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宵闇に舞姫は希う  作者: 月詠紫苑
第一章
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【1-5】一時の休息

 誰かに肩を揺り動かされて白雪は目が覚めた。


「……ようやく起きた」


 呆れたような青年の声がしてそちらを見てみれば端正な顔がある。国を傾けることの出来そうな顔面兵器とも言える顔を間近で見れば誰しも意識が一瞬で覚醒する。

 勿論白雪も例に漏れず、瞬時に背を伸ばして狭い車内のギリギリまで身を離した。


「ほら屋敷着いたから」

「は、はい…!」


 どうやら車から降りてほしくて起こされたらしい。

 もちろん反発する理由も意味もないので自分の荷物を持って開いている車の扉に近づいて降りようとする。

 したのだが、白雪の体は自身の想像以上に疲弊していたのか地面と車の僅かな段差でバランスを崩した。


「わっ」


 体が斜めに傾くのを感じ慌てた白雪は踏ん張ろうともがくが、ここまでの道のりで疲労した足では叶わない。膝の力が抜けた白雪は図らずともぼすっと柔らかい何かに飛び込むような体勢になってしまった。

 飛び込んだのは先に降りていた天音の腕である。倒れた白雪を抱きとめていた。


「……あんた、危なっかしいね」


 数時間前、深夜の森で一人野宿を決行しようとしていた身としては返す言葉もない。


「すみませんでした…」


 白雪の謝罪を聞きながら、天音は彼女の体勢を直す。

 その手つきが意外にも壊れものを扱うような優しいもので白雪は驚いた。

 天音は身に纏う雰囲気も言葉も冷たい。だから意外に思ってしまったのかもしれない。

 天音を見上げてみると、もうこちらのことは興味ないとばかりに前だけを向いていた。白雪も自然とつられて前を向く。

 山奥に隠されたようにある里の中。そこにある純和風の屋敷は白雪が見た事ないほどに大きい。美しく手入れされた大きな庭も見て、術者の一族の財力を思い知らされた。

 あまりにも大きいものだから気後れしてしまう白雪を横目に天音はスタスタと歩いていってしまうので慌てて白雪も着いていく。


「ただいま」

「おかえりなさい、兄様」


 玄関の戸を開けてぼそりと発された言葉にソプラノの声で返事があった。戸の向こうには美しい仕立ての着物を着た少女が綺麗な姿勢で佇んでいる。

 年は白雪よりも少し下くらいだろうか。少女の艶のある黒髪がゆらりと揺蕩う。彼女の白い肌は玉のようだ。大和美人という言葉を贈るにこれ程相応しい相手は居ないだろう。その磨き抜かれた美貌は同性である白雪もくらりときた。

 しかし、そんな美少女を見ても天音は動じる事なく、寧ろ不機嫌そうに顔をしかめた。


「……今深夜の一時なんだけど。いつもなら寝てるのに何で今日に限って起きているの」

「あら、起きているのではなく起きたのですよ?」

「似たようなものでしょ」


 そう言ってころころと笑う少女はよく見ると天音に似ていた。色味こそ違えど顔面凶器なつくりはそっくりである。兄様という発言から考えると天音の妹なのだろう。


「だって舞姫様がいらっしゃると聞いて中途半端なもてなしは出来ないと思ったのです」

「面倒なことになるから鈴には言ってなかったのに……それで、誰から聞いたんだよ」

「翔くん」


 天音の不機嫌さがもう一段階上がった。外気よりも玄関の空気のほうが寒くなっているのは気のせいだと思いたい。


「それで兄様。そちらの方が翔くんの言っていた今代の舞姫様ですか?」


 そんな天音を意に介する様子もなく天音の妹は問いかける。最早能面と化した天音が頷いてみせると白雪の前まで移動してきた。あまりにも素早い動きだったので驚きで一歩後退ってしまったのは許していただきたい。


「お初にお目にかかります、舞姫様。守り人が一人、如月天音の妹、如月鈴と申します。この度は舞姫様のご帰還、鬼の一族を代表して心よりお喜び申し上げます」


 そう形式めいた挨拶をした鈴は輝かんばかりの微笑みを浮かべる。

 人生でここまで丁寧な対応をされたことのない白雪はかちこちに固まった。どう返せば良いか分からないのだ。


「く、久遠白雪です。こ、これから、お世話になります」


 せめてもと片言の挨拶を返す。鈴と比べたら雲泥の差ではあるがこれが舞姫の帰還だの言われて混乱状態の白雪の精一杯だった。寧ろ美貌に目を焼かれて灰になってないだけましだ。


「舞姫様!長時間のご移動でお疲れでしょう?客室を用意していますのでご案内しますね。兄様もそれでいいでしょうか?」

「構わない。後は翔が来てからじゃないと駄目だしね」

「では舞姫様、着いていらしてくださいな」

「あ、はい!」


 置いてけぼりの白雪は言う事に従って鈴の後をついて行く。広い屋敷内。鈴を見失ったら迷子になることが確定しているので、一定の距離から離れないように歩く。

 鈴は道すがら屋敷の中で最低限位置を覚えておくべき場所を教えてくれるのでありがたかった。


「あの、鈴様。お聞きしたいことがあるのですが」

「もちろん私で答えられるものはお答えしますが……その前に様はいりませんよ。私よりも舞姫様の方が立場が上なのですから。どうぞ鈴とお呼びください」


 鈴に聞きたいことがあり、話しかけると呼び方に対して訂正が入った。

 白雪は今の今までただの民間人として生きてきたので、守り人の実の妹という立場である鈴も天音と同じ殿上人という認識をしていた。鈴本人がお姫様のようなのもあって様付けをしているのだが立場上良くないという。でも流石に初対面の人間を呼び捨てに出来る鋼の心など持っていない。


