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【完結】結婚できない女が『普通の男でいいのに』って言ってたら、神様が本気で婚活させに来た。/『泡沫 月華の縁結び〜だから、普通の人でいいんです〜』  作者: 蜂屋
完璧な男と普通の私

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第十一話:惚れてない。惚れてなんか、ない(尊)。


風が、ひとつ季節を越えたように、すっかり秋めいていた。


結衣子は、神殿『縁側の間』で風鈴の音に耳をすませながら、空を見上げていた。

雲ひとつない青空に、柳の枝がそよぎ、風はどこか涼やかだった。


(……ほんと、よくできてるよなぁ、この世界)


白木の神殿、川べりの景色、季節の移ろい。

どこを切り取っても、丁寧に仕立てられた“和風ファンタジー”の舞台。


──神様が、彼女のためだけに創った、婚活のための異世界。


32歳、婚活拗らせ女・椿 結衣子。

人類の未来を担う遺伝子を持つ彼女を、幸せな結婚へ導くために用意された、この箱庭。


ただし、期限は一年。

それまでに結婚できなければ、現世に戻る道は二度と開かれない。


これは、神々が仕掛けた——人生最後の婚活の物語。





あの日、縁結び祭と銘打った婚活パーティーで、結衣子は“未来の自分”のような婚活拗らせ三銃士と出会った。


彼女たちの毒舌や執念のなかに、結衣子は、自分の中に巣くう“怪物”──黒く、醜く、情けない感情──を見つけた。


逃げずに向き合い、認め、そして手放した彼女は、もう一度、神様の紹介を受けることに決めた。


お見合い相手たちの誠実さに、感謝と、ほんの少しの愛おしさを抱きながら──

結衣子は、不器用ながらも前を向いて進んでいる。


あれから、結婚を前提とした「真剣交際」には至らなかったものの、“素敵だな”と思える人が増え、お互いを知るための「仮交際」デートは重ねられるようになってきた。


その変化を受けて、“脳内ダダ漏れくん”こと思考感知装置は、正式にお役御免となった。

仮交際まで進めるようになった今の結衣子には、「もう必要なし」と判断されたのだ。



そして今日もまた、一つのお見合いが終わった。





「はいっ、本日のお見合い、終了〜!」


神殿『縁側の間』。

結衣子がぱちんと手を鳴らすと、隣で寝転んでいたハッピーがうちわを仰ぎながら「おつかれさーん」とのんきに返す。


「……会話自体は、成立していたな」


神は、いつも通り落ち着いた声音で、今日の所感を淡々と述べる。


「ねえ、どうだった?今日の人」


「礼儀は良い。収入も安定している。性格も穏やかで、話のテンポも悪くなかった」


「ね、私もそう思った!良い人だったよね!」


「……だが、君は途中から明らかに上の空だった」


「……うっ……」


言われてみれば、その通りだった。


むしろ“条件”だけ見れば、かなり理想に近かったはずなのに。


「なんか、こう……途中から、“無”になっちゃって……」


「何も感じなかった、ということか?」


「ううん、ほんとに丁寧で真面目な人だった。全然アリだったと思う」

「……けど、なぜか心がどこかに飛んでいっちゃってた」


(……こういうの、ちゃんと伝わるように言語化するの、地味にむずい)


ダダ漏れくんがあった頃は、いちいち説明しなくても勝手に伝わってたし。

今思えば、あれ──慣れるとめちゃくちゃ便利だったな。



「ふぅん……」


ハッピーがチラッと横目を送る。

その一瞬に、結衣子の心臓がドクンと跳ねた。


(……やば)


言い訳を挟む前に、結衣子は口を閉じてうつむいた。


──そのときだった。


《ピコンッ》


ポケットの中のスマホが、ひときわ高く震えた。


「……!」


思わず反応してしまった。

背筋が伸び、指が勝手にポケットへと向かう。


「なんや、メールかいな?」


「……あっ、うん。家族かな……」


「ふーん?」


ごまかすように微笑んで、スマホの画面を覗く。


──そこに表示されたのは。


『葛城さんから新着メッセージがあります』


(……ああ、また……)







