第5話:信長の嵐
1551年、那古野城
尾張の那古野城は、騒がしい。
織田信秀の死が城中を揺らし、家臣たちが慌ただしく走り回ってる。
俺、前田利家――まだ「犬千代」と呼ばれてる――は、馬小屋の隅で木の棒を手に持ってた。
1538年に生まれた俺は、この頃、15か16歳だ。
背もだいぶ伸びて、力もついてきた。
織田家に小姓として仕えてから数年、盗賊をぶっ倒して信秀に認められた俺は、槍の腕を磨く日々を送ってた。でも、今日の騒ぎは別だ。
「犬千代! またボーッとしてるのか!」
声が飛んできた。平手政秀だ。
50歳過ぎのジジイで、信秀の側近だったけど、今は吉法師――織田信長――の教育係に専念してる。俺は平手の厳しい目を見上げて、ニヤッと笑った。
「ボーッとしてねえよ。槍の構え考えてただけだ」
俺は木の棒を振り回して見せた。平手が渋い顔でため息をつく。
「構えだと? お前、信秀様が死んだってのに、そんな気分か? 吉法師様が家督を継ぐんだ。しっかりしろ」
「分かってるよ。でも、吉法師なら大丈夫だろ。あいつ、俺より強えし」
俺が笑うと、平手が目を細めた。
「お前、ほんと吉法師様に似てきたな。やんちゃで手に負えねえ。さっさと馬の世話に戻れ」
平手が背を向けて去っていく。俺は木の棒を地面に突き刺して、ニヤけた。吉法師に似てるってのは、悪い気はしねえ。
1551年、織田信秀が急死した。尾張の覇者だった信秀がいなくなり、織田家は混乱してる。
吉法師は19か20歳くらいで、信秀の嫡男として家督を継ぐはずだ。
でも、家臣たちの間じゃ「吉法師じゃ無理だ」って声が上がってる。
あいつの奇行が問題なんだ。
俺には面白えだけだけど、真面目なジジイどもには我慢ならねえらしい。
吉法師の乱舞
その日の昼過ぎ、城の庭が騒がしくなった。
「吉法師様がまたやったぞ!」
家臣たちが叫びながら走ってくる。
俺は馬小屋から飛び出して、様子を見た。
すると、吉法師が信秀の葬儀の真っ最中に、庭で踊ってるのが見えた。着物は乱れて、髪はボサボサ、手には酒の壺を持って、ニヤニヤしてる。
「お前ら、父ちゃんが死んだって泣いてるのか? 馬鹿みてえだな! 俺が天下取ってやるよ!」
吉法師が叫ぶ。家臣たちが呆れた顔で囲んでる。平手が駆けつけて、怒鳴った。
「吉法師様! 何てことを! 信秀様の葬儀ですよ!」
「うるせえよ、ジジイ! 父ちゃんは死んだんだ。俺が織田をでかくしてやる!」
吉法師が酒を地面にぶちまけて、笑う。俺は笑いを堪えきれなくて、近づいた。
「お前、ほんと馬鹿だな! 葬儀で踊る奴なんかいねえよ!」
俺が笑うと、吉法師が俺を見てニヤッと笑った。
「犬千代! お前も踊れよ! 面白えだろ!」
「踊るかよ。槍なら振ってやるけどな」
俺が木の棒を構えると、吉法師が目を輝かせた。
「よし、勝負だ! 俺の刀、お前の棒、どっちが強えか!」
「やめなさい!」
平手が叫ぶけど、俺たちは無視して庭でぶつかり合った。
木の棒と刀がガキンガキン鳴って、俺は汗だくで笑ってた。
吉法師も笑ってた。葬儀の場が騒乱に変わる中、家臣たちが頭を抱えてた。
まつの再会
その夜、俺は城の外で休んでた。
葬儀の騒ぎが収まって、吉法師は平手に叱られてどっか行った。俺は馬小屋の裏で寝転がって、空を見てた。すると、足音が近づいてきた。
「お前、またここで寝てるの?」
声に顔を上げると、あの少女が立ってた。
まつだ。
11歳で会った時より背が伸びて、13か14歳くらい。
織田家の親戚筋の娘で、時々城に来る。
「まつじゃねえか。どうしたんだ?」
俺が起き上がると、まつが静かに笑った。
「吉法師様が葬儀で騒いだって聞いて、様子を見に来たの。お前も一緒だったんでしょ?」
「当たり前だろ。俺、吉法師の友達だからな」
俺が胸を張ると、まつが目を細めた。
「友達なら、あんまり無茶させないでよ。吉法師様、みんなに嫌われてるみたい」
「嫌われてもいいさ。あいつは強えよ。俺も強くなる」
まつが小さくため息をついて、俺の隣に座った。
「お前、いつも強いのばっかりだね。でも、強さって何?」
「何だよ、その質問。槍で敵をぶっ倒すのが強さだろ」
俺が笑うと、まつが首を振った。
「それだけじゃないよ。守るのも強さだよ」
まつの言葉が、俺の胸に刺さった。
母ちゃんの「生きて帰ってきておくれ」を思い出した。
俺は黙って、まつを見た。こいつの目は、妙に澄んでて、俺を落ち着かせる。
影の啓示
その夜、寝床で目を閉じた。
吉法師の騒ぎとまつの言葉が頭に残って、眠りが浅かった。
そして、夢を見た。
暗い森だ。俺が槍を持って立ってる。
目の前に、黒い影。
兜をかぶった武将が、俺と同じ槍を持ってる。
顔は見えねえ。兜の下は闇しかねえ。
「お前は誰だ?」
俺が聞くと、そいつが低い声で答えた。
「お前が殺すものだ。そして、お前が守るものだ。強さとは何か、分かるか?」
目が覚めた時、心臓がバクバクしてた。
汗で全身が濡れてた。夢だった。でも、今回は言葉が違った。まつの声が混じってる気がした。
俺は布団の中で拳を握った。あの影が何だか分からねえ。
でも、吉法師とまつが、俺の中で何かを変えていく。俺は槍を握り続ける。