第6部-第81章 過去との対話
新しい施設での責任者――それは、かつての自分には想像すらできなかった立場だった。
だが、その重みを前にすると、心の奥底に眠っていた古い影が顔を出す。
夜、机に名刺を置き、浩一は静かに目を閉じた。
大学受験に失敗し、何も成し遂げられないまま過ごした二十代。
バイトも長続きせず、三十代半ばにはほとんど人との関わりを絶った日々。
母の年金に頼り、カーテンも開けずに過ごした長い時間――。
「お前にそんなことできるのか」
脳裏で、昔の自分が嘲笑する。
あの布団から出られなかった頃の自分が、足元を掴んで引きずり戻そうとしてくる。
浩一は、ゆっくりとその声に答えた。
「できるかどうかじゃない。やるんだ」
あの日、山崎に初めて「教える」立場を与えられたときの温かさ。
口論を収めたときの達成感。
仲間と笑い合える今の職場――それらが、昔の自分を少しずつ押しのけていく。
気づけば、名刺を持つ手に力がこもっていた。
不安は消えていない。だが、それ以上に「やってみたい」という思いが強くなっていた。
――あの暗い部屋に戻るくらいなら、挑戦して倒れたほうがいい。
その夜、浩一は母に向かって静かに告げた。
「……たぶん、やると思う」
母は驚いたように目を見開き、それからゆっくりとうなずいた。




