ちゃん、いい目ぇしてんぞ。“神様”』


「なっ……なぜそれを──」


横でハッピーが、ぼそりと囁いた。


「“伝説のすべり芸”、おっさんに報告したったで。“ええよん♪”言うとったわ。ほな、どうぞ」


「い、犬ッ……貴様ッ!!」


神がぎりりと歯を食いしばるのが分かった。


だけど、結衣子は何も言わなかった。

ただ、じっと彼を見つめる。

“待ってるよ”の意味を込めて。



しばらくの沈黙のあと──



神は、ひとつ、深く息を吸った。



「……それでは、話そうか」



ゆっくりと、語りはじめた。



神様の昔話を。


そして、“彼”の物語を。



次回:昔々、神様は。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