第9話:信長との亀裂(続き) 第2章:決別の槍
1557年、那古野城
尾張の那古野城は、重苦しい空気に包まれてる。
織田信長が尾張と美濃を固める為に、家臣や領民に過酷な命令を下し続け、城内がざわついてる。俺、前田利家は、城の裏庭で槍を手に持ってた。19か20歳の俺は、赤母衣衆の頭として数々の戦を戦い抜き、「槍の又左衛門」の名が信長の軍で知れ渡った。背も高く、力もついて、まつとの結婚が俺を支えてる。でも、信長の非情な命令が俺の胸を締め付けてる。
「利家! また槍か!」
声が飛んできた。佐々木藤兵衛だ。30歳過ぎのゴツい男で、これまで一緒に戦ってきた足軽頭。俺は槍を地面に突き刺して、ニヤッと笑った。
「当たり前だ。槍がなけりゃ、俺じゃねえよ。お前、何だ?」
藤兵衛が渋い顔で近づいてきた。
「信長様がまた呼んでる。裏切り者の村を焼き払えって。お前、気をつけろよ」
「焼き払う? またかよ。分かった、行くよ」
俺が槍を肩に担ぐと、藤兵衛がため息をついた。
「まつに怒られるぞ。信長様、最近誰も止められねえ」
「まつは分かってるよ。槍が俺の命だ」
俺が笑うと、藤兵衛が首を振って去った。
信長の命令は日に日に厳しくなってる。尾張の裏切り者を根絶やしにする為に、女や子供まで殺せって昨日言われた。俺は信長の為に槍を振ってきたが、こんな非情なやり方に耐えきれねえ。母ちゃんとの「生きて帰る」約束と、まつの「私を置いて死なないで」が、俺の胸でぶつかってる。
まつの訴え
その日の昼過ぎ、俺は部屋に戻った。
まつが小さな卓で飯を用意してた。18か19歳のまつは、静かな強さがあって、俺の帰りをいつも笑顔で迎える。でも、今日は目が赤い。
「利家、おかえり。今日も信長様と?」
まつが目を細めて聞く。俺は槍を壁に立てかけて、座った。
「当たり前だ。信長がまた裏切り者を殺せって。お前、どうした?」
まつが一瞬目を伏せて、静かに言った。
「城で聞いた。信長様、村を焼き払って、子供まで殺すって。お前、それに従うの?」
俺は一瞬言葉に詰まって、ムッとした。
「従うしかねえだろ。信長の命令だ。槍で突くのが俺の役目だ」
まつが小さくため息をついて、俺の手を取った。
「役目でも、お前、それでいいの? 私、心配だよ。お前がそんな信長様に振り回されて、変わっちゃうのが怖い」
まつの声が震える。俺はまつの手を握り返して、答えた。
「変わらねえよ。俺は俺だ。でも、信長のやり方、確かにキツいな」
まつが涙をこらえて、俺を見た。
「なら、やめてよ。お前、信長様から離れて。私と一緒に生きてよ」
まつの訴えが、俺の胸に刺さった。俺は黙って、まつの目を見つめた。
信長との対立
その夕方、信長の座敷に呼ばれた。
信長はニヤニヤしながら、俺を見てた。平手政秀と藤兵衛もいて、信長の命令を聞いてる。
「利家、裏切り者の村を焼き払え。皆殺しだ。お前、赤母衣衆でやれ」
信長が笑う。俺は拳を握って、答えた。
「信長、敵なら槍で突くよ。でも、村ごと焼き払って、女や子供まで殺すのは違うだろ」
信長が目を細めて、笑った。
「違う? お前、甘いな。天下取るには非情になれ。やれ」
俺はムッとして、声を上げた。
「非情ならお前一人でやれ! 俺は槍で戦う為に信長に仕えてた。こんな殺し方はやらねえ!」
信長が一瞬黙って、冷たい目で俺を見た。
「やらねえ? なら、出てけ。俺に逆らう奴は要らねえ」
平手が慌てて口を開いた。
「信長様、利家は忠義者です。少し落ち着いて――」
「うるせえよ、ジジイ! 利家、出てけ!」
信長が怒鳴る。俺は槍を手に持って、立ち上がった。
「分かった。俺、出るよ。信長、お前、やりすぎだ」
俺は座敷を出て、信長との絆が初めて亀裂を生んだ。
影の新たな問い
その夜、部屋に戻った。
まつが俺を見て、駆け寄ってきた。
「利家、どうしたの? 顔が怖いよ」
俺は槍を壁に置いて、まつに言った。
「信長と喧嘩した。俺、織田家を出るよ」
まつが目を丸くして、頷いた。
「よかった。お前なら、そうすると思ってた。私、ついてくよ」
俺はまつを抱きしめて、眠りに落ちた。
でも、夢を見た。
暗い森だ。俺が槍を持って立ってる。目の前に、黒い影。兜をかぶった武将が、俺と同じ槍を持ってる。顔は見えねえ。兜の下は闇しかねえ。
「お前は誰だ?」
俺が聞くと、そいつが低い声で答えた。
「お前が貫いたものだ。お前が守るものだ。絆は試される。貫く先に何を見る?」
今回は、影の声に信長の怒りが混じり、まつの目が強く浮かんだ。影が俺の槍を指し、まつの刺繍した赤母衣が揺れた。
目が覚めた時、心臓がバクバクしてた。汗で全身が濡れてた。まつの寝息が、静寂の中で響いてた。
俺は拳を握った。あの影が何だか分からねえ。でも、信長と決別し、まつと生きる道を選んだ俺は、試練が来ても負けねえ。槍とまつを手に持つ。それが俺の道だ。




