第2部-第17章 二十代の終わり
カレンダーをめくる手が止まった。
平成から令和へと元号が変わったのは、ついこの前のことだと思っていた。
だが、壁のカレンダーの隅には、自分の誕生日が赤い丸で囲まれている。
――もう二十九歳になる。
十代の頃、二十代は大人の象徴だった。
仕事をして、恋人がいて、休日には友達と遊び、貯金もしている――そんな姿を漠然と思い描いていた。
だが、現実の自分は、あの頃想像したどの未来とも違っていた。
仕事もなければ、友人ともほとんど連絡を取らない。
毎日顔を合わせるのは、母とパソコンの画面の中の誰かだけだ。
「浩一、これ食べなさい」
昼過ぎに起きた浩一に、母はトーストとコーヒーを出す。
「ありがとう」
そう言っても、会話は続かない。
母は台所に戻り、テレビからは昼のワイドショーが流れる。
その音を背中で聞きながら、浩一は再び自分の部屋に戻った。
この十年、何をしてきたのか――そう自分に問うと、答えに詰まる。
思い出せるのは、ゲームのイベントや、ネットの掲示板で交わしたやり取り、深夜に見た映画のシーンくらいだ。
外に出た記憶は年々減り、季節の移り変わりも画面越しに知るだけになった。
ある夜、ベッドの中でスマホを眺めていると、高校の同級生が結婚したというニュースがSNSに流れてきた。
笑顔で並ぶ二人と、祝福のコメントの数々。
画面をスクロールする指が止まり、ため息が漏れる。
――みんな、ちゃんと前に進んでいるんだな。
その事実が胸に突き刺さった。
二十九歳の誕生日の夜、母がケーキを買ってきた。
小さな苺のショートケーキに、ろうそくを三本立ててくれる。
「おめでとう」
「……ありがとう」
ケーキを食べながら、甘さの奥にほろ苦さが広がる。
このまま三十代を迎えていいのかという問いが、頭の中で何度も反響した。
しかし、答えは出ないまま、その夜もパソコンの画面を見つめ続けた。




