新来の章
里が寝静まった頃。青菜を幾把か引き抜いたばかりの畑で、鍬を振るう影がひとつ。
少し離して置かれた灯明皿の頼りない明かりが、禾助のずんぐりとした身をゆらりゆらりと照らす。
さくっ、ざん
ざん
時折、灯明皿を移動させながら、耕すには随分と深めに、探る様に、土を掘り返している。
ほんの瞬きの間。
禾助の目に不思議な色が映りこむ。禾助は鍬を脇に放り出し、そこを覗き込む。
「ここか」
呟き、土を手で除けていく。暫くして、右手を軽く握った禾助が、泥だらけの顔に喜色を浮かべた。
「居た……じいちゃんの言った通りだ!」
拳を開くと、虹色の輝きを帯びた細長いものがうねうねと禾助の掌で蠢く。それに目を向けたまま、左手をそろりと鍬に伸ばす。
「其処でございましたか」
ふいに背後から聞こえた声に禾助はびくりと腰を伸ばした。慌てて振り返ると、頼りない灯の数歩先に、柳行李を背負うひょろりとした影が佇んでいる。
今朝方嗅いだあの匂いが、禾助に届く。
「……薬売り……里を出たんじゃあ……いや、こんな刻限にここで何をしとる」
問いに答えることなく、りんがゆっくりと禾助に歩み寄る。
「それをお見せ願えないでしょうか?」
「それ? なんのことだ?」
さりげなく右手を背に回し、農夫が立ち上がる。
「今、貴方様が後ろ手にされたもののことでございます」
「…………」
「今朝方、『畑の方で不可思議な色を拝見した』というわたくしの言葉に、貴方様は『畑が光るなんて気味が悪い』と仰いました。こちらの畑には光る何かが埋まっていて、貴方様はそれをご存じだったということでございましょう」
「……そうか、最初からこいつが狙いだったのか。騙したんだな」
「『気のせいでございましょう』、と申した筈です」
禾助は舌打ちし、
「厚かましいことを……薬売りが、こいつに何の用があるってんだ」
「それが分からないので、お見せ願いたいのです」
首を傾げたりんに、禾助の眉根が寄る。
「あんた……添助から何を聞いたんだ?」
「滅多に無い事でございますが、どうにもはっきりとしないので困っております」
何処か噛み合わない会話に、禾助は額に青筋を立て、
「だから、何がだ。あんた、俺を馬鹿にしとるんか?」
「とんでもございません。ただ、それがわたくしの探しものかどうかを確かめたいだけでございます」
己に向けて腕を伸ばすりんに、禾助が吠えた。
「あんたのもんな筈がないだろう! これは、俺のもんだ」
りんは何処か困惑を滲ませたような顔で腕を降ろし、
「貴方様は、それが一体何なのかをご存じでいらっしゃるということでしょうか。ならば、どうぞそれについてお教えくださいませ」
「!」
答えに詰まる禾助に、薬売りが一歩を踏み出す。禾助は半分背を向けるように己の右手を身体で抱え込み、左手で鍬を拾う。
りんの脚がもう一歩を踏むと、禾助は後退り乍ら鍬を構え、
「寄らんでくれ。寄ったら、俺はあんたを……」
「それ以上下がらない方がよろしゅうございますよ」
「? 何を」
「それを放せ」
不意に、禾助の背から低い声が響いた。やけにはっきりとした、それでいて、聞こえてきたという事実を残さない葉擦れのような響き。
いつの間にか、禾助の背後には長身痩躯の影がひとつ。
影の手が上がり、突然の声に振り向いた農夫の額を、布手甲を着けた大きな手が鷲掴む。
恐ろしく整った顔立ちの行者が、長い指の隙間から禾助を覗き込んだ。