第4部-第34章 最後のキャッシング
冬の終わり、冷たい雨が一日中降り続いていた。
その日も郵便受けには数通の封筒が詰まっていたが、浩一は見ないふりをして部屋へ戻った。
机の引き出しを開けると、カードが一枚だけ残っている。
まだ利用可能額が少しあるはずだった。
夕方、母から「明日の通院、タクシー代足りるかしら」と声をかけられた。
浩一は「大丈夫」と答えたが、財布の中には千円札が一枚きり。
その瞬間、決意が固まった。
夜、雨の中を歩いて近所のATMに向かう。
画面には「ご利用可能額:15,000円」と表示されていた。
指がボタンを押す。金額を最大に入力し、暗証番号を打ち込む。
機械から吐き出された紙幣は、今までよりも冷たく感じられた。
財布に入れるとき、なぜか妙な虚しさが込み上げた。
「これで本当に終わりかもしれない」
限度額いっぱいまで借りてしまえば、次はもう借りられない。
それはつまり、逃げ道がひとつ消えるということだった。
帰り道、雨が小降りになり、街灯の下で水たまりが光っていた。
ふと足を止め、自分の映った影を見下ろす。
そこに立っていたのは、かつての自分ではなかった。
背中は丸まり、目は落ちくぼみ、ただ借金と不安に縛られた男。
家に帰ると、母がこたつでうたた寝をしていた。
その姿を見て、浩一は小さくため息をついた。
――このお金も、きっとすぐになくなる。
そう確信しながらも、明細書を机の奥に押し込み、部屋の鍵を静かに閉めた。




