働きたい
ふと気付くと夜が白々と明けていく。
昔を思い出して眠れない夜を過ごしてしまっていた。
蒲鉾板の位牌は、最初、鉛筆で「水子供養」と書いただけだった。
その後、秀樹が小学校で使っている彫刻刀を借りて「水子供養」と書いた文字を掘り、蒲鉾板の裏に私が考えた名前を入れた。
裏を見る度に、その名前で良かったのか…と思う。
「ねぇ、美智子ちゃん。」
当時の皇太子妃・美智子様のお名前を頂いたのだった。
家を出て一週間経った。
この家には電話も無いから、私は精神科への通院だけだ。
離婚届を置いて出たのに、通院費は夫が払ってくれている。
私は身勝手だ。
夫が働いて得たお金を使っている。家を出たのに……。
申し訳ないと思いつつも、働く先を探している。
職業安定所に通い始めたのだ。
出来ることが無い私は掃除の仕事をすることが一番だと思った。
今日こそは何とか仕事を得たい。
家を出て職安へ行き、「掃除でも無理でございますか?」と聞くと、「精神科に通っておられるので……医師のご判断で……。」という返事だった。
溜息が出た。
⦅先生が「ゆっくりして。」って言うて……。
働かへんかったら生きて行かれへんのに……。
うちは、あの人がおらんかったら、なんも出来へん。
出来損ないや………。⦆
家に帰ってから涙しか出なかった。
⦅もう、このまま息絶えるしかないんかなぁ……。
もう、どないでも、ええなぁ……。
もう、薬も止めよ。病院も、もう行かへん。
この家の家賃、払われへんようになったら出て行こ。
お父ちゃん、お母ちゃんと暮らしたあの家の近くで死にたいなぁ……。
お父ちゃん、お母ちゃん、堪忍え。
大事に育てて貰うたのに……。
親孝行の一つも出来へんかった。堪忍。
親の死に目にも会われへんかった。親不孝のうち……。堪忍え。⦆
涙が頬を伝わって流れ落ちて行く。
財布の中のお金を見る。
まだ、お金はある。
2か月間のお金はある。
この家は前のアパートを出ると決めた時に探して、アパートに置いてある物を運んでおいた。
その頃は、川口家の財布を持っていたから、全てそのお金で賄った。
敷金なども問題なく払えた。
家を出る時、何も持って出ないことを決めていた。
それが私の矜持。
働く先が決まるまでの間のお金を私名義に作った通帳に入金して……そして、家を出た。
このお金が潰えたら、私は死ぬしかなくなる。
それで、いいかもしれないと思った。
もう本当に終われるから………。
二つの位牌を胸に抱いて泣いている時、チャイムが鳴った。