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第5部-第53章 初出勤の朝
研修初日の朝、目覚まし時計の音がやけに大きく響いた。
布団から起き上がると、まだ外は薄暗い。
窓の外に見える街灯の光が、どこか非日常の世界に足を踏み入れるような気分にさせた。
朝食の席には、母が用意したトーストと目玉焼きが置かれていた。
「今日は研修なんでしょ。しっかり食べて行きなさい」
その声は努めて明るかったが、少しだけ心配が滲んでいた。
浩一は無言で食事を口に運び、食べ終えると静かに立ち上がった。
玄関で靴を履くとき、背後から母の声がした。
「……頑張ってね」
短いその言葉に、胸の奥で何かが温かく灯った。
外に出ると、冷たい朝の空気が頬を打った。
長い間、家の中で過ごしていた身には、その冷たささえも新鮮に感じられた。
駅までの道のり、すれ違う通勤客や自転車の高校生たちの姿が、まるで別世界の住人のように見えた。
それでも、今日はその世界に自分も混じっている。
改札を通るとき、手に握った定期券が汗で少し湿っていた。
電車がホームに滑り込む音が、心臓の鼓動と重なって聞こえた。
こうして、浩一の新しい一日が始まった。




