表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/74

第五話


影の森の奥、冷たい風が木々の間を抜け、血と土にまみれた小さな足跡が途切れる場所で、リリィは倒れていた。銀髪は乱れ、血に染まった服が彼女の小さな体にまとわりつき、紫の瞳は虚ろに空を見上げていた。山賊団を壊滅させた後、彼女はただ歩き続けていたが、空腹と疲労が限界を超え、ついに力尽きた。手から落ちたナイフが地面に転がり、彼女の意識は闇に沈んでいた。

その時、森の小道に三人の足音が響いた。魔王を倒す旅の途中で、村を襲った盗賊団の討伐依頼を受けた勇者一行だ。リーダーの勇者レオンは、鋭い目つきと落ち着いた佇まいの青年。隣には、巨躯の戦士ガルドが大剣を肩に担ぎ、穏やかな笑みを浮かべるヒーラーのミリアが杖を手に歩いていた。彼らは盗賊団の隠れ家へ向かっていたが、道端に倒れた少女を見つけた。


「何だ、この子?」

ガルドが驚きの声を上げ、レオンが素早くリリィに近づいた。血に染まった姿を見て、彼は眉を寄せる。

「生きてる…だが、この血は?」

ミリアが急いで駆け寄り、リリィの脈を確認した。

「まだ息があるわ。怪我は少ないみたい。疲労で倒れたのかも。」

三人は顔を見合わせた。森の奥で血まみれの少女が倒れている状況に、ただ事ではない気配を感じた。

ミリアが癒しの魔法をかけると、リリィの目がゆっくり開いた。紫の瞳が三人を見上げ、無感情に呟く。

「…誰?」

その声は小さく、感情が欠けていた。レオンが慎重に尋ねた。

「名前は? ここで何があった?」

リリィはしばらく黙り、やがて静かに答えた。「リリィ。村を焼いた盗賊を…殺した。」

その言葉に、三人は息を呑んだ。ガルドが目を丸くして呟く。

「あの盗賊団を? 一人で?」

リリィは小さく頷き、何事もなかったように立ち上がった。

レオンはリリィの瞳を見つめ、違和感を覚えた。彼女の言葉には感情がなく、血に染まった姿にも動揺がない。

「お前、普通じゃないな」とレオンが言うと、リリィは首を傾げた。

「普通じゃない…かも。」

その素直さが逆に不気味だったが、ミリアが優しく微笑んだ。

「一人じゃ危ないわ。私たちと一緒に来なさい。」


ガルドが笑いながら肩を叩く。

「お前、盗賊を片付けてくれたなら助かったぜ。俺たちの仕事が減ったな!」

レオンは渋々頷き、リリィを同行させることにした。彼女の異常性に警戒しつつも、見捨てるわけにはいかなかった。

一行は森を抜ける旅を再開した。リリィは黙って後ろをついて歩き、紫の瞳で周囲を見回した。道中、ガルドが好奇心から尋ねた。「なあ、リリィ。あの盗賊団、どうやって倒したんだ?」リリィは淡々と答えた。

