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毎年、忘れる君へ

作者: 柊谷

ある日父さんが僕に言った


「サトル!実はな、庭にある物置の中には人形が住んでいるんだ」


その日は缶ビールを4本も開けており、5本目にまで手を出した父さんは上機嫌に、大きな声で話し始めた


「庭の物置って、あのホームセンターで買った小さい物置の事?」


「そうだ。あの中にはな、親父から受け継いだ人形が住んでいるんだ」


人形が物置に住む

その意味が、僕には理解出来なかった


「住むってなんだよ……置くなら分かるけど住むって。父さん、今日は飲みすぎだよ」


僕は父さんが開けた缶ビールを片付け始めた

科学が発展したこの時代に、そんな非科学的な事はありえない


「ホントなんだよ……」


父さんはそのまま机に突っ伏し、いびきをかきながら寝てしまった

仕方なく父さん毛布を被せ、僕は自分の部屋へと戻ることにした

2階に続く階段を登っている最中に、先程の話が脳をよぎる


(物置に人形が住んでいる)


どうせ酔っ払いの狂言だ

しかし、こう気になってしまってはしょうがない

僕たち人間は好奇心旺盛なんだ

未知なるものに惹かれなくて、生きていけるかってんだ


(父さんはまだ寝てるな)


なるべく音を立てないように、ソッとドアを開ける

ドアの隙間から流れる夜の冷たい風が、まるで僕を歓迎してるかの様に指先を冷やす

外は暗いが、街灯と月明かりで懐中電灯も要らない程だ


僕の実家は庭付きの住居である

庭にはどこにでも見るような物置がポツンと置かれている

影に隠れた物置は、どこが近寄りづらい

父さんの話を鵜呑みにする訳では無いが、好奇心と恐怖は両立するものであると僕は自負している


物置の前に立つが、中からは物音ひとつしない


(いざ目の前にすると、どうにも緊張するな)


実は、僕はこの物置を開けたことはなかった

幼い頃1度中を見たことがあるが、その時には人形の姿なんてどこにもなかった


(よし、開けるぞ……)


ソッと扉に手をかけ、引開ける


「……何だこれは」


僕の目の前には和室が現れ、その中心には人の姿をしたナニカがコタツに入っていた


「む?誰だ?」


そのナニカは僕に顔を向け、じっくりと見つめられている

しばらく見合っていたが、相手の顔が急に笑顔になった


「おぉサトルか!よく来たな、さぁ上がってゆけ!」


突然僕の名前を呼ぶソレは、笑顔で手招きしている

今僕の心の中には帰るか進むかの2択が存在していた

僕が葛藤していると、ソレは悲しげな目で僕を見る


「……上がっていかんのか?」


そんな悲しげな目をされては、僕の心も痛むものだ

しょうがないので、僕は和室に上がることにした

部屋は6畳程度だろうか?

真ん中にはコタツが敷かれていて、その先にはレトロなテレビがモノクロ画面で番組を映している


「ほれ、布団で温まりな!外は寒いからねぇ」


「お邪魔します」


確かに少し冷えるので、僕は好意に甘えてコタツに入ることにした

足先から熱が伝わり、暖かくなってきた


「また来てくれて嬉しいねぇ……ほれ、みかんでも食べてゆっくりしてゆきな」


どこからか取り出したみかんを剥きながら、ソレは僕に話しかけてきた

おかっぱ頭で着物を身にまとっていて、肌は無機質の様に感じる

光に反射して、肌が光っているように見えた


「ほれ、サトルの分だよ」


笑顔で手渡されたみかんを、僕は口に運ぶ

みかんの甘みが口いっぱいに広がり、この雰囲気に懐かしさを感じた


「……聞きたいことは山ほどあるけど、貴女は何者でここはどこなんですか?」


そう聞くと、ソレは肩を下ろしてため息を吐く


「このやり取りも何回目かねぇ……」


ボソッと何かを喋った様だったけど、僕には聞き取れなかった

だけど、その一言は僕が知りたいことではないのだろう


「どこから話そうかねぇ」


ソレは人差し指を頬に当て、考えるようなポーズをとる

堂々と見せつけられた指の間接には、球体関節人形特有の関節部分が見られる

この時僕は察したんだ「この人が例の人形なんだ」と


「私はミエ、ここは私の霊力で空間を作っているんだよ」


突然の霊力やら空間を作っているやらで、僕の処理が追いつかない

いや、そんなことより気になる事がもうひとつあった


「ミエって……僕の叔母の名前と一緒なんですね」


僕の祖母であるミエさんは、僕が中学校に上がる前には息を引き取っていた

当時は大好きだった祖母が亡くなり、僕も大泣きしたもんだ


「そうだよ、サトルのおばあちゃんのミエだよ」


ソレは自らをミエと名乗り、あまつさえ自身を大好きだった祖母だと言ったのだ


「人形である貴女が祖母である証拠が欲しいです」


僕が意外と取り乱さなかった事に、自分で少し驚いた

大好きだった祖母を騙られている状況でも、この懐かしさが「そうなのかも」と思わせているのかもしれない


「うーん、今度は証拠と来たのね……会う度にどんどん賢くなってゆくわねサトルは」


僕はミエと名乗る人形の言葉に違和感を覚えた


(会う度にだって……?僕はこの人形とは一度も会ったことがないぞ)


