第2部-第15章 パソコンとネット
父の葬儀からしばらくして、母が言った。
「これ、お父さんが最後にボーナスで買ったやつ。浩一、使っていいから」
リビングの隅には、新品同様のデスクトップパソコンが置かれていた。
黒い光沢のあるボディに、まだ保護フィルムが貼られている。
最初は母に使い方を教えるつもりで起動した。
けれど、インターネットの画面が開いた瞬間、別の世界の扉が開いたような感覚に包まれた。
検索窓に適当な言葉を入れると、無限に情報が広がっていく。
ニュース、動画、掲示板、知らない人のブログ――気づけば時間を忘れて画面を眺めていた。
最初は趣味の情報や音楽動画を見る程度だった。
しかしすぐに、匿名掲示板やチャットに入り浸るようになった。
そこでは、名前も顔も知らない相手と、好きな話題を好きなだけ語れる。
現実では聞き役ばかりの自分も、キーボードの上では驚くほど饒舌になれた。
夜になると、母が「もう寝なさい」と声をかけてくる。
「もう少しだけ」
そう答えているうちに、気づけば午前二時、三時になることも珍しくなかった。
昼前に起き、適当に朝昼兼用の食事をとり、再びパソコンの前に座る。
外に出るのは、コンビニに行くときだけになった。
ある日、チャットで知り合った相手からオンラインゲームを勧められた。
ゲームの世界では、現実の自分とは違う名前、違う姿で生きられる。
画面の向こうの仲間と協力してモンスターを倒し、報酬を分け合う。
「ナイス!」と打ち込まれた一言が、現実での会話よりもずっと嬉しかった。
母は時々、「外で友達と会ったら?」と言ったが、浩一は笑ってごまかした。
もう、外で誰かと話すよりも、ネットの中で知らない誰かとやり取りする方が気楽だった。
気づけば、現実の世界は窓の外に広がる景色だけになっていた。
四角い画面の中の世界が、自分にとっての「日常」になっていくのに、時間はほとんどかからなかった。




