第7話:まつとの誓い
1555年、那古野城
尾張の那古野城は、静かだ。
織田信長が今川との戦に備えて奔走する中、城の中は一時的に落ち着いてる。俺、前田利家――まだ「犬千代」と呼ばれることもある――は、城の裏庭で本物の槍を手に持ってた。1538年に生まれた俺は、この頃、17か18歳だ。背も高くなり、力もついて、織田家の足軽として戦場に出る準備をしてる。盗賊をぶっ倒して以来、「槍の犬千代」と呼ばれ、槍の腕は信長にも認められてる。
「犬千代! また槍振り回してるのか!」
声が飛んできた。信長だ。20歳を過ぎたあいつは、背は低めだけど、目がギラギラしてて、威圧感が増してる。俺は槍を地面に突き刺して、ニヤッと笑った。
「振り回してねえよ。練習してただけだ。お前こそ、城で何企んでんだ?」
信長がニヤリと笑って、近づいてきた。
「今川をぶっ潰す前に、お前に大事な話がある。お前、そろそろ家族持てよ」
「家族?」
俺が目を丸くすると、信長が笑った。
「まつと縁を結べ。俺が決めた。お前、どう思う?」
俺は一瞬言葉に詰まった。まつ――芳春院だ。俺が11歳で初めて会った少女で、最近はよく城に来る。信長の叔母にあたる濃姫の縁者で、織田家と繋がりが深い。俺はニヤッと笑って、答えた。
「まつか。面白えじゃん。俺、槍で守ってやるよ」
信長が目を輝かせて、手を叩いた。
「さすが犬千代だ。よし、さっさと話進めるぞ!」
信長が家督を継いでから、尾張は戦の気配に包まれてる。今川義元が動きを見せる中、信長は家臣をまとめようと必死だ。俺は信長のそばで槍を振るつもりだけど、まつとの縁は予想外だった。でも、母ちゃんとの「生きて帰る」約束を思い出すと、まつがそばにいるのも悪くねえ気がした。
まつの決意
その日の夕方、信長に連れられて座敷に入ると、まつが待ってた。
16か17歳くらいのまつは、小柄だけど、目は澄んでて、静かな強さがある。着物はシンプルで、俺をじっと見てる。
「犬千代、久しぶりね」
まつが静かに笑う。俺は槍を置いて、少し照れた。
「まつか。お前、こんなとこで何してんだ?」
信長がニヤッと笑って、口を開いた。
「こいつ、お前と夫婦になる話だ。俺が決めた。まつ、どうだ?」
まつが信長を見て、頷いた。
「信長様がそう言うなら、私、いいよ。犬千代はどう思う?」
俺はまつを見た。こいつの澄んだ目が、俺を捕まえる。
「お前、俺でいいのか?」
俺が聞くと、まつが小さく笑った。
「いいよ。お前なら、私を守ってくれるでしょ? 私もお前を支えたい」
その言葉が、俺の胸に刺さった。母ちゃんの「生きて帰ってきておくれ」と、まつの「守ってくれる」が重なった。俺はニヤッと笑って、頷いた。
「当たり前だろ。俺、槍で守ってやる。お前が支えてくれるなら、俺も頼るよ」
まつが笑って、目を細めた。
「なら、決まりね」
信長が手を叩いて笑った。
「よし! これで犬千代も一人前だ! さっさと祝言挙げろ!」
結婚の儀
数日後、那古野城の小さな間で祝言が執り行われた。
織田家の家臣や親戚が集まり、信長がニヤニヤしながら見てる。俺は初めてまともな着物を着せられて、槍の代わりに盃を手に持った。まつは白い着物に身を包み、静かに俺の隣に座ってる。髪を結い上げて、いつもより大人っぽい。
「犬千代、お前、緊張してんのか?」
信長がからかう。俺はムッとして言い返した。
「緊張なんかしてねえよ。槍持ってる方が落ち着くけどな」
まつがクスクス笑う。
「槍は置いといて、今は私を見ててよ」
その言葉に、俺は少し顔が熱くなった。儀式が始まり、盃を交わす。俺とまつは三三九度を済ませて、夫婦になった。家臣たちが拍手する中、信長が大声で叫んだ。
「これで犬千代も一人前だ! まつ、こいつをよろしくな!」
まつが頷いて、俺を見た。
「よろしくね、犬千代」
「俺もだ、まつ」
俺はまつの手を握った。その手は小さくて温かくて、俺の胸を妙に落ち着かせた。
祝言の後、俺たちは小さな部屋に移った。
二人きりになると、まつが静かに言った。
「犬千代、私、強さって守ることだと思う。お前はどう思う?」
俺は少し考えて、答えた。
「槍で敵をぶっ倒すのも強さだ。でも、お前や母ちゃんを守るのも強さだな」
まつが笑って、頷いた。
「なら、私もお前を守るよ。夫婦だもの」
その言葉に、俺はニヤッと笑った。
「頼もしいな。俺、槍で、まつは頭で守るか」
まつがクスクス笑う。俺たちは笑い合って、初めての夜を過ごした。まつの隣にいると、戦場とは違う温かさが俺を包んだ。
影の祝福
その夜、夢を見た。
暗い森だ。俺が槍を持って立ってる。目の前に、黒い影。兜をかぶった武将が、俺と同じ槍を持ってる。顔は見えねえ。兜の下は闇しかねえ。
「お前は誰だ?」
俺が聞くと、そいつが低い声で答えた。
「お前が守るものだ。そして、お前が貫くものだ。絆を手に持て」
目が覚めた時、心臓がバクバクしてた。でも、今回は怖くなかった。隣で寝てるまつの寝息が、俺を落ち着かせた。
俺は拳を握った。まつとの結婚が、俺に新しい強さをくれた。あの影が何だか分からねえ。でも、俺は槍とまつを手に持つ。それでいい。