第5部-第62章 小さな綻び
その日は、昼前から館内が妙に騒がしかった。
イベントが行われており、子ども連れや高齢者が普段より多く来館していた。
浩一は立哨の持ち場で、出入口の人波を見守っていたが、視線を動かすたびに軽い眩暈が走った。
そんな中、レジ袋を持った中年男性が出口付近でふらついた。
浩一は一瞬「近づくべきか」と迷った。
そのわずかな遅れの間に、別の警備員が駆け寄り、男性を支えた。
「浩一さん、大丈夫ですか?」
同僚の声に、浩一は慌てて「ちょっと見落としてしまった」と答えた。
午後の巡回では、階段の踊り場に置きっぱなしの段ボールを見逃した。
本来なら即座に撤去や連絡をするべきだが、その日は見ているのに頭が反応しなかった。
後から清掃員が片付けているのを見て、胸の奥がざらついた。
休憩室で缶コーヒーを飲んでいると、先輩が何気なく言った。
「最近ちょっと、動きが遅い時あるよな。疲れてんじゃないの?」
冗談混じりの口調だったが、その一言が妙に重く心に沈んだ。
自宅に戻ると、母が夕食を温め直してくれていた。
「無理してない?」という問いかけに、浩一は「大丈夫だよ」といつもの答えを返す。
だが、湯気の向こうで母が少し眉を寄せたのを、見逃すことはできなかった。
仕事を続けるために必要なのは、ただ気力だけではない――
その現実が、少しずつ迫ってきていた。




