第1部-第7章 模試E判定の壁
九月の終わり、朝の空気は少し涼しくなっていた。
予備校の廊下には、先日行われた全国模試の結果が貼り出されている。受験番号と偏差値、判定がずらりと並ぶ紙の列。
浩一は人の少ない時間を狙って、その前に立った。
――E判定。
番号の横にある文字が、やけに濃く、冷たく見えた。
志望校はもちろん不合格圏。第二志望も、第三志望も同じだ。
紙を見つめるほど、胸の奥で何かが鈍く沈んでいく。
隣では別の生徒がB判定を見つけて笑っている。鉛筆の匂いとインクの匂いが混じった空間に、居場所がなくなった気がした。
教室に戻っても、授業内容はほとんど耳に入らなかった。
先生の声は遠く、黒板の文字は霞んで見える。
午後の授業をサボり、自習室にも行かず、そのまま予備校を出た。
駅前のゲームセンターに入り、明滅するネオンと機械音に紛れる。
クレーンゲームでぬいぐるみを狙う高校生たちの笑い声が、やけに楽しそうに響く。
その日から、予備校に行く日が減った。
朝は布団から出られず、昼過ぎに起きてコンビニで弁当を買い、ゲームやネットで時間を潰す。
夜になると、母が用意した夕飯を黙って食べる。
「勉強、進んでる?」
「……まあ」
母は信じているのか、それ以上は何も聞かなかった。
十月の模試も、結果はE判定。
判定用紙の下に印字された「合格可能性20%未満」という文字を見ても、もう驚きはなかった。
机に向かっても集中できず、ペンを握ったまま窓の外を眺める時間が増えた。
冬が近づくにつれ、街の色は灰色に沈んでいった。
受験日程表だけが、机の端で静かに時を刻んでいる。
――たぶん、もう無理だ。
その言葉を心の中で繰り返しながらも、浩一は何もしないまま一日を終えていった。