第1部-第3章 高校生活の孤独
桜が咲くころ、浩一は地元の公立高校に入学した。
成績はぎりぎりだった。合格通知を受け取ったとき、母は「よかったね」と笑ったが、浩一の胸には達成感よりも、ただ「落ちなくてよかった」という安堵しかなかった。
新しい制服に袖を通し、緊張で喉が渇く入学式。体育館には同年代の顔が何百と並び、壇上からは校長の長い挨拶が響く。
見渡せば、中学時代の知り合いはほとんどいない。隣の席の男子が「どこ中?」と話しかけてきたが、会話はすぐに途切れた。
教室では自己紹介が始まった。部活の話や趣味の話で笑いが起こる中、自分の番が回ってくる。
「田島浩一です。趣味は……読書です」
短く言って、机に視線を落とす。拍手は形式的なものだった。
昼休み、教室の一角では既に小さなグループができている。弁当を持参した者同士、購買のパンを分け合う者同士。
浩一は鞄から弁当を取り出し、一番後ろの窓際で食べた。外では野球部が掛け声を上げている。
――また、図書室に行こう。
そんな考えが浮かんだ瞬間、入学しても自分は中学と変わらないと悟った。
ある日、図書室で同じクラスの女子と鉢合わせた。
「……田島くんだよね? 同じクラスの」
彼女は小さく笑って、自分も借りた本を抱えている。
「うん」
短く答えたが、その日から顔を合わせれば軽く会釈をするようになった。名前は確か、佐伯。
昼休みに何度か図書室で隣の席になることもあった。互いに本を読みながら、ときどき感想を一言交わす。それだけでも、浩一にとっては特別な時間だった。
しかし、教室ではほとんど会話しない。彼女には友達の輪があり、自分とは別の世界にいる。
放課後、昇降口で彼女が友達と笑いながら帰る姿を見送るたび、胸の奥が少し痛んだ。
――もし、自分がもっと明るく、普通に話せる人間だったら。
そんな「もしも」は、心の中だけで何度も繰り返された。
季節は夏に向かい、クラスメイトたちは部活や恋の話題で盛り上がる。浩一は相変わらず図書室と家を往復する日々。
変わったことといえば、佐伯と廊下ですれ違うとき、ほんの少しだけ笑顔を返せるようになったくらいだ。
けれど、それが自分の限界なのだと思っていた。
変わるきっかけは、手を伸ばせば届く距離にあるのに、自分から踏み出す勇気がなかった。