第4部-第43章 母の怒り
翌朝、台所から硬い物音が響いた。
包丁がまな板を叩く音が、やけに乱暴に聞こえる。
浩一が居間に入ると、母は無言で味噌汁を鍋に移していた。
その背中は緊張で固まり、いつものゆったりとした動きがなかった。
「……昨日の催告書のことだけど」
浩一が切り出すと、母は振り返り、まっすぐ睨みつけてきた。
「何年も、何をやってきたの?」
その声には、もう抑えきれない怒りが混じっていた。
「……仕事もなくて、でも生活は続くし……」
言い訳の途中で、母が大きな音を立てて鍋を置いた。
「生活は続く? じゃあ、私が何年も年金とわずかな貯金でやりくりしてきたのは何?
あんたはただ部屋で時間を潰して、そのくせ借金して……!」
浩一は言葉を失った。
母の顔は赤くなり、目尻は涙で光っていた。
「もう限界よ。私だって年を取ってる。これ以上、あなたの尻拭いなんてできない」
その一言が、胸に鋭く突き刺さる。
今まで母が黙って耐えてくれていた時間が、一瞬で崩れ去った気がした。
食卓に味噌汁が置かれたが、二人とも箸を伸ばさなかった。
そのまま母は席を立ち、背中を向けた。
小さな足音が廊下に消え、家の中は再び静寂に包まれた。
残された味噌汁からは、もう湯気が立っていなかった。




