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第十四話


魔王を倒す旅の途中で、勇者一行は休息のために小さな町に立ち寄っていた。

石畳の道と木造の家々が並ぶ穏やかな町で、一行は宿屋に部屋を取り、数日の疲れを癒していた。その日の昼下がり、リリィは一人で町を歩いていた。白いワンピースと青いベストを身にまとい、銀髪が風に揺れる彼女は、紫の瞳で周囲を静かに見回していた。

レオンとガルドは酒場で情報収集、ミリアは宿で休息をとっており、リリィは珍しく単独で行動していた。町の喧騒に慣れない彼女は、ただ歩くことで何かを感じようとしていたのかもしれない。

感情が薄い彼女にとって、人の笑顔や市場の賑わいは、理解しがたいが興味深いものだった。


しかし、町の中心から少し離れた静かな路地に入った時、状況が一変した。

人気が少なくなり、足音が石畳に響くだけになった瞬間、リリィの腕が突然引っ張られた。

驚く間もなく、彼女は路地裏の暗がりに引き込まれ、数人の暴漢に囲まれた。

男たちはみすぼらしい服を着て、酒臭い息を吐きながらリリィを見下ろしていた。

一人がニヤリと笑い

「おい、こんな可愛いガキが一人で歩いてるなんて珍しいな」

と呟いた。別の男が

「金でも持ってるか? それとも…別の価値があるか?」

と下卑た声で続けた。リリィの紫の瞳が彼らを静かに見つめ、彼女は瞬時に理解した。この男たちが「よくないこと」を考えていることを。

リリィの頭は冷静だった。

感情が薄い彼女は、恐怖や怒りを強く感じることはなかった。

だが、暴漢たちの目つきや言葉から、彼らが彼女に危害を加えようとしているのは明らかだった。彼女の手が無意識に腰に下がる——だが、そこにはいつもの狩猟刀がない。

町での休息中、武器は宿に置いてきていた。

リリィは一瞬だけ目を細め、どう対処すべきか思案した。

彼女の異常な身体能力なら、この程度の男たちを瞬時に倒すのは簡単だ。

喉を潰し、腹を刺し、息の根を止める——それは盗賊団を壊滅させた時と同じ手順でできる。

だが、彼女の頭にレオンの言葉が響いた。(大きな町で殺しをすれば、勇者の仲間でも捕まる。牢獄行きだ。)

リリィは立ち止まり、考える。殺せば簡単だ。血が流れ、男たちが動かなくなる。それで終わりだ。だが、牢獄に入れば、レオンやガルド、ミリアと離れ、魔王を倒す旅が終わるかもしれない。老夫婦の「強く、優しく生きなさい」が胸に響き、彼女は殺す以外の道を探した。暴漢たちはリリィが黙っているのを好機と見たのか、一人が彼女の肩に手を伸ばし、服の上から胸部を触り始めた。

「おとなしい子だな。いいぞ、そのままじっとしてろ。」

別の男が彼女の腕を掴み、ワンピースの裾を引っ張りリリィの臀部を撫で始める。

リリィの胸に、ほのかな嫌悪感が芽生えた。

それは感情が薄い彼女にとって珍しい感覚だった。

触られる感触、男たちの息遣い、汚れた手。

それらが彼女の体にまとわりつき、微かな不快さを呼び起こした。

その時、ミリアの言葉が頭をよぎった。「犯罪行為をされたら、ある程度の怪我までならやり返しても許されるよ。それを正当防衛って言うの。」宿での何気ない会話だったが、リリィはその意味を理解していた。

殺さず、怪我を負わせるだけなら、町の法に触れないかもしれない。 

彼女の紫の瞳が鋭く光り、決断が下った。

暴漢たちがさらに手を伸ばし、彼女の体を押さえつけようとした瞬間、リリィが動いた。


リリィの小さな拳が、胸部を触っていた男の顎を正確に捉えた。

鈍い音が響き、男が「グッ」と呻いて後ろに倒れた。腕を掴んでいた男が「お前っ!」と叫び、拳を振り上げたが、リリィは身を低くしてかわし、男の腹に肘を叩き込んだ。息が詰まる音と共に、男が膝をついた。残りの二人が慌てて立ち上がり、一人がナイフを抜いたが、リリィの動きは止まらなかった。彼女はナイフを持つ手を掴み、ひねって落とすと、男の顎に膝を打ち上げた。もう一人が背後から襲いかかってきたが、リリィは振り返りざまに拳を腹に叩き込み、男がうずくまるまで殴り続けた。全てが数秒で終わり、四人の暴漢は気絶して路地裏に転がっていた。

リリィは息を整え、自分の手を見下ろした。

血は流れていない。

男たちは生きている。

彼女の攻撃は顎や腹部に集中し、気絶させるにとどめた。正当防衛の範囲だ。

彼女は無感情に呟いた。

「これで…いい?」

嫌悪感は薄れ、胸に微かな満足感が広がった。

ミリアの言葉に従い、殺さずに済ませた。

それが「優しく生きなさい」に繋がるのか、リリィにはまだわからない。

だが、彼女はその場を後にし、宿へと戻る道を歩き始めた。

宿に戻ると、レオンが酒場から帰ってきており、ミリアがリリィを見て「おかえり、リリィちゃん」と微笑んだ。

だが、リリィのワンピースに付いた汚れと、微かに乱れた銀髪に気づき、ミリアが「どうしたの?」と心配そうに尋ねた。

リリィは淡々と答えた。

「路地裏で暴漢に囲まれた。触られたから、殴って気絶させた。殺さなかった。」

その言葉に、レオンが目を鋭くし、「何!? 大丈夫か?」と立ち上がった。

ガルドが「やるじゃねえか、リリィ! でも怪我は?」

と笑った。ミリアがリリィの手を取り、「触られたって…平気なの?」と心配した。

リリィは首を振って

「平気。少し嫌だっただけ。正当防衛って、ミリアが言ってたから」

と答えた。

ミリアが目を丸くし

「私の言葉、覚えててくれたの?」

と驚くと、リリィが

「うん。殺したら牢獄ってレオンが言ってたから、殴るだけにした」

と続けた。レオンが「よくやった。町の法を守ったな」

と頷き、ガルドが「さすがリリィだぜ! 暴漢なんてボコボコだな!」と笑った。

ミリアはリリィを抱きしめ

「でも、無理しないでね。怪我がなくてよかった…」と優しく言った。

リリィはミリアの温もりに、「ありがとう」と呟いた。

その夜、リリィはベッドに座り、自分の行動を振り返った。暴漢に囲まれた時、殺すのは簡単だった。

だが、彼女はそれをしなかった。ミリアの言葉とレオンの警告が、彼女の異常な力を抑えた。

嫌悪感を感じたのも初めてだった。

感情が薄いはずの彼女が、触られる不快さと、仲間を守るための自制を覚えた。

それは老夫婦の教えに近づく一歩だった。彼女は窓の外を見上げ、「強く…優しく?」と呟いた。答えはまだわからないが、リリィの心に小さな変化が芽生えていた。

翌日、一行は町を出て旅を再開した。ミリアがリリィの手を握り、「何かあったらすぐ言ってね」と言うと、リリィが「うん」と頷いた。レオンが「次はお前が暴漢を捕まえる側になるな」と笑い、ガルドが「リリィなら一瞬だぜ!」と豪快に笑った。

リリィは仲間と共に歩きながら、路地裏での出来事を胸に刻んだ。彼女の旅は、魔王を倒すだけでなく、自分自身を知る道でもあった。


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