第十三話
魔王を倒す旅の途中、勇者一行は迷宮を抜けた後、立ち寄った町で休息をとっていた。
宿屋の暖炉が部屋を温め、窓からは夕陽が差し込む中レオン、ガルド、ミリア、そしてリリィは木製のテーブルを囲んでいた。
リリィは白いワンピースと青いベストを着て、銀髪をミリアに結ってもらったばかりだった。
彼女の紫の瞳は無感情に暖炉の炎を見つめ、小さな手にはホットミルクの入ったマグカップが握られていた。
クピクピと年相応に可愛らしく飲む姿が、旅の疲れを癒す一コマとなっていた。
その時、ガルドがリリィの腰に下げられた二本の狩猟刀に目を留めた。長さ40cmほどの刃は、町の鍛冶屋で購入してから幾多の戦いを切り抜けてきた。魔物の群れ、盗賊団、迷宮での戦闘——そのどれもが激しいものだった。
「なあ、リリィ。お前の狩猟刀、そろそろメンテナンスが必要なんじゃねえか?」
ガルドが大剣を磨く手を止め、彼女に近づいた。リリィはミルクを飲みながら無言で頷き、腰から刀を外してガルドに渡した。
「うん。見てて。」
その声に感情はほとんどなかった。
ガルドは狩猟刀を手に取り、刃をじっくり観察した。革巻きの柄は使い込まれているが、刃自体に傷や欠けがない。
血や汚れが付着したはずなのに、まるで新品同様の輝きを放っている。
「何!? おい、これ…おかしいぞ!」
ガルドが目を丸くして叫んだ。
「どうした?」
とレオンが鋭い目で振り返り
「何かあったの?」
とミリアも心配そうに近づいた。
ガルドは狩猟刀をテーブルに置き
「見てみろよ。こいつ、俺たちが買った時と変わらねえ。新品みたいだぜ!」
と驚きを隠せなかった。
レオンが刀を手に取り、刃を光にかざして確認した。確かに、鋭い切れ味と輝きは購入時と変わらない。戦いで使い込まれたはずの刃に、摩耗の跡すらない。
「確かに異常だ。鍛冶屋の親父が言ってた耐久性以上の何かがある」
と冷静に呟いた。ミリアが杖を手に近づき
「私も見てみるわ」
と言い、癒しの魔法を応用した探査術を刀に施した。淡い光が刃を包み、ミリアの眉が微かに動いた。
「…この刀、微かに魔力が宿ってる。それも、リリィちゃんの魔力と同じ波長…。」
その言葉に、一同の視線がリリィに集まった。
リリィは無表情のまま、クピクピとホットミルクを飲んでいた。マグカップを両手で持ち、小さな口でミルクを味わう姿は、幼い少女そのものだった。ガルドが
「リリィ、お前…何!? 刀に魔力かけてんのか?」
と驚きの声を上げると、リリィはカップをテーブルに置き
「ううん、わからない」
と首を振った。ミリアが優しく尋ねた。
「リリィちゃん、刀をどうやって使ってるか、感じることある?」
リリィは少し考えて
「ただ…持ってる。戦う時、軽い」
と答えた。その無垢な返答に、ガルドが
「軽いって…それだけかよ!」
と笑い、レオンが
「彼女の魔力が影響してる可能性がある」
と考察を始めた。
ミリアがリリィの横に座り
「前に浴場で調べた時、リリィちゃんの体内に魔力があるってわかったよね。あの力が、刀に流れ込んでるのかも」
と提案した。レオンが頷き
「ホムンクルスと人間のハーフなら、魔力が自然に漏れ出てる可能性はある。刀がその影響を受けて、自己修復してるのかもしれない」
と補足した。ガルドが目を丸くして、
「自己修復!? そんな刀、聞いたことねえぞ! リリィ、すげえな!」
と豪快に笑った。リリィは無表情のまま、
「すげえ…?」
と呟き、再びミルクをクピクピと飲み始めた。
ミリアはリリィの手を取り、
「リリィちゃん、あなたの魔力って特別だよ。魔法を使える才能もあるし、刀にまで影響してるなんて…」
と驚きを隠せなかった。レオンが刀を手に持ったまま
「この魔力、制御できれば武器としてさらに強くなる。だが、無意識に漏れてるなら、リリィ自身が気づいてないだけだ」
と分析した。ガルドが
「つまり、リリィが持つだけで刀が新品のままってわけか! 便利すぎるぜ!」
と笑いながら肩を叩いた。リリィは叩かれた肩を少し動かし、
「便利…?」
と首を傾げた。
一同の驚きの雰囲気の中、リリィはホットミルクを飲み干し、空のマグカップをじっと見つめた。ミリアが
「もう一杯飲む?」
と聞くと、リリィがコクリと小さく頷いた。ミリアが立ち上がり、暖炉のそばでミルクを温め直す間、レオンがリリィに目を向けた。
「お前、魔力を感じたことないのか?」
リリィは少し考えて、
「戦う時…手が熱い。刀が軽くなる。それが…魔力?」
と呟いた。レオンが
「その感覚だ。無意識に使ってるんだろう」
と頷き、ガルドが
「熱いって、すげえな! リリィ、もっと魔法やってみろよ!」
と提案した。
ミリアが温めたミルクをリリィに渡し、
「リリィちゃん、あなたの魔力って、ホムンクルスの力と人間の血が混ざったものかもしれないね。それが刀を守ってるのかも」
と優しく言った。リリィはミルクを受け取り、クピクピと飲みながら「守ってる…?」と呟いた。ミリアが頷き、
「うん。あなたが刀を大事にしてるから、魔力が応えてるのかも」
と微笑んだ。ガルドが
「大事にしてるって、リリィ、刀に名前でもつけてんのか?」
と笑うと、リリィが
「名前…ない」
と答えた。ガルドが
「じゃあ、俺がつけようか!」
と冗談を飛ばし、レオンが「やめとけ」と冷静に制した。
その夜、リリィの狩猟刀を囲んで、一行は彼女の魔力について話し合った。レオンが「リリィの魔力が刀に影響してるなら、魔王との戦いでさらに役立つ。制御を覚えさせたい」と提案すると、ミリアが「私が教えるよ。リリィちゃんの魔法、もっと引き出してみたい」と意気込んだ。ガルドが
「魔法も刀も最強のリリィ、魔王がビビるぜ!」
と笑い、リリィは無表情のまま「ビビる…?」と呟いた。一同が笑い合う中、リリィはホットミルクを飲み続けていた。クピクピという音が部屋に響き、彼女の無垢な姿が驚きの雰囲気を和ませていた。
翌朝、一行は町を出発する準備を整えた。リリィは狩猟刀を腰に下げ、ミリアが「刀、大事にしてね」と言うと、「うん」と頷いた。レオンが「魔力を意識してみろ。刀が応えるかもしれない」とアドバイスし、ガルドが「次は俺の大剣にも魔力かけてくれよ!」と笑った。リリィは無表情ながら、ミルクを飲むような可愛らしさで「うん…やってみる」と答えた。彼女の魔力が刀を新品同様に保つ謎は、ホムンクルスの起源と人間の意志が交錯した結果だった。旅の中で、その力がさらに開花する兆しを見せていた。