第四話
リリィは燃え尽きた村を後にし、影の森の奥へと歩みを進めた。彼女の小さな手は血と涙で汚れ、銀髪は風に揺れて乱れていた。紫の瞳には初めての悲しみが宿り、老夫婦の最期の言葉――「強く、優しく生きなさい」――が胸に刻まれていた。だが、その言葉と共に、彼女の中で新たな感情が芽生えていた。それは、静かな湖面に投げ込まれた石が引き起こす波紋のように、徐々に大きくなりつつある怒りだった。
村を襲った山賊団は、略奪を終え、森の奥にある彼らの隠れ家へと戻っていた。そこは岩場に囲まれた洞窟で、粗末な柵と見張りが立つ拠点だった。山賊たちは酒を飲み、奪った金や食料を分け合い、哄笑を上げていた。
「あの村の連中、簡単に片付いたな!」「あのガキが斥候を殺したって? 笑いものだ!」彼らは村人の何人かに拷問じみた方法で仲間を殺した人物を聞き出し、リリィの存在を知り、嘲り、彼女がただの子供だと侮っていた。
リリィは森を歩きながら、老夫婦の亡骸を埋めるため、村の外れに小さな墓を作った。彼女の手は土にまみれ、涙が乾いた後も目が赤く腫れていた。だが、彼女の心は決まっていた。盗賊団を追い、復讐を果たす。老夫婦を奪った者たちに、彼女が初めて感じた怒りをぶつけるために。
数日後、リリィは盗賊団の隠れ家にたどり着いた。彼女は森の影に身を潜め、静かに様子をうかがった。山賊たちは酔っ払い、警戒心を緩めていた。リリィの紫の瞳が暗闇で光り、彼女の小さな体が異様な気配を放っていた。彼女は森で拾ったナイフを握り、静かに近づいた。
見張りの男がリリィに気付いた瞬間、彼女は動いた。信じられない速さで男の喉にナイフを突き刺し、声も上げさせずに倒した。血が地面に染み、彼女の表情は変わらない。穏やかで、無垢なままだった。だが、その手は確実に死を振りまいた。
洞窟の中へ踏み込むと、山賊たちが騒ぎに気付いた。「何だ!? ガキが来たぞ!」一人が剣を手に立ち上がったが、リリィは一瞬で間合いを詰め、剣をかわして男の腹を刺した。血が噴き出し、男が倒れると、他の者たちが慌てて武器を手に取った。だが、リリィの動きは鬼神の如く、誰にも止められなかった。
一人が大剣を振り下ろしてきた。リリィは身をかがめ、剣の下をくぐり抜けると、ナイフを男の膝に突き刺した。男が膝をついた瞬間、彼女は跳び上がり、首に刃を突き立てた。別の男が背後から槍を突いてきたが、リリィは振り返る間もなく体をひねり、槍を奪い取ると、そのまま男の胸に突き返した。
洞窟は血と叫びで満たされた。山賊たちは次々と倒れ、リリィの小さな体は血に染まっていった。彼女の動きに迷いはなく、感情は依然として静かだった。だが、その静けさの中に、老夫婦の死に対する怒りが燃えていた。彼女はそれを「復讐」と呼ぶことをまだ知らなかった。ただ、彼女を育ててくれた二人を奪った者たちを許せなかった。
山賊の頭領が最後に立ちはだかった。巨漢で、両手に巨大な斧を持っていた。「てめえ…何者だ!?」頭領が咆哮し、斧を振り下ろした。リリィは跳び上がり、斧の柄に着地すると、そのまま頭領の肩に飛び移った。彼女の小さな手が頭領の首を締め、ナイフが喉に深々と突き刺さった。頭領が膝をつき、血を吐いて倒れると、洞窟に静寂が戻った。
リリィは立ち尽くした。足元には山賊たちの亡骸が転がり、血が川のようになっていた。彼女の手は震えていなかった。息は整い、紫の瞳は穏やかだった。だが、彼女は自分の手を見つめた。血に濡れた小さな手。老夫婦の笑顔が頭に浮かび、初めて胸が締め付けられた。
「これで…終わり?」彼女は呟いた。盗賊団は壊滅した。村を焼き、老夫婦を殺した者たちは全て死んだ。だが、彼女の心は満たされなかった。悲しみは消えず、怒りは静かに沈んだだけだった。彼女はナイフを地面に落とし、洞窟を出た。
外では、影の森の風が冷たく吹いていた。リリィは空を見上げ、老夫婦の言葉を思い出した。「強く、優しく生きなさい」。彼女は小さく頷いた。「私、強かったよ。おじいちゃん、おばあちゃん。でも、優しく…どうすればいいの?」彼女の声は小さく、風に消えた。
リリィは歩き出した。血に染まった服をまとったまま、森の奥へと進んだ。彼女はまだ自分が何者か分からない。なぜこんな力を手にしているのか、なぜ感情がこんなにも薄いのか。だが、老夫婦のために戦ったことで、彼女の中に何か新しいものが芽生えていた。それは、復讐を超えた何か――生きる目的だった。
影の森の闇が彼女を包んだ。不気味な唸り声が響き、彼女の小さな足跡が血と土にまみれていた。リリィの旅は終わらない。答えを見つけるために、彼女は歩き続ける。鬼神のような強さを持つ少女の物語は、まだ始まったばかりだった。