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第十九話


魔王討伐の旅は果てしなく厳しく、勇者一行の心と体は擦り減っていた。

勇者レオン、戦士ガルド、ヒーラーミリア、そしてリリィの四人は、休息を求めて交易都市「ルミナス」に足を踏み入れた。

街は賑やかで、石畳の道には色鮮やかな旗が揺れ、商人や旅人が笑い声を響かせる。魔王に抗う勇者たちの噂は既に届いており、門をくぐった瞬間、住民たちは花びらを撒き散らし、「勇者様だ!」「希望の光だ!」と歓声を上げた。

レオンは照れ笑いで手を振り返し、ガルドは得意げに胸を叩く。

ミリアは「騒がしいわね」と呟きつつ、街の温もりに目を細める。リリィは黙って後ろに立ち、虚ろな瞳で周囲を見回していた。感情が薄い彼女にとって、歓声も花びらもただの風景に過ぎない。

けれど、その小さな胸の奥には、子どもらしい好奇心がひっそりと芽生えていた――これは何? 何でこんなに騒いでるの? と、頭の中で冷静に問いかけながら。

街の指導者たちは勇者一行を厚くもてなし、夜に盛大なパーティを開くと決めた。

一行は宿舎で休息を取り、温かい食事と柔らかなベッドに疲れを癒した。

夜になると、中央広場は華やかな会場に変わっていた。ランタンの灯りが揺れ、テーブルには料理と酒が山と積まれ、楽団がバイオリンやフルート、太鼓を奏でて軽快な音楽を響かせる。人々は笑い、踊り、楽しげに夜を過ごしていた。

