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第八話


魔王の城に続く荒野を進む勇者一行は、突然の奇襲に遭った。魔王の手下である黒装束の戦士たちが現れ、鋭い刃と暗い魔法で一行を分断した。レオンとガルドが前線で戦う中、ヒーラーのミリアが敵の魔法使いに捕らえられ、リリィは茂みに身を潜めてその光景を見ていた。ミリアの手首は縄で縛られ、彼女の穏やかな顔に痛みが走っていた。リリィの紫の瞳が静かに光り、彼女の小さな手が二本の狩猟刀を握りしめた。だが、すぐには動かなかった。彼女の頭の中で、初めての葛藤が渦巻いていた。

「ミリアを助けたい。」その思いは明確だった。ミリアの優しさ、彼女がリリィにくれた温かい言葉や笑顔が、老夫婦の記憶と重なり、彼女の胸に小さな熱を生んでいた。だが、どうすればいいのか。敵は五人。魔法使いがミリアの首に刃を当て、他の四人が周囲を警戒している。今飛び出せば、ミリアが傷つくかもしれない。リリィの異常な力なら敵を瞬時に排除できるかもしれないが、ミリアに刃が届く一瞬の隙が怖かった。彼女の心は静かだったが、頭の中では二つの選択がせめぎ合っていた。「今戦うか、それとも…待つか。」感情が薄いはずの彼女が、初めて「迷い」を感じていた。

魔法使いが低い声で叫んだ。

「出てこい、小娘! お前の仲間がどうなるか見たくないならな!」

ミリアが弱々しく首を振る。(リリィちゃん、逃げて…!)その声に、リリィの胸が締め付けられた。逃げる選択肢はなかった。ミリアを置いて去ることは、老夫婦の「強く、優しく生きなさい」に反する気がした。だが、どうすれば「優しく」なれるのか。彼女は無感情に考え、一つの決断を下した。(敵の指示に従う。隙を作る。)それは彼女にとって初めての「我慢」だった。

リリィは茂みからゆっくり姿を現した。銀髪が風に揺れ、迷彩のコンバットシャツとショートパンツが彼女の小さな体を包んでいる。敵が哄笑を上げた。

「ほら、出てきたぞ! ガキが英雄気取りか!」

魔法使いがニヤリと笑い、命令した。

「武器を捨てて服を脱げ。抵抗する気なら、この女の首が飛ぶぞ。」

ミリアが叫んだ。

「リリィちゃん、やめて!」

だが、リリィは無言で狩猟刀を地面に落とした。彼女の瞳は感情を映さず、ただ静かに敵を見つめていた。内心では、ミリアを傷つけさせないための計算が働いていた。敵が油断する瞬間を待つ。それが彼女の選んだ道だった。

リリィはコンバットシャツの裾を掴み、ゆっくりと脱ぎ始めた。迷彩柄の布が地面に落ち、黒いタイツと下着だけの姿が現れる。冷たい風が肌を撫で、敵の視線が彼女に集中した。

「ガキのくせに生意気な体だな!」

一人が下卑た笑いを漏らし、魔法使いがミリアの縄を緩め、彼女を地面に突き倒した。

「こいつはもう用済みか!」

その瞬間、リリィの瞳が鋭く光った。敵の注意がミリアから逸れ、油断が生まれた。今だ。

リリィは素早く動いた。地面に落ちた狩猟刀を拾うより早く、敵の懐に飛び込み、魔法使いの腕を掴んでひねった。骨が折れる音が響き、彼が悲鳴を上げる前に、リリィはもう一本の手で彼の喉を掴み、地面に叩きつけた。息絶える間もなく、彼女は次の敵へ。背後から剣を振り下ろしてきた戦士の刃を体を低くしてかわし、膝裏に蹴りを入れて倒すと、首に拳を叩き込んだ。残りの三人が慌てて武器を構えたが、リリィの動きは止まらなかった。一人の腹に肘を打ち込み、倒れた隙に首を締め上げ、もう一人の槍を奪って胸に突き刺した。最後の敵が魔法を放とうとした瞬間、リリィは跳び上がり、彼の頭を膝で叩き潰した。血と土が飛び散り、戦いは数秒で終わった。