——数ヶ月前。まだ初夏の風が心地よかった、あの縁結び祭のあとのこと。


婚活拗らせ三銃士と出会い、自分の中の“怪物”と向き合った結衣子は、もう一度お見合いに真剣に向き合うと誓った。


──その矢先だった。


《ピコンッ》


すっかり忘れていたマッチングアプリから、ひとつの通知が届いた。


(……まだ残ってたんだ、このアプリ)


退会しようと開いた画面に現れたのは──


まるで“推し”が三次元に転生してきたかのような、完璧すぎるイケメン。


金髪に近い茶髪。青い瞳。中世の王子様のような微笑み。

……完璧すぎて、逆にちょっと怖い。


彼の名は、葛城 隼人。


結衣子の脳裏に、かつて一番ハマっていた乙女ゲームのタイトルがよぎる。

『泡沫 月華の片想い』──和風ファンタジーの名作で、作品の“顔”とも言えるメインヒーロー・桂久夜 千朔は、儚げで一途な“最推し”だった。


プロフィールを読めば読むほど、その“桂久夜 千朔”に重なる要素ばかり。

おまけに職業も年収もなにもかもが、高望みしていた頃の、結衣子の理想を詰め込んだような存在だった。


(……これ、絶対詐欺だよね)


──その瞬間、脳裏をよぎったのは。

あの、最悪の記憶だった。




***




大学時代。

はじめてマッチングアプリに登録した頃のことだった。


年収2000万。港区在住。

アイコンは、清潔感のあるスーツ姿で微笑む、爽やかなイケメン。


(……まるでドラマに出てきそうな、理想の“上品な年上男性”だったな)


──しかし、現れたのは。


「よっ、お嬢ちゃん?」


黄ばんだ歯。ドブ川のような口臭。

スーツはくたびれ、足元の革靴は擦り減っている。


「は……はじめまして……田所さん……ですか……?」


「正解〜!お嬢ちゃん、年収2000万に釣られてきただろぉ〜?グフフッ!残念でしたぁ〜!」

「そうでも書かなきゃ、誰もおっちゃんと会ってくれねぇからな〜。グフフフッ」


「……そっ、そうなんですか……お写真と、印象が……」


「そうだろぉ〜?最近のカメラは目いっぱい加工できるから助かるわ!」

「お嬢ちゃんだって、写真盛ってるだろ?お〇ぱい、どれくらいあるの?グフフッ。盛ったらもっとモテるぞぉ〜?」


「ヒッ……や、やめてください……!」


「ささ、デートとかいいから、ほれ、ホテル行こうや。“パ〇活”しよ」

「おっちゃん、生活保護だけど、ちぃーっとくらいなら小遣い出してやるからな〜」


(──いやぁぁああッ!!)


あとにも先にも、あれほど脚が速くなったことはなかった。


その日以来、マッチングアプリは、それはそれは慎重に使うようになった。


「写真と違ったら、即帰る」


そう、固く誓った──あの日の出来事。





──なのに、今。

プロフィール上の“葛城”は、その誓いを揺るがすほど、完璧だった。



(……どうせ写真詐欺でしょう。切りなさい。結衣子)



何度もそう言い聞かせた。


──なのに。

その“疑い”を、ふわりと溶かすものが、ひとつだけあった。



──彼のメッセージ。


『ご返信ありがとうございます。写真は加工していませんので、どうかご安心ください』

『まさか、こんな素敵な方と出会えるなんて……正直、まだ少し信じられない気持ちです』

『実は、そろそろ結婚も考えたいなと思って、軽い気持ちで始めたアプリだったのですが……結衣子さんとやりとりできることが、本当に嬉しくて』

『無理のないペースで構いません。少しずつでも、お話しできたら嬉しいです。……こんなふうに誰かを想うのは、ずいぶん久しぶりな気がします』


(……なにこれ……)

(優しすぎる……)


(ダメだって分かってるのに──“宇宙一好みな顔”から、まっすぐに好意を向けられてしまった)


(……こんなの、どうやって抗えっていうの)


一言一言が、心の奥にじんわり沁みていく。


(はぁ、だめ……これ、完全に反則)

(心臓、爆発する……)


──そう思った。

そう思ってしまった時点で、もう完全に“負け”だった。



(でも、ちゃんと「結婚を考えています」って言ってくれてるし…)


しかも、無理に誘ってこない。

私の気持ちを、ちゃんと尊重してくれてる。


──そんな人、今までいた?