僕は人形が良さげな証拠を探している間を割って、その疑問を聞くことにした


「待ってください!僕たちって……何回も会ったことがあるんですか?」


「あるよ」


やはり会っているようだ

しかし、僕の記憶には残っていない

こんな非現実的な体験、そうそう忘れることは無い自信はある


「一体なぜ覚えていないんだ」


「あぁ、それは私の力だねぇ」


「力?貴女が使う霊力とやらですか?」


そう聞くと、人形は首を横に振った


「どちらかと言えば私が契約した力と言えばいいのかねぇ」


「契約だって?」


僕は次第に、彼女の話に夢中になっていた


「そ。この空間に入ったモノは外に出る時、この場所での出来事全てを忘れる契約だね」


「何故そのような契約に……?」


彼女はフッと息を漏らし、目を細め悲しげに答える


「サトル、あんたの為でもあるんだよ」


「僕のため?」


彼女はみかんを剥きながら、静かに語り始めた


「私が亡くなった時、それはもうサトルは大泣きしていてね。全然私から離れようとしなかったのよ」


彼女はフフっと嬉しそうに少し笑った


「実はこの体、私と旦那の家にあった人形でね。サトルってばこの人形を私代わりにして、かなり塞ぎ込んじゃったのよ」


そんな記憶は無い

確かに祖母が亡くなった時、僕は泣いた記憶はある

しかし、目の前の人形に依存する程塞ぎ込んでいた記憶は確かに存在しない


「仏壇から見ていたけど私耐えられなくなってね、神様と契約してこの人形に宿してもらったのよ」


僕は黙って聞いていた

非現実的だと馬鹿にせず、大好きだった人の話をしっかり聞く為に


「大体1年おきかしら。今日が18歳の誕生日なのよね、おめでとう」


誕生日?そう言われてポケットに入れている携帯を見る

時刻を見ると0時を数分過ぎており、日付は変わり誕生日を迎えていた


「そっか、日付が変わって……」


「これも契約だからねぇ。毎年サトルの誕生日を1番に祝う為に……なんてね」


祖母は恥ずかしかったのか、顔を背けながら僕の前にみかんを置く


「……まさかおばあちゃんに祝ってもらえるなんて思ってもいなかったよ」


僕は受け取ったみかんを口に運び、このひとときを味わっていた


「……それも今日で終わりだね」


「え?」


その言葉を聞き、僕はびっくりしてみかんを落としてしまった


「私の契約は3つ。記憶を忘れること、誕生日にサトルがここに来るようにすること、そして……18の誕生日を迎えた時にこの契約は満了する事」


「そんな」


僕はショックを受けていた

記憶が無くなるとはいえ、毎年祖母と会えると安易に思っていたからである

こんな事も今日で最後、せめていっぱい話したいことが……


「……?っ目が閉じて……」


急激な眠気が僕を襲ってくる


(待ってくれ、まだ話したいことが……)


「サトルが目を覚ます頃には記憶は無くなり、私もこの空間も無くなる……これで本当にお別れだね」


祖母との2度の別れ

これがどれほど辛いか、僕は大好きな人を2度も失うことになってしまう

だけど……祖母は僕の為に神と契約し、今日まで僕を見守ってくれていた

その覚悟を、僕は無駄にしたくない


「ありがとうおばあちゃん……」


伝えられた、僕の感謝の言葉

この言葉で、祖母が喜んでくれてるといいな

僕の意識は次第に薄れゆく中、祖母の別れ際の言葉が僕の耳に届く


「成長したね、サトル」


その直後、僕の意識は完全に消滅した




タイマーが鳴り、そのやかましさに僕は目を覚ます

僕は大きく伸びをして、時計に目をやる

時刻は朝7時を示す

身支度を整え、朝食を取るために僕はリビングへと向かった

リビングのドアを開けると、パンッ!大きな音が僕を出迎える


「誕生日おめでとうサトル!」


父さんがクラッカーを構えて僕を出迎えていた


「そういえば今日が僕の誕生日か、ありがとう父さん。いつも1番初めに祝ってくれるのは父さんだよ」


「やめてくれ、照れるじゃないか」


朝食も軽く済まし、今日は休日

特にやることも無かった僕たちは、掃除に励むことにした


「サトル、外の物置から箒を持ってきてくれないか」


「分かったよ父さん」


僕は家の外にでて、庭にある物置へと向かう

何の変哲もない物置の扉を開き、中に収納していた箒を手に取った


「ん?」


僕がふと目を横にすると、父さんが祖父から受け継いだと言われる人形がちょこんと座っていた

それだけならまだ良かったけど、手のひらには何故かみかんが収まっていたんだ

それに随分と綺麗にされていて、ホコリすら被っていない


「なんでこんな所にみかんなんか置いているんだ?」


僕はヒョイっとみかんを取り上げ、誰かのイタズラかどうか調べることにした


「おーいサトル!箒見つかったかー?」


「あぁ、すぐ戻るよ!」


僕はみかんをそのまま手に取り、物置の扉を締め始める

その時が僕の目には人形がフッと笑ったような気がしたけど、きっとそれは気の所為なんだと思う


だって、人形は動かないんだから

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