見られたい女<後編>
「大丈夫ですか!?」
「は!?」
我に返ると正面には、とても派手なスーツ、高級そうな腕時計をした中年の男性が立っていた。
「な、なっ、なっ・・・。」
狼狽する私・・・。その様子は回りから見ると、本当に滑稽な事であろう。
「んん。」
男性は心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「は、は、は・・・!」
何を言ったら良いのか、私は言葉に窮した。
「何でもありませんからあー!!!」
たまらなくなった私は男性に背中を向けて、この場から逃げ出そうとした。しかし・・・。
「ぎゃん!!」
思いっきりうつ伏せに転倒して、私は顔を地面に打ち付けてしまった。その原因は膝までパンツを降ろしていて、走り出したときにパンツが脚に引っ掛かったからだ。誠に間抜けな女子だ・・・。
「ああ!!隠さないと。」
恐らく転倒時に私のスカートは捲れたのだろう。彼は私の捲れたスカートを直してくれたのだ。自分は間抜けだ。よりによって見ず知らずの男の人に、尻を晒したのだから。
(見られた・・・。)
たぶん私は恥ずかしさで、顔は紅潮しているであろう。
「大丈夫ですか。」
本当に男性は私の事を心配してくれているみたいだ。彼からは全く嫌らしさを感じない。だからなおさら自分は情けない女だ、と思う。
「だっ、大丈夫です!」
大慌てで起き上がり、私は両手でパンツをあげるのだった。
「あ、鼻血が。」
「え?」
派手なスーツの中年男性は、転倒が原因であろう私の鼻血を取り出したハンカチで優しく拭いてくれたのであった。
「あ、あ、有り難うございます。」
彼のサングラスごしの瞳と、私は正面から向き合っていた。このオジサンは本当にいい人だ。最初はこの派手なスーツが奇抜に見えたが、今はとてもセンスが良く見えてきた。
(ああ・・・。)
この派手なスーツの中年男性に、身を委ねてみたい、という思いがよぎった。しかし・・・。
(駄目だ!!)
ブンブンと私は首を横にふった。そうじゃないのだ。ガバッと私は立ち上がった。
「有り難うございます。このハンカチは後日、ちゃんと洗濯お返し致します。」
ペコペコと私は中年男性に向かってお辞儀を繰り返した。
「ご免なさい!」
一方的に台詞を吐き、私は全速力で走って帰宅したのだった。
「はあはあ。」
今日も自宅の玄関で、私は肩で息をしているのであった。まだ興奮が冷めない。今更ながら恥ずかしい事をした、と思う。
洗面所にいき、乱れた服を整え、鼻血で汚れた顔も綺麗にした。そこに映る自分自身の顔を、改めて眺めてみた。自分でいうのもなんだけど、とびきり美人って訳ではないが、まあまあ可愛いかな、と思う。自意識過剰とは、正にこの事だ、と独り言と共にチョンと自分の頭をゲンコツしたのだった。
「あのね。」
鏡の中の自分に話し掛けた。彼女になら、何でも言えそうな気がする。思っていることをはっきりと言った。
「貴女は、見られたい女、だよね。」
「そうよ。」
自問自答だ。
「今日のハプニングも嬉しかったのよね。」
「・・・そうね。・・・とても興奮したわ。」
鏡の中の女は、照れて上目遣いだった。
「貴女、本当に嫌らしいのね。」
私はトン、と鏡の中の女の鼻を触った。
図星を刺されて、彼女は内心喜んでいるかのように見えた。
その夜は下校時に出会った、派手なスーツの中年男性の事が頭から離れなかった。
(また会いたいな。)
思わず呟いた。とても素敵な人だ、と私は思うのだった。
また次の日。
「ねえ。また凄い事になったよ。」
またこの娘か。もうこの噂好きな娘にも、いい加減慣れてきた。今日はどんな噂を聞かせてくれるのだろうか。
「また学校周辺で変質者が現れたんだよ。それでね何か派手な格好の中年の男が、女の子を押し倒したんだって。それで服を脱がそうとしたらしいよ。まあその襲われた女の子は、何とか逃げ出したらしいけどね。本当に怖いよね。」
