第3部-第18章 就職を諦めた日
三十歳になる数か月前、母が町の求人情報誌を手渡してきた。
「この工場、経験不問って書いてあるよ。正社員だって」
半ば押し出されるように、浩一は履歴書を書いた。
ペンを持つ手は重く、志望動機の欄は空白のまま何度も止まった。
結局、「社会人として成長したい」というありきたりな言葉で埋めた。
面接会場は、小さな部品工場だった。
作業服姿の面接官は履歴書に目を通すと、眉をひそめた。
「……二十九歳、職歴なし、ですか」
「はい……」
「うーん……うちは体力仕事だし、若い子が多いんですよ」
その口調は柔らかかったが、すでに答えは決まっているのがわかった。
形ばかりの質問が二つ三つ続き、面接は十分足らずで終わった。
帰り道、春先の風がやけに冷たく感じられた。
家に着くと、母が「どうだった?」と聞いた。
「……無理だと思う」
そう答えると、母は少しだけ唇を噛み、それ以上何も言わなかった。
数日後、届いた封筒には「今回はご希望に沿えません」という定型文。
その紙を机の引き出しに突っ込み、浩一は深く息を吐いた。
――もういい。どうせまた同じだ。
その瞬間、心のどこかで何かが音を立てて折れた。
翌日から、求人情報誌を開くことはなくなった。
朝は昼にずれ込み、昼は夜に、夜は明け方に。
部屋の中の時計の針だけが淡々と動き、外の世界の時間は完全に切り離された。
パソコンの画面に映るオンラインゲームのキャラクターは、今日も元気に動き回っている。
その中でだけは、自分はまだ何者かでいられる。
現実での役割を失った浩一にとって、それが唯一の「生きている証」になっていた。