(いないよ……こんなの、はじめて……)


でも、ヤリモク風間事件もあったし、お見合いに専念するって決めたんだから……

さすがに、二人には言えない。


会うのを渋って、連絡が途絶えたり、何かしらのボロが出たりすれば──


きっと、諦めがつくのに。





それから結衣子は、神にもハッピーにも話せないまま、葛城とのやりとりを──

こっそり、慎重に、でも確かに続けていた。


最初は怖くて、一言だけの返信や、既読スルーで終わる日もあった。けれど彼は、変わらなかった。

かまをかけたり、少し失礼な質問をしたりしても──揺らぐことなく、誠実に言葉をくれるたびに、私も少しずつ、返す言葉を増やすようになっていた。


怒らず、催促もせず、ただ静かに、丁寧な言葉を届け続けてきた。


『今日もお疲れさまです。どうか無理なさらずに』

『返事がなくても構いません。想いを届けられるだけで、嬉しいんです』



(……なにこれ……あたたかすぎる)


(“誠実”って、こういう人のこと言うんだ……)



スマホを胸に抱くと、冷えていた心の奥が、じんわりとあたたかくなっていく。


そんな甘さに包まれながらも、結衣子は、神から紹介された男性とのお見合いに臨んでいた。


相手は誠実そうで、受け答えも丁寧。会話もそこそこ弾んでいる。


(……うん、ちゃんとした人。全然アリ……なはず)


なのに、なぜか集中できない。


(あの人だったら、どんな反応するんだろう)


──そのとき、通りすがった男性の顔が、ふと目に入る。


「あっ……葛城さん!?」


「……え?」


「──っ、ご、ごめんなさいっ!!」


やってしまった。

完全に、やらかした。


相手の眉が、わずかに動く。


「……お知り合い、ですか?」


「い、いえっ!全然違います!空目で……っ!」


(…………これは、まずい。)


(今、なんで名前言っちゃった!?名前!!ああもう最悪!!!)


