見られたい女<前編>
「 おはよう!」
「おはよう、美奈子。」
元気のよい挨拶がコダマする。あれは中橋美奈子だ。少し前に転校してきて、すぐさまクラスのアイドルになった。実際に彼女は容姿端麗、勉強もスポーツも人並み以上にできる。おまけに爽やかな笑顔で回りに気を遣える、となれば人気が出ない方がおかしい。同性の私から見てもそう思うのだから、男子達と来たらなおさらであろう。それに引き換え私なんぞは、本当に何処にでもいるような女子高生なのだ。あ、断っておくけど、別に私は中橋美奈子に対して嫉妬している訳ではない。かといって彼女に憧れを抱いているわけでもない。何故なら今の自分でも良い、と考えているからなのだ。それには理由があるのだが・・・。
「あのさ。」
「うん。」
また来た。この娘は本当にお喋りなのだ。
「最近学校周辺で、変質者がでるらしいよ。」
「は?」
この娘の発言に対して、特に私は動揺をしなかった。それには明確な訳がある。正直に言うと、何を今さら、と言う感じなのである。
それは私が小学生の頃からだった。だからかれこれ7、8年前だろうか。今と変わらず私は何処にでもいるような、ごく普通の女の子だった。とくに家庭でも学校でも大きな問題もなく、平和に過ごしていた。しかし、あるとき私は違和感を得たのだ。べつに他の人に何かされたわけではない。それは決して目に見えないもの。・・・視線だ。子供ながらに分かっていた。自分が何者かに視線を送られている、と言うことを。でも私は悪い気がしなかった。その自分に送られた視線は、きっと純粋なもの。視線は私に興味津々なのだ。そう思うと幼い私はその視線に対して、不快感よりもむしろ愛おしさを持っていたのだった。成長していく自分に対する視線は、次第に度の辺りをみているのか分かってきた。まあもっとも私の妄想なのかも知れないのだが。そんなことは問題じゃない。むしろ私は見られたい、と思うように感情が変化していった。
そう。私はこの視線を送ってくる人だけのアイドル。私のファンはアナタだけ。これでいいのだ。今日も私は視線を感じながら、一人で下校していた。
「ねえ。」
私は呟いた。それはこの視線を送る人に対しての呟きだ。存在するかしないか分からない相手に、私は語りかけた。
「私の何処をみているの?」
そう言うや否や、私は制服のスカートを右手でたくしあげ、右太ももの付け根を露にした。クラスでは普段大人しく振る舞っている自分からは、想像のつかない大胆極まりない行動だった。
(はっ・・・・・!)
ふと我に返った。一体私は何をしているのだ。誰もいないからって、こんなはしたない事を行うなんて。しかしそうではなかった。私は視線を感じた。それも普段から見慣れられていない視線に。
「えっ!?」
慌てて私は顔を上げた。
「は・・・・。」
===== !!!!! =====
心臓が飛び出るくらいに驚く、とは正にこの事であろう。私の正面には初老の男の人が、頬を赤らめて立っていた。
「ごっ、ごっ、ご免なさあい!!」
私はオジサンに謝罪の言葉を投げて、その場を走り去った。
「はあはあ。」
一気に帰宅した私は、玄関で荒々しく肩で息をしていた。あのオジサンは何も悪くない。みんな私が悪いのだ。その日は興奮して中々寝付けなかった。
その翌日。
「ねえ。知ってる?」
またあの噂の好きな娘だ。私は頬杖をつきながら、適当に彼女の話を聞き流していた。しかし・・・。
「昨日変質者に、うちの学校の娘が襲われたらしいよ。」
(・・・・!!!)
「なんでもクタクタのシャツと、スラックスを着た初老の男なんだって。もっともその娘は叫び声を上げて逃げたらしいけど。」
(!!!)
何て事だ。あのオジサンは、きっと悪い人じゃない。だって私の太ももをみて、恥ずかしがるくらいなのだから。噂はネジ曲がり、ありもしない犯罪をでっち上げたのだ。正確に言うと犯罪的な行為を行ったのは、他でもないこの私なのだ。あのオジサンに申し訳無いことをしたとは思っている。でも不思議と悪い気分では無かった。・・・・そして私の中に、ある種の快感が目覚める音が聞こえた。
その日も私は一人で下校していた。それは勿論あの視線を、この身で受け止めたいからなのだ。
「ねえ。」
今日も私は存在するのかしないのか、分からない相手に声を掛けた。
「別に私を見るのはいいわよ。でもね。」
その時、私のカラダに小悪魔が乗り移った。
「何で眺めるだけなの?触れようとはしないの?」
気が付くと私は脚を広げてしゃがんでいた。正面から見ると、下着が丸見えであろう。そうやって私は、誰だか分からない相手を挑発するのだ。でも待っても反応は何もない。イライラする私の太ももには、少しばかりの汗が流れていた。
「いい加減にしてよ!」
業を煮やした私はスクッと立ち上がった。そして間髪を入れずに、自分のパンツを膝まで下ろした。我ながら信じられない行動だった。それでも自分の悪のりは終わらない。
「アナタは誰なの!?」
もう私の心の結界は限界を迎え、破綻しようとしていた。もうただ見られるだけなんて、我慢できない。どんな相手でもいい。なんなら80歳くらいのオジイサンでも・・・。
「何かいってよ。私を殺す気なの?」
ポロポロと涙がでてきた。人から見たら、それは異様な光景だろう。パンツを降ろした女子高生が、涙を流しながら何かを訴えているなど。しかしその異次元の空間は直ぐに破られた。
<続く>