リリィは息を整え、ミリアのもとへ駆け寄った。縄を解き、彼女を起こすと、ミリアの腕には赤い擦り傷が残っていた。

「リリィちゃん…!」

ミリアが涙目でリリィを見上げ、リリィは無感情に呟いた。

「平気?」

ミリアが頷き、立ち上がると、彼女はリリィを軽く抱きしめた。

「ありがとう…助けてくれて。」

だが、すぐにミリアの表情が曇り、リリィの肩を掴んで言った。

「でも、もう少し自分を大事にしてね。あんな危険な賭けに出るなんて…もし何かあったら、私、どうすればいいか…。」

その言葉に、リリィの胸が小さく疼いた。ミリアの声に込められた心配が、老夫婦の優しさと重なり、彼女に初めての「罪悪感」に似た感覚をもたらした。

「ごめん…」

リリィが小さく呟くと、ミリアは驚いたように目を丸くした。彼女が謝るのは初めてだった。

「リリィちゃん…?」

ミリアはすぐに微笑み、リリィの頬を優しく撫でた。

「でも、本当にすごかったよ。あなたがいてくれたから、私、助かった。ありがとう、リリィちゃん。勇敢で強い子ね。」

その褒め言葉に、リリィの紫の瞳が一瞬揺れ、頬が微かに赤らんだ。彼女は自分の顔に手を当て、

「熱い…?」

と呟いた。ミリアがクスクス笑い

「それは照れてるのよ。可愛いね、リリィちゃん」

と言うと、リリィはさらに困惑した。

「照れる…?」

感情が薄いはずの彼女が、初めて「恥ずかしさ」を感じていた。

その時、レオンとガルドが戦いを終えて駆けつけた。ガルドが敵の死体を見て口笛を吹き

「お前、またやったな! すげえぜ!」

と笑った。レオンがリリィの脱ぎ捨てられたシャツを拾い、彼女に渡しながら言った。

「無事か、ミリア?」

ミリアが頷き

「リリィちゃんのおかげよ」

と答えると、レオンはリリィを見やり

「よくやった。だが、次からはもっと慎重に動け」

と冷静に言った。リリィはシャツを受け取り、着ながら頷いた。「わかった。」だが、内心ではミリアの言葉が響き続けていた。「自分を大事に」。それは老夫婦の「優しく生きなさい」に繋がるものだった。彼女は初めて、自分の命を危険に晒したことがミリアを悲しませるかもしれないと気づいた。

一行が野営を張った夜、ミリアがリリィの隣に座り、彼女の手を握った。

「リリィちゃん、今日のこと、忘れないでね。私、あなたが大事だから。」

リリィはミリアの手の温もりを感じ、静かに答えた。

「うん…ミリアも大事。」

その言葉に、ミリアが目を潤ませて微笑んだ。

「ありがとう、リリィちゃん。」

リリィの胸に、再び温かい波が広がった。それは「罪悪感」と「感謝」、そして「絆」に似たものだった。彼女は自分の行動を振り返り、敵の指示に従ったこと、ミリアを助けるために危険を冒したことを考えた。葛藤は彼女に新たな感情を刻み、照れながらもミリアに寄り添う姿は、感情が薄い少女が少しずつ変わっていく証だった。

リリィの内面はまだ静かだったが、ミリアを助けるために葛藤し、決断した経験は、彼女に「自分」と「他者」を意識させるきっかけとなった。敵を倒す冷徹さはそのままだったが、ミリアの言葉が彼女に小さな光を灯した。強く生きることと、優しく生きること。その間で揺れるリリィの旅は、感情の芽生えと共に続いていく。


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― 新着の感想 ―
リリィちゃんの成長が楽しみです♪ 優しい老夫婦や、勇者パーティとの出会いで、胸があったかくなるのがいいですね^ ^ 応援してます❣️
この第八話は、リリィの内面の成長が非常に丁寧かつ劇的に描かれていて、素晴らしい回だと感じました。以下、感想をいくつかの観点からまとめます。 ⸻ 【1. 感情の発芽と葛藤の美しさ】 リリィという「…
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