第3部-第20章 健康診断の拒否
ある朝、珍しく母が真剣な表情で浩一の部屋に入ってきた。
「市から健康診断の案内が届いたの。これ、無料で受けられるんだって」
封筒には、指定された日時と会場、簡単な問診票が同封されている。
「浩一もそろそろ行ったほうがいいわよ。最近、顔色が悪いし」
浩一はパソコンから目を離さずに答えた。
「……別にいいよ。体調悪くないし」
「でも、何かあってからじゃ遅いのよ」
母は机の上に封筒を置き、その場を去った。
数日後、また同じ話を切り出された。
「予約、まだ間に合うって」
「……だから行かないって」
「なんでよ?」
「人混み嫌だし、採血とかも面倒だし」
母はため息をつき、それ以上は何も言わなかった。
健康診断の日、母は一人で会場へ向かった。
昼過ぎに帰ってくると、「血圧高めだって」と笑っていたが、その目はどこか疲れていた。
机の上にはまだ封筒が置かれていたが、浩一はそれをゴミ箱に入れた。
自分でも、これが良くないことくらいわかっている。
だが、体に異常が見つかれば病院に行くことになる。
病院に行けば、また外の世界と関わらなければならない。
そう考えるだけで、億劫さが胸いっぱいに広がった。
夜、こたつに入りながら母が言った。
「浩一、本当に元気なんだよね?」
「……大丈夫だよ」
そのやり取りは嘘ではないが、本当でもなかった。
大丈夫かどうかを確かめる手段を、自ら捨てているのだから。
部屋に戻り、パソコンを起動する。
画面の向こうの世界は、自分に何も求めない。
そこで過ごす時間が増えるほど、現実の扉は重く閉ざされていった。




