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第十二話


魔王を倒す旅の途中、勇者一行は立ち寄った町で「魔王の仲間が潜む迷宮のような建物」の噂を耳にした。石畳の町を離れ、森の奥にそびえる灰色の石造りの建造物に到着した一行は、その不気味な外観に一瞬たじろいだが、レオンが「行くぞ」と剣を手に進み、ガルドが

「面白そうだぜ!」

と大剣を担いで続いた。リリィとミリアも後に続き、迷宮の入口へと足を踏み入れた。だが、扉をくぐった瞬間、轟音と共に石壁が動き、一行は二手に分断された。レオンとガルドが一方の通路へ、リリィとミリアが別の通路へと引き離された。

「リリィちゃん、大丈夫?」

ミリアが杖を握り、周囲を見回した。薄暗い石の通路には苔が生え、湿った空気が漂っている。リリィは迷彩のコンバットシャツとショートパンツ姿で、二本の狩猟刀を手に静かに頷いた。

「うん。平気。」

彼女の紫の瞳は感情を映さず、ただミリアを見つめていた。二人は慎重に通路を進んだ。曲がりくねった道、仕掛けられた罠を避けながら、ミリアの癒しの魔法とリリィの鋭い感覚で危機を乗り越えた。そして、迷宮の奥にたどり着いた時、二人は質素な部屋に足を踏み入れた。

部屋は狭く、石壁に囲まれ、ミリアたちが入ってきた扉ともう一つの扉があるだけだった。もう一つの扉には、錆びた鉄板に刻まれた文字があった。「キスをしないと開かない扉」。ミリアはその文字を読み、思わず顔をしかめた。

「何!? キスって…この迷宮の製作者、なんて意地の悪い…!」

彼女は杖を握り締め、困惑と苛立ちで頬を赤らめた。ヒーラーとして冷静さを保つ彼女だが、この状況には辟易した。一方、リリィは扉の文字をじっと見つめ、無感情に首を傾げた。

「キス…何?」

その純粋な問いに、ミリアは一瞬言葉を失った。

ミリアは深呼吸し、リリィの横に座った。

「えっとね、リリィちゃん。キスっていうのは…人が人を好きだって気持ちを伝える時に、唇を合わせることなの。大事な人とする特別なことだよ。」

彼女は恥ずかしそうに説明し、リリィの反応を見た。リリィは紫の瞳を瞬かせ、

「唇を…合わせる?」

と呟いた。感情が薄い彼女にとって、キスは未知の概念だった。老夫婦に育てられた村暮らしの中で、そんな行為を知る機会はなかった。ミリアはさらに考え込んだ。

「どうしよう…この扉、開けないと先に進めない。でも、私たちだけで…?」

彼女はレオンとガルドが別の道で戦っていることを思い、二人で突破するしかない状況に頭を悩ませた。

長い沈黙の後、ミリアは決心した。

「リリィちゃん、私たちでキスしてみよう。扉を開けるためだから…ね?」

彼女の声は震え、頬がさらに赤くなった。リリィは無感情に頷き

、「うん。ミリアがそう言うなら」

と答えた。ミリアは心臓がドキドキするのを感じながら、リリィの小さな肩に手を置いた。「じゃあ…目を閉じててね。」リリィが素直に目を閉じると、ミリアは意を決して顔を近づけた。二人の唇がそっと触れ合った瞬間、ミリアの温かさとリリィの冷たい感触が交錯した。ほんの一瞬のキスだったが、扉からカチリと音が響き、鉄板が軋みながら開いた。奥へと伸びる通路が現れ、二人は驚きながらも立ち上がった。

「開いた…!」ミリアが安堵の息を吐き、リリィを見た。リリィは唇に手を当て、

「これが…キス?」

と呟いた。その声に感情はほとんどなかったが、彼女の頬が微かに赤く染まっているのにミリアは気づいた。

「リリィちゃん、大丈夫?」

と尋ねると、リリィは

「うん…なんか変」

と答えた。ミリアはクスクス笑い、

「変な感じするよね。初めてだもん」と優しく言った。二人は通路を進み、迷宮の奥へと向かった。

一方、レオンとガルドは別の道で魔王の仲間に遭遇していた。黒装束の魔術師が暗黒の魔法を放ち、レオンが剣で切り裂き、ガルドが大剣で叩き潰した。激しい戦いの末、二人は敵を倒し、迷宮の出口を探し当てていた。出口近くの広間で、レオンが

「ミリアたちは大丈夫か?」

と呟くと、ガルドが「リリィがいるから平気だろ!」と笑った。その時、通路からミリアとリリィが姿を現し、四人は再会した。

「無事だったか!」

レオンが駆け寄り、ミリアが

「うん、なんとかね」と微笑んだ。ガルドが

「どうやって来たんだ?」

と聞くと、ミリアは顔を赤らめて「ちょっと…変な仕掛けがあって」と誤魔化した。リリィは無言で立っていたが、彼女の頬がまだ微かに赤いのにミリアだけが気づいた。一行は迷宮を脱出し、一度町へ戻ることにした。帰路の森を歩きながら、ミリアはふとリリィをチラリと見た。彼女の表情はどこか恥じらっているように見え、紫の瞳が少し伏せがちだった。感情が薄いはずの少女に、人間らしい照れが見えた瞬間だった。


「リリィちゃん、キスってどうだった?」

ミリアがそっと尋ねると、リリィは一瞬立ち止まり、

「…熱かった。ミリアの唇」

と呟いた。その言葉に、ミリアの心が温かくなった。

「そっか。初めてだったもんね」と笑うと、リリィが小さく頷き、「うん…変な感じ」と付け加えた。ミリアは彼女の横に並び、

「でも、あなたがいてくれてよかったよ。扉、開けられたのもリリィちゃんのおかげ」

と優しく言った。リリィは

「ミリアが教えてくれたから」

と答え、頬がさらに赤くなった。

町への道中、ミリアはリリィの変化に安堵を感じていた。感情が薄く、ホムンクルスと人間のハーフかもしれない彼女が、キスという行為で初めての感覚に触れ、照れを見せた。それは人間らしさの芽生えだった。レオンとガルドが前を歩き、ガルドが「次は魔王だぜ!」と豪快に笑う中、ミリアはリリィの手を握った。「リリィちゃん、これからも一緒にね。」リリィが「うん」と頷くと、その小さな手に微かな温もりが感じられた。迷宮の扉を超え、リリィの心に新たな波が生まれた瞬間だった。


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