第4話:まつの影
1550年代初頭、尾張の森
尾張の森は、昼でも薄暗い。
木々が密集して陽光を遮り、地面は湿ってて足音が響かねえ。
俺、前田利家――まだ「犬千代」と呼ばれてる――は、織田信秀の供の先頭で、木の棒を手に持って歩いてた。
1538年に生まれた俺は、この頃、14か15歳くらいだ。
背もだいぶ伸びてきて、力もついてきたけど、やんちゃな性分は変わらねえ。
昨日、信秀から「近隣の盗賊を叩き潰せ」って命じられて、俺は初めて本物の槍を手に持つチャンスを握った。
「犬千代、先を急げ。盗賊の足跡がこっちだ」
声をかけてきたのは、織田家の足軽頭、佐々木藤兵衛だ。
30歳くらいのゴツい男で、信秀の命令で俺を連れてきた。
俺の後ろには、10人ほどの足軽がぞろぞろついてきてる。
「分かってるよ。足跡なんて見なくても、敵の気配がするさ」
俺は木の棒を肩に担いで、ニヤッと笑った。藤兵衛が呆れた顔で首を振る。
「お前、ほんと落ち着きねえな。本物の槍持ってるんだから、棒は捨てろよ」
「これで慣れてるんだ。槍はまだ重いしな」
俺が笑うと、藤兵衛がため息をついた。
「信秀様が槍使いの息子を期待してるんだ。失敗すんなよ」
「失敗しねえよ。俺、母ちゃんとの約束があるからな」
俺は胸を張った。母ちゃんに「生きて帰る」って約束したから、死ぬ気はねえ。
織田家に小姓として仕えてから、俺は吉法師――織田信長――と一緒にやんちゃを続けてきた。
でも、今回は吉法師はいねえ。信秀が「お前は城にいろ」って言ったから、俺一人でこの試練に挑むことになった。盗賊なんて知らねえけど、槍でぶっ倒せばいい。それが俺のやり方だ。
盗賊との遭遇
森の奥に進むと、妙な気配がした。
木々の間で影が動いて、ざわめきが聞こえる。
俺は木の棒を握り直して、藤兵衛に目配せした。
「来たぞ」
藤兵衛が頷いて、足軽たちに合図を送る。
俺たちは息を潜めて進んだ。
すると、開けた場所にボロい小屋があって、5、6人の男がたむろしてた。
みすぼらしい服に、刀や槍を持って、酒を飲んで笑ってる。盗賊だ。
「犬千代、どうする?」
藤兵衛が囁く。俺はニヤッと笑った。
「突っ込むに決まってんだろ。俺が先に行く!」
「お前、待て――」
藤兵衛が止める前に、俺は木の棒を構えて飛び出した。
「うおおおお!」
俺が叫ぶと、盗賊たちがビクッとして立ち上がった。
「何だ、こいつ!?」
「ガキが一人で来やがったぞ!」
盗賊が笑う。俺は構わず、一番近い奴に突っ込んだ。
木の棒を振り上げて、肩を狙う。ガツンって音がして、そいつが地面に転がった。
「てめえ!」
別の盗賊が刀を抜いて斬りかかってきた。
俺は棒で受け止めて、足を払った。そいつも転んで、呻き声を上げる。
「犬千代、槍を使え!」
藤兵衛が叫びながら、足軽たちと一緒に飛び込んできた。
俺は笑って、本物の槍を手に持った。
重いけど、父ちゃんの教えを思い出す。
「突け!」
俺は槍を振り上げて、盗賊の一人に突いた。
刃が肩をかすめて、血が飛び散る。
そいつが叫んで倒れた。
初めて人を傷つけた感触に、俺の手が一瞬震えた。
でも、止まらねえ。
次々と突いて、盗賊をぶっ倒した。
戦いはあっという間に終わった。
盗賊は3人が死に、残りは逃げ出した。
藤兵衛が息を切らして俺を見た。
「お前、ほんと無茶だな。でも、やるじゃねえか」
「当たり前だろ。俺、槍の犬千代だぜ」
俺は笑ったけど、心のどこかで震えが止まらなかった。
まつの出会い
その帰り道、俺たちは村に寄った。
盗賊に荒らされた村で、信秀の名で食料を配るつもりだった。
村人たちが怯えた顔で俺たちを見てる中、一人の少女が目に入った。
11歳くらいの小柄な子だ。
着物は汚れてるけど、目は澄んでて、じっと俺を見てた。
「お前、誰だ?」
俺が聞くと、少女が静かに答えた。
「まつだよ。お前、織田の犬千代?」
「へえ、俺のこと知ってるのか?」
俺がニヤッと笑うと、少女が頷いた。
「盗賊をやっつけたって聞いた。強いのね」
「当たり前だろ。槍なら俺に敵わねえよ」
少女が小さく笑った。その笑顔が、妙に俺の胸に残った。
「でも、血だらけだよ。痛くないの?」
少女が俺の腕を指す。盗賊との戦いでかすった傷が、血で赤くなってた。
俺は笑って誤魔化した。
「これくらい平気だ。男だろ」
「ふーん。男なら、もっと大事にしなよ」
少女が言う。俺はムッとしたけど、なぜか言い返せなかった。
影の再来
その夜、村の宿で寝てた。
盗賊を倒した興奮が冷めねえけど、疲れてすぐ眠った。
でも、夢を見た。
暗い森だ。俺が槍を持って立ってる。
目の前に、黒い影。
兜をかぶった武将が、俺と同じ槍を持ってる。顔は見えねえ。兜の下は闇しかねえ。
「お前は誰だ?」
俺が聞くと、そいつが低い声で答えた。
「お前がこれから殺すものだ。そして、お前が守るものだ」
目が覚めた時、心臓がバクバクしてた。
汗で全身が濡れてた。夢だった。
でも、妙にリアルだった。
隣で寝てる藤兵衛の寝息が、静寂の中で響いてた。
俺は拳を握った。あの影が何だか分からねえ。
でも、今日の戦いと、あの少女の目が、俺の中で何か変えた気がした。