「ナイフで。喉や腹を刺した。動かなくなった。」その平然とした口調に、ガルドが言葉を失い、レオンが鋭く睨んだ。

「それで何も感じないのか?」

リリィは少し考えてから言った。

「怒りはあった。おじいちゃんとおばあちゃんを殺したから。でも…悲しいとか怖いとかはわからない。」

その答えに、三人は沈黙した。ミリアが小さく呟く。

「感情が…薄いのかしら。」

レオンはリリィを観察しながら考えた。彼女の強さは異常だが、心が壊れているわけではない。ただ、何かが欠けている。ガルドが気を取り直して笑った。

「まあ、強いのは確かだ。魔王と戦うのに役立つかもな!」

レオンは「様子を見る」と決め、旅を続けた。リリィの異常性に不安を感じつつも、彼女の力は一行にとって有用だった。

夜、野営を張ると、ミリアがリリィにスープを渡した。

「飲んで。体が温まるわ。」

リリィは無言で受け取り、静かに飲み始めた。焚き火のそばで、ガルドが再び尋ねた。

「リリィ、お前、なんでそんな強いの?」

リリィはスープを飲みながら答えた。

「わからない。昔から…こうだった。おじいちゃんとおばあちゃんを守りたかったから、戦った。」

ミリアが優しく言う。

「守りたかったのね。でも、今は?」

リリィは焚き火を見つめ、呟いた。

「強く、優しく生きなさいって言われた。優しくがわからないから…強くしてる。」

その言葉に、ミリアは悲しげに目を伏せ、レオンは複雑な表情を浮かべた。

翌日、一行は森を抜け、魔物が徘徊する荒野へ出た。突然、狼のような魔物が群れで襲いかかってきた。ガルドが大剣を振るい、レオンが剣で応戦する中、リリィは無感情に動いた。ナイフを手に魔物を次々と斬り、血が飛び散っても表情は変わらない。瞬く間に魔物は全滅し、ガルドが感心して言う。「お前、すげえな!」ミリアは血に染まったリリィを見て心配そうに呟いた。「平気なの?」リリィは頷き、「慣れてる」とだけ答えた。レオンは彼女の冷徹さに改めて警戒心を強めたが、その力に頼らざるを得なかった。

旅を進める中、リリィは一行に少しずつ馴染んでいった。ミリアは彼女に優しく接し、ガルドは豪快に笑いながら戦友として認めた。レオンだけは、彼女の無感情な瞳に潜む何かを見逃さなかった。ある夜、彼はリリィに問う。「お前、なぜ戦う? 盗賊はもういないだろ?」リリィは焚き火を見つめ、静かに答えた。

「おじいちゃんとおばあちゃんのため。強く生きるのが…正しいことだと思うから。」

レオンは言葉に詰まりつつも、彼女の純粋さに何かを感じた。

数日後、一行は荒野を抜け、次の町に辿り着いた。石畳の道と木造の家々が並ぶ小さな町だ。レオンが宿屋に向かいながら言う。

「ここで休む。情報も集めよう。」ガルドが笑って肩を叩く。

「リリィ、町じゃ少しは楽しめよ!」

ミリアが微笑み

「服も洗ってあげたいわ」と提案した。リリィは紫の瞳で町を見回し、小さく頷いた。「…ありがとう。」その言葉に感情はほとんどなかったが、ミリアは嬉しそうに笑った。

宿屋に落ち着くと、レオンはリリィを呼び、改めて問う。

「お前、これからどうする気だ?」

リリィは少し考えて答えた。

「わからない。でも…おじいちゃんとおばあちゃんが、優しく生きなさいって。優しくがわからないから、皆と一緒にいたい。」

レオンは彼女の無垢な言葉にため息をつきつつ、頷いた。

「なら、しばらく俺たちと来い。魔王を倒す旅だ。お前の力が必要だ。」

リリィは静かに微笑み、「わかった」と答えた。

町に着いた一行は、リリィの異常性に戸惑いながらも、彼女を受け入れ始めていた。彼女の旅はまだ始まったばかりで、魔王を倒す先に何があるのか、誰も知らない。だが、リリィの小さな手には、血と涙を超えた新たな目的が芽生えていた。強く、そして少しずつ優しく生きる道を、彼女は探し始めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
Xにてリツイートいただいたので、読みに来ました。 作品としては、程良い情報量の描写で楽しみながら5話まで読み進める事が出来ました。 少女の異常性については現時点で原因はわかりませんが、私としては同情的…
69行目に「翌日、一行は森を抜け、」とあるのですが、83行目に「数日後、一行は影の森を抜け、」あります。 私は69行目で”影の森”を抜けたと思って読み進めていたのですが、83行目で上記の文章があり「あ…
この第五話は、非常に丁寧に感情の描写と物語の転換点を織り込んだ秀逸な章です。以下、感想を三つの視点からまとめます。 ⸻ 【1. 物語構成と展開】 本話は**「孤独な復讐者から仲間との旅へ」**と…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