再会
阪急百貨店での出逢いの後、私はもう二度と会うことが無い人だと思っていた。
どう見ても工場で働いている私とは別の世界の人に思えたからだ。
綺麗な出逢いの想い出だけを胸に秘めておこうと思っていた。
あれは……確か、土曜日の工場の勤務が終わった時だった。
友達と一緒に工場を出た時、工場の門の前に……あの人が立っていた。
「綾ちゃん! 綾ちゃん!
あの人や。阪急百貨店の君!」
「綾ちゃん、阪急百貨店の君、が居てはる。」
声も出なくて、足も動けなくなっていた。
目だけが、あの人を捉えて離さなかった。
その目に………あの人だけを映している目に、あの人がドンドン私に近づいてきて……あの人が大きくなっていった。
「こんばんは。小林綾子さん。」
「………………。」
「覚えていませんか? 綾子さんとは阪急百貨店でお会いしました。
……?……忘れてしもうた?」
「………いいえ、いいえ。」
「覚えてくれてはる?」
「……はい。」
「良かった。私一人と………。
今から、お時間ありますか?」
「…………。」
「綾ちゃん、はい!って返事せな。」
「あ………はい。」
「ありがとう。ほな、ちょっとだけ……。」
「はい。」
「綾ちゃん、行ってらっしゃーい!」
「綾ちゃん、さいなら~。」
歩きだしてから後ろを振り返って友達に手を振って「行ってきまぁ~す。……さいなら。」を言った。
そんな私を、あの人は微笑んで見ていた。
その時の笑顔を私は今も覚えている。
あの日、そう……あの人は私を夕食に誘ってくれた。
工場から車で近くまで行ったのだった。
自家用車に乗ったことがなかった私は、川口家の大きな自家用車に驚いた。
車を運転する人も川口家で運転手をしている人だった。
生まれて初めて入った洋食屋だった。
何を注文すればよいのか分からずに居たら、あの人は注文をしてくれて……。
出されたお料理の食べ方も分からなかった。
ナイフとフォークの使い方も、本当に何もかも知らなかった。
知らない私に、あの人は優しく教えてくれて……教えてくれる時も優しい笑みだった。
食事が終わって、家の近くまで車で送ってくれた。
家を知られたくないと思っていた私に、あの人は聞いたと思う。
「また会うて欲しいんです。
電話番号、教えてください。」
「……うちは貧乏で……家に電話……ありません。」
「!………済みません。知らなくて……。
でも、会いたいさかい。連絡を取りたいんや。嫌かなぁ…。」
「うちと?」
「うん。綾子さんと! また、会うてくれる?」
「うちで良かったら……けど、ご飯を奢ること出来へん。今日も……。」
「奢って欲しいなんて、思うてないよ。私が奢りたいんや。」
「ホンマに……ええんですか?」
「うん。一緒にご飯食べて貰えるかな?」
「はい!」
「ほなら……また、今日みたいに会社の門の前で待ってても、ええかな?」
「はい。」
そう言って見せた微笑みも私は今も覚えている。
あの人の笑顔は何一つ忘れられない大切な想い出………。
⦅あの頃は夢の中やった。
美しくて楽しい夢の中。 けど、夢は醒める。
そして、夢の儚さを知るんやなぁ………。⦆