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【掌編】ある日のナポレオン・ボナパルト

作者: Cir

 今から綴ることは紛れもない史実である。だが、目撃者もいなければ、ナポレオン本人が他人に語ったわけでも、日記に残したわけでもない。


 その日、皇帝ナポレオンは大理石の螺旋階段を何度も昇り降りしていた。グルグルと巻かれた階段を延々と回っていた。

 皇帝はグルグルと考えを巡らせていた。事態は重く、問題は山積みだった。もし次の戦いでも負けるようなことになれば、自分は、いや、自分はもちろんのこと妻も親族も部下たちも全てを失うだろう。ルイ16世とマリー・アントワネットのギロチン行きも他人事ではない。

 肩の滑らかなビロードを撫でながら彼は考えた。皇帝であるうちは、何でも手に入る。上質なシルクだって、深緑色の大きなエメラルドだって、香りが欲しければ中東のアーモンドの花だって。こんな金銀で装飾された建物だって、何十棟も所有できる。だが戦いに負ければ頭蓋骨だ。埋葬もなしに、焼かれて、蹴られて、粉々になって終わりだ。

 ナポレオンは、自分がスウェーデン人やロシア人に生まれていたらどのような人生を送ったであろうか、とほんの一瞬考えたことがあった。北の人間たちは図体が大きいから、おそらく背はもっと高かったかもしれない。だが皇帝にはなれなかっただろう。フランスで革命が起きたからこそ、以前の王朝が引き摺り下ろされ、自分にチャンスが回ってきたのだ。

 そう言えば、と彼は思い出した。昨日は不思議な夢を見たのだった。自分は小さな島で質素な暮らしをしていた。失意のうちに最後の時を迎えると、さらに未来へと場面が変わり、歴史書のページが風にめくられた。覗いてみると、皇帝の地位に就くことで自分はそれまでの革命の理念を反故にし、フランスを革命前の時代に逆戻りさせたと書いてある。冗談じゃない、と彼は夢の中で叫んだ。国民投票を経て自分は皇帝になったのだ。同意なしに国民の富を搾ったブルボン家の絶対王朝とはわけが違う。

 だが目が覚めてから振り返ってみると、心に引っかかる夢ではあった。たかが夢だが、もしかしたら心の迷いが表われているのかもしれない。

 彼は夢だけでなく、今までの人生も振り返った。自分は正しい道を歩んでいるのだろうか。この前の遠征では数えきれない兵士を失った。それも戦闘だけでなく、飢えと寒さで。親をなくして孤児になった子もたくさんいるだろう。自分に対する民衆の支持もひどく下がったことだろう。果たしてどれだけの兵を集められるだろうか。今まさにこの瞬間も、敵の包囲網がどんどん狭まってきている。私は外敵からフランスを守ってきたはずだが、結局のところ、勝てば英雄、負けたら国賊扱いになるのが世の常。

 だからこのまま武器を下ろすわけにはいかないのだ。もう、後戻りはできない。独裁者だと陰口を言われようが、負け犬と揶揄されようが、自分の正義を貫くしかない。わが妻も子も、フランスも、私が守る。夢なんかが未来を決めるものか。未来は予め決まっているものではない。未来は作っていくもの、勝ち取るものなのだ!

 皇帝ナポレオンは螺旋階段から窓の外を睨みつけた。遠くで轟く大砲の音。境界線のない澄んだ青空を小鳥たちが飛んでいた。




<完>

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