出逢い
若かったのだ。私も、夫も……。
だから、恋を叶えることが幸せだと思っていた。
私は昭和12年に生まれた。
太平洋戦争が厳しくなり、父に召集令状が届いた。
母は幼い私を連れて父の実家に世話になった。
空襲のための疎開だった。
父からの手紙が届くと「父が生きている証拠」だった。
その手紙を書いた時までは……。
父の戦死広報が届いて、母が布団の中で泣いているのを見た。
人に涙を見せてはならなかったから……母は声を殺して泣くしかなかった。
私はまだ小学生だった。
父の死を泣いてはならないと言われていた。
それに、分かっていなかった。戦死という意味を……。
太平洋戦争が終わって父が戦場から帰って来た日のことを幼心に覚えている。
戦死したはずの父が帰って来た日、母も祖父母も喜んだ。
私は、父なのかどうか分からなかった。
帰還したばかりの父は写真と違っていたからだ。
それから、私は学校に通い卒業して就職した。
大阪の工場だった。
大阪で出逢ってしまったのだ。夫に……。
その日、工場は休みで工場の友達たちと梅田の阪急百貨店の大食堂に行ったのだった。
憧れの阪急百貨店の大食堂だった。
「何食べる?」
「ライスカレー!」
「うちも!」
三人でライスカレーを食べた後、三人で「買われへんけど見るだけやったら、タダや!」と百貨店内の商品を見て回った。
綺麗なマフラーを見て、⦅こんなマフラー、お母ちゃんにあげたいなぁ……。⦆と思った時、私を呼ぶ友達の声の方を向こうと振り返ったら打つかってしまった。誰かに……。
「済んまへん。」
「いいえ。」
下げた頭を上げると綺麗な背広姿の美しい男性が立っていた。
声も出ないくらいだった。
心も体も全てどうかなったのか?と思うくらい、掴まれてしまって動くことを忘れてしまった。
どのくらいの時間だったのか分からない。
時が一瞬止まったのだ。
「綾ちゃん、大丈夫なん?」
「綾ちゃん! 綾ちゃんったらぁ~。」
「綾ちゃん? 貴女のお名前ですか?」
「ひぇ~~っ。綾ちゃん、聞いたはるよ。」
「あ……はい。綾子です。」
「苗字は?」
「苗字……小林です。……小林綾子です。」
「小林綾子さん、やねんね。
どこに勤めてはるの?」
「どこ……工場。」
「工場? どこの?」
「松尾です。」
「松尾やの?」
「はい。」
「……名前を聞いたのに、名乗ってへんな……。
僕は川口惣一です。よろしくね。」
「はい!」
「この後、どないするの?」
「この後ですか?」
「うん。」
「百貨店を見て回ろと思ってます。」
「そうなんや。僕も一緒に、ええかな?」
「えっ?」
「惣一様、なりません。」
「少しくらい、ええやろ。」
「いけません。」
「固いな。相変わらず!」
「それが私の仕事でございます。」
「小林綾子さん。今度、連絡します。
工場の名前を教えて!」
「……あの……。」
「早う! なんて名前?」
「松尾、……………。」
これが、あの人との出逢いだった。
夫・川口惣一との出逢いだった。
あの時、私は夫から目を離すことが出来なかった。
初めて見た美しい男性だった。
後で友達たちは「二人見つめ合って動かへんかったよ。」と言われた。
恋に落ちるのは一瞬だったのだ。
人物、会社につきましては、実在しておりません。
架空の人物、会社です。