その場の空気は、もう立て直せなかった。


相手の声も、店先で鳴る風鈴の音も、なにもかも、遠のいていく。







「……で?葛城さんというのは?」


──その日の反省会。

神の低い声に、結衣子の肩がピクリと揺れた。


「えっと……その……」


おずおずとスマホを差し出す。


「アプリ、消そうとしたら“いいね”が来てて……」


「……見るぞ」


「この人……」


神とハッピーが画面をのぞき込むや否や、ふたりの声がぴったり重なる。


「「あ、桂久夜 千朔」」


「なんで神様まで私の推し知ってんの!?」


「君があまりに拗らせていたからだろう。誰がこの世界を彩ったのか、忘れたか?」


「……そうでした!!」


──葛城のアイコンは、まさにゲームの推しキャラそのもの。

髪色も、服装も……この世界の空気と合ってるせいか、なんだか余計に“それっぽく”見えた。


「しかも、メッセージまで激ヤバで……!」


スクロールする手が止まらない結衣子。


「“朝晩は冷えるから、暖かくしてね”って……」

「返事なくても、ほら、これ。“無理しないでね”って……もう、ずるいくらい優しくて……」


「──で、問題は?」


「……この人のことばっかり考えちゃって、お見合いに集中できないことです……」


神はスマホの画面を軽く動かしながら、静かに言った。


「会いたいのか?」


「……ちょっとだけ、ね……」



しばしの沈黙。



神は腕を組み、スマホの画面をじっと見つめていた。


「……いいだろう。試しに会ってみろ。何かあれば、私がどうにかする」


「……っっっ!?」


結衣子の目がぱちっと開き、顔にぱぁっと花が咲いたような笑みが広がる。


「ほんとに!?神様、ありがとうっ!!」


勢いよく神の手をガシッと握りしめ──


「もしヤリモクだったら、神サーモで感知して!股間が光ったら即逃げるから!ちゃんと見ててね!?絶対だよ!?」


「……ああ」


その一言に背を押され、結衣子は軽やかに駆けていった。


神は、しばし握られていた手を見つめ──そっと目を伏せる。





──結衣子の背中を見送って。


かさり、と落ち葉がすべる音がした。


ハッピーが、ごろんと寝転がったまま、空を見上げる。


「……推しに似たアイコンの男、か。できすぎてて、逆に怖いで」


神は腕を組み、ひとつ呼吸を置いてから、静かに言葉を継ぐ。


「……顔も、口調も、タイミングも。あまりに出来すぎている」

「……“和風趣向”など、ただの味付けのつもりだったが──」

「どうやら、彼女の好みに過剰に一致してしまったようだ」


「ふーん……こんなこともあるんやなぁ」


少し体を起こしながら、ハッピーが興味なさげに言う。


「最近は、マッチングアプリでの出会いが主流だ。20代から30代の約4割が利用している」

「もう、“特別な手段”ではない」


「わかるで、ほんまに増えたよな!」

「ちょっと前は“それって出会い系?”って顔されたもんやけど……」

「今はもう、アプリが出会いの入り口や。使ってへん子の方が珍しいくらいやで」


神が、ふっと小さく息を吐く。


「だが──そのぶん、嘘も増えた」


言葉の温度だけが、ひたりと場を満たしていく。


「プロフィールを偽る者。写真を盛る者。肩書きを飾る者……珍しくもない」

「加工ひとつで、人は簡単に“別の自分”になれる」


「せやせや。“ヤリモク”にとっては天国やな!」


「そうだ。真剣なふりをして、近づいてくる者もいる」

「“遊び相手探し”が目的の者は、調査では2割強だ」


「2割なぁ…でもそれ調査で分かる範囲で、やろ?」

「結衣子が地雷ときめきセンサー搭載女ってのもあるやろうけど……聞いてる感じ、もっとぎょうさんおったで」

「実際の数字なんか、わからんよな」


神は、少し目を伏せるようにしてつぶやいた。


「“誠実そう”と、“本当に誠実”は、まったく違う。……だが、それを見分ける術は、そう多くはない」

「見せかけの優しさなら、いくらでも用意できるからな」


「はぁあ〜!まったく、厄介やなぁ……」


ハッピーが耳をピクリと動かす。

小さく首を傾げると、どこか楽しげに笑った。


「うち、どの雄犬にも遊ばれたことないから、わからへんわ~。遊びはしたけど」


「……お前の手にかかれば、遊び目的の雄も虜にしてしまうのだろうか」


「え、うちがおらな生きていかれへんようにしたらええんやろ?そんなん余裕やわ」


その言葉に、神は、まばたきを一つ落とした。


……やはり、この犬は侮れない。


表情から、わずかに力が抜ける。


「──奇跡と詐欺は、遠目にはよく似ている」


しばらく、風の音だけが流れた。


ハッピーが、ごろりと寝返りを打つ。


「葛城は……どうなんやろな」


「言動には、不自然な点はなかった。無理に誘わず、押しつけもなく、言葉も丁寧だった」


「ヤリモクにしては、手が込みすぎとるわな」


「ああ。“完璧”には、時として違和感がつきまとう」

「だが、今回は──まだ判断できない」


「そんなん考えだしたら、きりないわなあ」


「……それでも、もし本当に、彼女を大切に思っているのなら──」


ハッピーが、欠伸まじりに笑う。


「そりゃもう、最高やなあ」


神は、ふと笑みを浮かべた。


「……ああ。もしそうなら──それでいい」

「推しに似た男と、幸せになれるのなら」


「……せやなぁ」


神は、そっと目を伏せた。

その表情に、ほんのわずかな陰が落ちた。



「……今回も、ちゃんと見ていてやる」



(──君の幸せが、そこにあるのなら)



風が吹き抜ける。


かさり、と。また一枚、落ち葉が風にすべった。








夕暮れどき。

窓際に座る結衣子の手の中で、スマホの画面がやわらかく光っていた。


“私を大切に思ってくれている人がいる”

そう思えるだけで、心の奥がじんわりあたたかくなる。


彼から届いた、最新メッセージの通知。

その一行を見つめるだけで、胸がふっとゆるむ。


(……今日は、どんな言葉くれるんだろ……)

(ほんとは、ちょっとだけ……楽しみにしてたりして)


そっと、返信画面を開く。


『こんばんは。お返事遅くなってすみません。今日もお疲れさまでした』


(……信じたいけど、本当に“大丈夫”なのかな)

(また、あの日みたいに──全部、幻だったら)



……そうならないと、信じたいけど。



次回:ロマンスは風のように

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