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第三一話


山岳地帯での巨大な魔物との戦いを終えた勇者一行――レオン、ガルド、ミリア、そしてリリィ――は、疲れ果てた体を引きずりながら山を越え、麓の小さな街「ヴェルナ」に辿り着いていた。

空はオレンジに染まり、冷たい風が岩肌を抜けて街へと吹き下ろしていた。

ヴェルナは山脈のふもとに位置する交易の中継地で、石造りの家々と木製の看板が並ぶ静かな街だった。

一行は休息と補給のために宿屋「山羊の角」に宿を取り、長い一日の終わりを迎えていた。

宿屋の扉を開けると、暖炉の火がパチパチと鳴り、木の香りが漂っていた。

宿屋の主人――瘦せた中年の男で、灰色の髪と鋭い目を持つ――が一行を出迎えた。「旅人か。部屋なら空いてるよ」とぶっきらぼうに言いながら、宿帳を差し出した。

レオンが剣を腰に下げたまま「4人だ。部屋と夕食を頼む」と応じると、主人は宿帳に目を落とし、一行を見上げた。

その瞬間、主人の目が一瞬揺れ、手が微かに震えたのをレオンが気づいた。

「何か変だな…」とレオンが呟き、ガルドが「どうした、レオン?」と尋ねたが、レオンは首を振って「いや、気のせいかもしれない」と答えた。

一行が部屋に荷物を置き、宿屋の階段を降りる間、リリィが無表情で立ち止まり、紫の瞳で周囲を見回した。

ミリアが「リリィちゃん、どうしたの?」と優しく尋ねると、リリィが「街の人たちが…私たちを見る目が変」と呟いた。レオンが「変?」と聞き返すと、リリィが淡々と続けた。

「故郷の村で、盗賊の斥候を殺した時と同じ。恐怖と困惑が混じった目。宿屋の主人も、さっきそうだった」と。

ガルドが「何!? お前、鋭いな」と驚き、ミリアが「リリィちゃん、そんな目で見られてたの?」と心配そうに言った。レオンが「確かに、主人が動揺してた気はする。気をつけよう」と呟き、一行は不審な感覚を抱えたまま夕食の時間まで待った。



その夜、夕食をとるためにレオン、ガルド、ミリアが宿屋の食堂へ降りてきた。木製のテーブルと椅子が並ぶ簡素な部屋で、暖炉の火が赤く揺れていた。

すでにリリィが一足先にテーブルに座り、スコップを膝に置いて、目の前に並べられた料理――スープ、焼いたパン、羊肉のシチュー――の匂いを嗅いでいた。彼女の小さな体がテーブルの端にちょこんと座り、銀髪が火の光に映えていた。

レオンが「リリィ、早いな」と笑い、ガルドが「腹減ったぜ! 山で戦った後だ、がっつり食うぞ」と戦斧を壁に立てかけた。ミリアが「リリィちゃん、料理どう? おいしそう?」と尋ねると、リリィが無表情で「匂いが変」と呟いた。ミリアが「変?」と首を傾げると、リリィはスプーンを手にシチューを一口食べ、無言で咀嚼した。

一行がテーブルに座り、それぞれ料理に手を付けようとした瞬間、リリィが突然立ち上がり、「毒が入ってる。致死性。食べないで」と淡々と告げた。

レオン、ガルド、ミリアが一瞬動きを止め、驚愕の視線をリリィに向けた。「毒!?」とガルドが叫び、ミリアが「リリィちゃん! 食べちゃったの!?」と慌てた。

レオンは即座にシチューをスプーンで掬い、口に含んだが、すぐに顔を歪めて吐き出した。

「うっ…確かに変な味だ!」と立ち上がり、食堂にいた他の客――商人や旅人、10人ほど――に向かって叫んだ。

「みんな、料理に毒が入ってる! 食べるな!」その声が食堂に響き渡った。

次の瞬間、客たちの間に驚きのざわめきが広がった。

だが、すでに料理を食べていた者たちが次々と異変を訴え始めた。

「うっ…体が…」と呻く男が椅子から崩れ落ち、「何!?」と叫ぶ女がスープの碗を落とした。

客たちはテーブルを叩き、うめき声を上げながら倒れていった。

食堂は一瞬にして混乱に包まれ、暖炉の火だけが静かに揺れていた。



レオンが「くそっ、何だこれは!」と剣を抜き、ガルドが「誰がこんなことしやがった!」と戦斧を握った。ミリアは杖を手に、倒れた客たちに駆け寄り、「ヒール!」と光の魔法を放った。光が客たちの体を包み、うめき声が少し和らいだが、重体の状態は変わらなかった。

