第十六話
森の奥で魔物と黒魔術師を倒した私たち一行は、次の町へと向かっていた。
触手の攻撃を受けた私は、全身にべたべたした粘液がまとわりついて、迷彩の服が濡れて体に張り付いていた。
銀髪も絡まり合って、気持ち悪かった。レオンが「町に着くまで我慢しろ」と冷静に言って、私は「うん」とだけ答えて、みんなと一緒に歩き続けた。触手の毒はミリアの魔法で消えたはずだけど、粘液がこんなに気持ち悪いなら、服を着替えるより先に洗いたい。
でも、予備の服に着替えたら粘液が移っちゃうから、そのまま我慢するしかなかった。
町に着くと、みんなはすぐに宿屋に部屋を取った。ミリアが
「リリィちゃん、早くシャワー浴びておいで。汚れちゃってるから」と優しく言って、私の手を引いて浴場に連れて行ってくれた。
私は「うん、ありがとう」と頷いて、ミリアと一緒に浴場の扉をくぐった。木の壁に囲まれた浴場は、湯気がふわっと漂っていて、シャワーから温かい水が流れていた。私は粘液まみれの服を脱いで、シャワーの下に立った。
水が体に当たって、べたべたした感触が少しずつ流れ落ちていく。
ミリアが私の横に立って、タオルで背中を擦ってくれた。
「気持ち悪かったよね、この粘液」と優しい声で言うから、私は「うん…冷たくて、べたべたしてた」と答えた。
ミリアは私の銀髪を丁寧に洗ってくれて、粘液が絡んだところを指でほぐしてくれた。彼女の手は温かくて、触れるたびに少しだけ胸が落ち着く感じがした。ミリアが「リリィちゃん、体の中を調べてみるね。毒が残ってないか心配だから」と言うと、私は「うん」と頷いた。彼女の手に淡い光が灯って、私の肩に触れた。光が体に広がって、なんだか温かい感じがした。触手が締め付けた腕や脚の擦り傷が消えて、毒の残りもなくなっていくのがわかった。ミリアの魔法はいつも優しくて、私を安心させてくれる。
シャワーの水音の中で、私はふと思ったことを口に出した。
「ミリア…触手の毒って、どんな効果だったの?」
ミリアの手が一瞬止まって、顔が少し赤くなった。
「えっと…その…体の感じ方を強くする毒だったの。普段感じないことが、すごく大きく感じちゃう…気持ちいいとか、そういうのも含めてね」と、ちょっと慌てたみたいに答えた。私は
「体がビクビクして、怖かったけど気持ちいいのもあった。どうして?」と聞いた。ミリアがさらに困った顔で
「それは…毒が体を過敏にさせたからだよ。嫌なのに反応しちゃうのは、そのせいだったの」と説明してくれた。私はその言葉を頭の中で繰り返して、触手が私を攫った時のことを思い出した。
「ミリア…私、変だと思ったの。私みたいな小さい体で、お子様みたいな自分が攫われたのって、おかしいよね。」
私はシャワーの水を見ながら呟いた。ミリアが「え?」と驚いた顔で私を見たから、私は続けた。
「私の知ってる話だと、男の人から…変なことされるのは、ミリアみたいに美人で、スタイルが良くて、優しい人のはずだよ。私、ほっそりしてて小柄で、子供みたいだから、攫われるはずないよね?」
私は自分の体を見下ろした。胸もなくて、腕も細くて、ミリアみたいに大人っぽくない。触手が私を攫った理由がわからなかった。
ミリアはタオルを握って、少し考え込むみたいに黙った。それから、ゆっくり言葉を選びながら言った。
「リリィちゃん…えっとね、そういう変なことをする人って、いろんな好みがあるの。ミリアみたいな大人っぽい人が好きな人もいるけど…リリィちゃんみたいな幼くて可愛い女の子が好きな人もいるんだよ。」
彼女の声は優しかったけど、どこか気まずそうだった。私はその言葉を聞いて、目を丸くした。
「私みたいな…幼い子が好きな人?」
ミリアが
「うん、そういう人もいるの。リリィちゃんが攫われたのは、きっとそのせいだよ。でも、そんな人たちのせいで怖い思いしたんだから…もうそんなことさせないからね」と優しく言ってくれた。
その時、自身の故郷で薬草を採取していた時盗賊団の斥候たちが自身を見る目を思い出した。
あの目つきが気持ち悪かったのを覚えてる。それから、町の路地裏で暴漢に囲まれた時も、男たちが私の体を触って、嫌な感じがした。
ミリアの言う通り、私みたいな小さい子が好きな人もいるんだって、初めて気づいた。
私は「そんな人もいるんだ…」と呟いて、シャワーの水を見た。気持ち悪い記憶が頭をよぎったけど、ミリアがそばにいてくれるから、少しだけ落ち着いた。
ミリアは私の髪を拭いてくれて
「リリィちゃん、もうそんな怖い目に遭わないように、私が守るからね」と優しく言った。私は彼女の顔を見上げて
「うん…ミリアがいてくれるから、安心する」と答えた。その言葉を言った時、胸が少し温かくなった。
ミリアの手が私の肩に触れるたび、触手の嫌な感触が薄れて、代わりに何か柔らかい気持ちが広がった。
私はミリアの優しい目を見て、「ミリア…好きだよ」と呟いた。
自分でもその言葉が何を意味するのかわからなかったけど、言わずにはいられなかった。
ミリアが「え、好きって…ありがとう、リリィちゃん」と顔を赤くして笑うと、私はもっと胸が温かくなった。
ミリアが私の体を洗い終えて、新しい服——白いワンピースと青いベスト——を渡してくれた。
私は着替えて、浴場を出る時、ミリアの手を握った。「ミリア、いつもそばにいてくれてありがとう。」私の声は小さかったけど、気持ちがこもってた。ミリアが
「私もリリィちゃんが大事だよ。いつもそばにいるからね」と答えてくれた時、私はまた「うん」と頷いた。
ミリアの温もりが、私の心に何か特別なものを残した。触手の毒で怖かった気持ちも、ミリアがいてくれるから消えた。
恋って何かわからないけど、ミリアがそばにいると安心して、嬉しい気持ちになる。それが私にとって大事なことだった。
宿の部屋に戻ると、レオンとガルドが待ってた。レオンが「リリィ、状態はどうだ?」と聞くと、ミリアが「毒は消えたよ。体も大丈夫」と答えた。ガルドが「変な声出してた時はびっくりしたぜ!」と笑うと、ミリアが「もう言うな!」と慌ててた。私はミリアの横に立って、彼女の手の温もりをまだ感じてた。夜、ベッドに座って、私はミリアのことを考えた。触手が私を攫った理由も、ミリアが教えてくれた。怖いこともあったけど、ミリアがそばにいてくれるから、私は平気でいられる。おじいちゃんとおばあちゃんの「強く、優しく生きなさい」が胸に響いて、ミリアがそれを教えてくれるみたいに感じた。私はミリアが好きだ。それが恋かどうかわからないけど、無意識に、無自覚に、ミリアに心が向かっていくのを感じた。
翌朝、私たちは旅を再開した。ミリアが私の手を取って、「何かあったらすぐ言ってね」と言うと、私は「うん」と頷いた。
ミリアの優しさが、私の心に小さな灯りをともしてくれた。魔王を倒す旅は続くけど、ミリアがいるから、私は強く、優しく生きられる。