第2部-第14章 父の死
三月のある朝、電話のベルがけたたましく鳴った。
受話器を取った母の表情が一瞬で強張る。
「……ええ、すぐ行きます」
電話を切った母は、手を震わせながら言った。
「お父さんが……倒れたって。病院から」
父は別の市にある工場で働いていた。
母と離れて暮らしていたが、毎月わずかな仕送りをしてくれていた。
救急搬送されたときにはすでに意識はなく、その日のうちに息を引き取った。
葬儀の日、久しぶりに親戚が集まった。
「浩一くん、もう二十歳になるんだよね? これからどうするの?」
通夜の席で叔父にそう聞かれ、浩一は曖昧に笑った。
「まだ……考え中です」
視線を落とすと、テーブルの上の湯飲みの中でお茶の表面が小さく揺れていた。
出棺のとき、母はハンカチで顔を覆い、肩を震わせていた。
浩一はその背中を支えながらも、涙は出なかった。
父との思い出は少なく、会話もほとんどなかった。それでも、もう二度と会えないという事実だけが重くのしかかった。
葬儀が終わり、家に戻ると、仏壇の前に遺影が置かれた。
父の笑顔は、記憶よりも少し若く見えた。
その横には、香炉から立ち上る線香の煙がゆらゆらと揺れている。
母はため息をつき、ポツリとつぶやいた。
「これからは二人だけね」
その言葉に、浩一は小さく頷いた。
けれど、心の奥では別の声が響いていた。
――二人だけ……それは、頼れる人が減ったということだ。
夜、布団に入っても眠れなかった。
静まり返った家の中で、時計の秒針の音だけが響いていた。
その音は、これからの生活が少しずつ削られていく予感のように聞こえた。