ミリアが「だめ…毒が強すぎる。すぐに解毒剤が必要だ!」と叫んだ。

食堂を見回すと、10人の客のうち7人が倒れ、残りの3人は料理を食べる前だったため無事だった。

だが、驚くべきことに、リリィだけが料理を食べたにもかかわらず、普段と変わらず立っていた。

彼女は無表情でスプーンを手に持ち、紫の瞳で倒れた客たちを見つめていた。ミリアが「リリィちゃん! どうして無事なの!?」と驚きながら尋ねると、リリィが淡々と答えた。


「故郷の村で、薬草を自分で食べてた。自分で食べて、大丈夫な薬草と毒がある薬草を見分けてたから。毒に耐性がある」と。

レオンが「耐性!?」と目を丸くし、ガルドが「お前、毒を食って平気なのかよ!?」と叫んだ。

ミリアが「リリィちゃん…そんなことしてたの?」と心配そうに言うと、リリィが「うん。おじいちゃんとおばあちゃんに教えてもらった薬草だけじゃ足りなくて、自分で試した。死ななかったから、大丈夫」と呟いた。

その声には感情がなく、ただ事実を述べるだけだった。

レオンが「信じられねえ…訓練でもそんな耐性は身につかねえぞ」と呟き、ガルドが「大した体だ、リリィ。お前、ほんと人間か?」と笑った。

ミリアはリリィの手を握り、「リリィちゃん…そんな危険なことしてたなんて。でも、ありがとう。私たちを守ってくれたね」と優しく言った。

リリィは無表情で「毒が入ってるってわかったから、言っただけ」と答えた。


死人は出なかったものの、倒れた7人は重体で、宿屋の外に運ばれ、街の薬師に引き渡された。レオンは宿屋の主人に詰め寄り、剣を鞘から半分抜いて「料理に毒が入ってた。お前、知ってたのか?」と鋭く問いただした。

主人は青ざめた顔で手を振り、「知らねえ! 俺はただ料理を出しただけだ! 厨房の者に聞いてくれ!」と一点張りだった。

ガルドが「ふざけんな! お前が動揺してたの、見てたぞ!」と長剣を振り上げると、主人が「待て! 確かに動揺したよ! お前らを見た時、噂を思い出したんだ!」と叫んだ。

レオンが「噂?」と眉を寄せると、主人が「山を越えてきた旅人が魔王の手下だって噂だ。最近、街に変な連中が出入りしてて…お前らを見て、そう思っただけだ。毒なんか知らねえ!」と訴えた。


ミリアが「魔王の手下…?」と呟き、リリィが「街の人の目、だから変だった」と淡々と付け加えた。

レオンが「埒が明かねえな。厨房を調べるぞ」と言い、一行は主人を押さえつけたまま厨房へ向かった。だが、厨房には誰もおらず、調理道具と食材が散乱していた。

ガルドが「逃げやがったな、毒を入れた奴が!」と歯ぎしりし、レオンが「魔王の手下が絡んでるなら、街全体が危険だ。気をつけろ」と警告した。



一行は宿屋に戻り、毒に倒れた客たちの治療を見届けた。薬師の解毒剤で重体者たちは一命を取り留めたが、意識は戻らず、街は騒然としていた。レオンが「リリィ、お前が気づかなかったら全滅してた。助かったぜ」と言うと、ガルドが「毒に耐性があるなんて、ほんとすごい体だな。お前、俺らの命の恩人だぜ」と笑った。

ミリアが「リリィちゃん、すごいよ。でも、無理しないでね」とリリィの手を握った。

リリィは無表情で「わからない。毒が入ってるってわかったから、言っただけ」と呟いた。彼女の紫の瞳に、食堂の混乱が映っていた。レオンが「この街、魔王の手下が潜んでる可能性が高い。休息どころじゃねえな」と呟き、一行は次の行動を計画した。

リリィの耐性の謎は解けないままだったが、彼女の異常性が一行を救ったことは確かだった。


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