リリィはその光景を、小さな体でじっと見つめていた。戦場では狩猟刀と「魔斬りの刃」を握り、魔物を無感情に斬る彼女が、こんな場所にいるのは不思議なほどだ。

レオンが「リリィ、楽しそうか?」と聞くと、彼女は首を傾げ、「楽しそうって何?」と返す。

子どもらしい素直な質問に、大人びた冷めた口調が混じる。

彼女は感情を知らない。でも、目の前の賑わいに、どこか心が引っかかっていた。

彼女の視線は自然と楽団へ向かう。バイオリンの高い音、フルートの軽やかさ、太鼓のドンドンという響き――それらが重なり合うと、胸の奥が妙にくすぐったい。

広場では人々が手を取り、社交ダンスを踊っている。ドレスの裾がくるくる回り、ステップが軽快に刻まれる。リリィは無表情でそれを見つめながら、頭の中で思う。

――何でこんなことしてるの? 楽しいの? 私にはわからない。でも…見てると、変な感じ。子どもっぽい好奇心が目を輝かせ、大人びた冷静さがそれを抑え込む。

その様子に気づいたミリアが近づいてきた。

ヒーラーであり魔法使いの彼女は、穏やかな声で「音楽やダンスが気になるのね」と言う。

リリィは少し考えて

「うん。わからないけど…面白いかも」と答える。

子どもらしい「面白い」という言葉に、感情のない平坦な響きが乗る。

ミリアは微笑み、「じゃあ、私と踊ってみる?」と手を差し出す。リリィが「踊るって何?」と聞くと、ミリアは「私が教えてあげるよ」と優しく彼女の手を取った。

ダンスフロアに立つリリィは、ミリアに手を引かれながら不器用に足を動かす。

音楽に合わせて一歩、二歩と進むうち、ぎこちないステップが少しずつ形になる。

ミリアが「ほら、上手よ」と言うと、リリィは「上手って…これでいいの?」と聞き返す。

戦闘以外で褒められるのは初めてで、子どもっぽく首を傾げつつ、大人びた目でミリアを見上げる。ミリアが笑って頷くと、リリィは無表情のまま「ふーん」と呟く。

心の中では、――これが楽しいってことなのかな? よくわからないけど、嫌いじゃないかも、と冷静に分析していた。

周囲の人々が二人のダンスを見て、微笑ましげに拍手を送る。

ミリアの優雅な動きと、リリィの不器用で真剣な姿が愛らしい。

曲が終わり、ミリアが「どうだった?」と聞くと、リリィは少し考え、「変な感じ。足が勝手に動いて…でも、悪くなかった」と答える。

子どもっぽい感想に、大人びた観察が混じる。

ミリアは「それでいいよ」と頭を撫で、リリィは一瞬固まるも、何も言わず受け入れた。

その後、街の有力者たちが勇者一行に挨拶にやってきた。

豪華な服を着た商人や貴族が、レオンに握手を求め、ガルドに酒を勧め、ミリアに丁寧な言葉をかける。

「魔王を倒す勇者様に感謝を」「我が街の希望です」と愛想良く笑う彼らが、リリィを見た瞬間、表情が凍りついた。「この子は…?」と一人が呟き、「勇者一行にこんな幼い子が?」と別の者が困惑する。

リリィの小さな体と冷たい瞳は、彼らの想像を超えていた。

レオンがすかさず

「彼女はリリィ。俺たちの大事な仲間だ。戦場では頼りになる」とフォローすると、有力者たちは「あ、ああ、そうですか!」「素晴らしい仲間ですね!」と慌てて取り繕う。あたふたする姿は、威厳ある大人たちが子どもの前でうろたえているようで、滑稽だった。リリィはそれを見て、胸の奥がくすぐったくなる。――何これ? おかしい。頭の中でそう思うと、口角が勝手に上がった。「ふっ」と小さな音が漏れ、彼女は自分で驚く。

――笑った? 私が? 何で? リリィの頭は混乱でいっぱいになる。感情が薄いはずの自分が、「おかしい」と感じて笑いそうになったことに、子どもっぽい驚きと大人びた困惑が混ざり合う。

彼女はその場に立ち尽くし、目を彷徨わせる。ミリアがそっと近づき、「リリィ、どうしたの?」と聞くと、リリィは小さな声で「わからない。あの人たちがおかしくて…笑いそうになった。笑うって何? 私にそんなの…あるの?」と途切れ途切れに言う。

ミリアは穏やかに微笑み、「可笑しくて笑うのは普通のことよ。子どもだって大人だってそうなる。リリィが感じたのは自然なことだから、大丈夫」と優しく言う。リリィは目を丸くして、「普通…? 私にもあるの?」

と聞き返す。子どもらしい純粋な問いかけに、大人びた疑いが混じる。

ミリアが「うん、あるよ」と頷くと、リリィは少し考え、「ふーん…そうなんだ」と呟く。――笑うって、こういう感じ? 変だけど…悪いものじゃないかも、と頭の中で整理していた。

パーティは続き、一行は街の人々と交流を楽しんだ。

レオンは有力者と戦いの話をし、ガルドは酒を飲みながら腕相撲で盛り上がる。ミリアはリリィを再びダンスに誘い、今度は少し慣れたステップで彼女を導いた。リリィは無表情のままだったが、ミリアの顔を見ると、口角が微かに動く瞬間があった。子どもっぽい好奇心でステップを踏み、大人びた冷静さで自分を観察する。

夜が更け、宿舎の窓辺に立つリリィは、空を見上げていた。手には「魔斬りの刃」が握られ、その冷たい感触がいつもの自分を思い出させる。でも、今夜は少し違った。

音楽の響き、ダンスの軽やかさ、そして「おかしい」と感じた笑い――それらが小さな胸に残っていた。彼女は思う。――私にも笑うってあるんだ。変な感じ。でも…嫌いじゃない。子どもっぽくそう思うと、大人びた冷静さが付け加える。――これが「正しい」ってこと? わからないけど、知りたいかも。

答えはまだ出ない。けれど、初めての感情を、彼女は静かに受け入れた。

魔王を倒す旅は続く。その中で、彼女は自分を知るのだろう。冷たい少女の心に、小さな灯がともり始めていた。


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