私は絶句した。これでは完全な冤罪の誕生ではないか。あの派手なスーツの中年男性は、何も悪くない。現に私が膝まで下ろした自分自身のバンツに引っ掛かって転倒したときも、彼は親切に介抱してくれた。尻はみられたけれども・・・。しかしそれは私が勝手にやった事だ。そんなことは、どうでも良いのだ。問題は派手なスーツの中年男性が変質者に仕立てられた事だ。
「どうしたの?」
その噂好きな娘は、机に座っている私の顔を上から覗き込んだ。そんな彼女に対して、私はキッとにらみ返した。
「はは・・・。」
その気迫(?)に圧倒されたのか、その噂好きな娘は身体を引いて向こうに行ってしまった。これが私の精一杯の抵抗だ。
またこの日も例によって、私は一人で下校した。
「ねえ。」
私はまた視線の主に語りかけた。
「全部見てたんでしょ?昨日の事。」
私は昨日の出来事を思い出しながら言った。全部みられていただろう。アナタは無言で、私の恥ずかしい事を・・・。またしても自分の心を、ある種の快感が走った。
「やっぱりアナタは、私を見るだけなのね。」
反応はない。
「ああ・・・。」
私は自分自身の制服のブラウスを、ギュッと握った。
「もういいわ。」
気がつけ私は自分のブラウスのボタンを全て外し、シャツのボタンにも手を掛けていた。その自分の行為はさらにエスカレートするかに見えた。しかし・・・。
激しい息づかいを感じた。
(はっ!)
気が付けば若い男が、私を直視していた。その目つきは、私に危機感を持たせるには十分だった。
(え?この子は私と同じクラスの・・・。ああっ!)
その若い男は突然遅いかかり、乱暴に私を仰向けに押し倒した。
~~~ ビリビリ ~~~
「きゃああ!!」
必死の抵抗も空しく、私はシャツを無理やり開けられて、前をはだけさせられたのだった。力では男の子には敵わない。もう私は諦めて目を瞑った。その時・・・。
「こらっ!」
(えっ?)
その声に反応し目を開けたら、警察官が若い男を背後から羽交い締めにしていた。そして後から駆けつけてきた別の警察官と共に、若い男を取り押さえた。その若い男は間もなくパトカーに乗せられて連行された。
「大丈夫かい?お嬢ちゃん。」
何処に用意していたのか、その警察官はコートを私に掛けてくれた。何故だろうとても安心する。その日は警察署で事情聴衆を受けて、無事に帰宅した。
その夜、私はベッドに横になり考えた。今日、私を襲ってきた若い男。彼は私の学校のクラスメートだ。一体何故、彼はこんなことをしたのだろうか。まるで別人だった。あの時の彼は・・・。
「ああ・・・。」
私はクラスメートの男子に押さえつけられ、シャツを開けられ前をはだけさらせれたことを思い出しながら、ベッドを転がった。もはや今の私には、これは快感の対象でしかなかった。
でも、もう1つ気になる事があるのだ。どうしてあの警察官は、私が危機一髪のタイミングで現れたのだろうか。ワザと私は人通りの少ない道を選んだのに・・・。
またまた次の日。
「ねえ。知ってる?」
「知らないわよ。」
仕方なく私は相槌を打つ。今日はどんな噂話を聞かせてくれるのだろうか。
「最近ね、若い女の露出狂が出るらしいよ。」
「え?」
私は凍りついた。
「どうしたの?」
とても怪訝そうに、彼女は私の顔を覗き込む。
「う、うん、何でもないわよ。」
私は精一杯の作り笑いを見せた。
もうこんな危ないことは止めよう。いつか取り返しのつかないことなる。
そうブツブツ呟きながら、今日も一人で私は下校しているのだ。しかし。
いつもに増して強い視線を感じた。
(ふっ・・・・。)
我ながら何かの悟りを開いたかのような、薄ら笑いを私は浮かべた。
「やっぱりアナタ、私をみるだけなのね。いいわ・・・。」
誰かに語り掛けているのか、それとも独り言なのだろうか。
「うん。今日はここにしようか。」
今日も私は人通りの少ない場所に立ち止まった。
見られたい女 <終>