「わ、分かりました。では鈴さんと呼ばせていただきます。あ、私のことは名前で呼んでくださるとありがたいです」

「ええ、はいっ!」

 

 舞姫だの呼ばれても反応出来ないだけなのでそう言ったまでなのだが、なんとなく鈴の声が歓喜に満ちているように思うのは気のせいだと思っていたい。


「それでどのようなことをお聞きになりたいのでしょうか?」

「あの、翔…様とはどなたなのでしょうか」


 正直聞きたいことは山程あるのだが、今ここですべて聞いても鈴を困らせるだけだろう。なので一番気になっていた『翔』という人物について聞くことにした。

 さっきの話を聞く限り、翔なる人はこの屋敷に訪れるらしい。おそらく白雪に関する件で訪問するようなので白雪とも必然的に顔を合わせることになるだろう。

 その前に人となりだけでも知っておきたかった。


「ああ、翔くんのことですか。駒月という我が一族の分家の一人息子で守り人に就任した頃から兄様に仕えている側近、といえばいいでしょうか。守り人の側近をしているだけあって術者の世界ではかなり名の通った人なのです」

「側近、ですか」


 今の時代に中々聞くことのない単語に住む世界が違うという感想しか出てこない。まさか現実で側近という言葉を聞くことになるとは誰も思うまい。


「はい、側近です。性格面も問題のない方なのであまりご心配なさらなくとも大丈夫ですよ」


 白雪の心配が見透かされていた。テレパシーでも持っているのだろうかと割と本気で考えてしまった。


「そうだ、私もお一つ聞いてもよろしいですか?どうせ部屋まで少し距離がありますので」

「どうぞ」

「白雪様は兄のこと、どのように思いましたか?」


 難しい質問をしてくるなあ、と素直に思う。

 天音とは数時間前に始めて顔を合わせたのである。そこから怒涛の展開で屋敷に来たため、彼の人となりなど殆ど知らないのだ。車内でも気まずさと疲労で爆睡していたのもある。

 そんなこと鈴も承知の筈なのにそう問いかけてくる真意が掴めなかった。


「どうしてそんなことを?」

「兄は多少、いえかなり口下手なところがありますから強引に連れてこさせられた、と思われていたり、嫌な印象をもたれていないか心配で」


 確かに唐突に、なにも説明せずに着いてこないかなどと言われたり多少強引ではあった気もする。だが誘拐の方がマシだとここに来ると決めたのは白雪自身だ。特に気にしていない。

 それに天音は山で拾ってくれた恩人だ。感謝こそすれ嫌う理由などないと思うのだが。


「そんなこと考えもしませんでした。それに、天音様は山で私を拾ってくれた恩人なのでそんな印象はまったく」

「……山で拾った?」


 どうやら鈴はそこに引っかかったらしい。特に隠す内容でもないのでここに至る経緯を軽く話した。

 話し終えた後、何故か放心状態で立ち止まってしまった鈴に声をかける。


「鈴さん?どうかなさいましたか?」

「どうもなにも……こんな冷え込む夜に人を、ましてや女性を村から追い出すなど人でなしもいいところじゃないですか!しかも相手は舞姫ですよ?尊び敬われるべき御方なのですよ?なんと罪深き行い……!」


 怒りに満ちた鈴が長い言葉を一息で言い切ったことに対して呑気に感心する白雪であったが、同時に背筋が冷えた。

 容姿端麗な人が怒ると迫力も倍になるのである。そして鈴は先程まで儚い姫のようだったのだ。そんな彼女が微笑みは保ちながら、それでいて烈火の如く怒る様は白雪の心に変わった恐怖を植え付けた。

 

 玄関から客室に行くまでのほんの短い時間で白雪が学んだのは鈴を怒らせてはならないということであった。


 ◇ ◇ ◇


 案内された和室に少ない荷物を置いた後、外から帰ってくるのなら体が冷えているだろうと気を利かせてくれた鈴によって用意された風呂に入った。

 入った感想としてはとても大きかった。この一言に尽きた。

 白雪が入ってもなお、人があと五、六人は確実に入れるくらいに大きな浴槽に恐れ慄いたものである。

 湯浴みを済ませて部屋に戻った白雪はこれまた鈴に着るようにと言われた良い反物で出来た長着に袖を通している。

 寝間着自体はあるのだが、ところどころ生地が薄く少し肌寒くはあるのでありがたかった。寝るだけとは分かっているのだが、高価そうなこの長着を汚さないか不安ではある。


 (長い一日だった)


 色々ありすぎた一日、というか半日に思いを馳せながら、白雪は敷いた布団に座ってほっと息をつく。

 布団に座れば気が抜けてしまったのか眠気が襲ってくる。車の中で熟睡していたとはいえ、眠くなってしまう時間ではあった。

 この際とことん休息を取ろうと眠気に逆らうことなく布団に潜る。

 ふかふかとした上質な布団に包まった白雪はとても幸せそうな笑顔を浮かべた。

 村にいた頃の煎餅のように固い布団とは雲泥の差である。流石守り人の屋敷。寝具にもこだわっているのだな、なんてくだらない事を考えながらあっさりと夢の世界へ旅立った。

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