○51
「あっ!ソル!干し肉齧ったでしょ!?」
「昔よりも柔らかくなって美味いのが悪いんだ!」
伝令係が別の人になってからもう二十年。
自分から解任要求したのに、寂しさで私はしばらく使い物にならなくなった。
聖女としての仕事は三百年間繰り返しの成果で、体が勝手に動いたから支障がなかった。
それ以外の時間、食べも寝もせずぼーっとし続ける私に、ソルが見かねてあれこれしだした。
いろいろ試した結果、私を怒らせると一番元気になると思ったらしい。
それからソルは毎日私が怒るようなことをわざとやる。
「ちゃんとご飯あげてるのに!」
「ディアーナの不味い飯を食うくらいなら干し肉齧るほうがましなんだ。それくらい不味いんだぞ」
「ひっどぉい!!待ちなさい!」
ソルが悪態をついて走り去る。
追いかけるけど全然追いつけなかった。
「もぅっ!逃げ足が速いんだから……」
フンっと鼻息荒く独り言を言えば、誰もいないはずの後方からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「っ!?」
慌てて振り返れば、きらきらしい青年がいた。
青年と目が合って驚いた。
青年の目元にはほくろがあったから。
(え……軍人は死んでいたの……?)
普通に生活していれば、まだ死ぬには早い。
三百年前よりも人は長生きになった。
目の前の青年が二十歳くらいということは、二十年近く前には死んでいたことになる。
(あの後すぐに?何があって……)
初めて彼の死を知らずに過ごしていた私は、どうしようもなく悲しくなった。
「泣かないで。僕はここにいるから」
頬を伝う涙を拭われ、青年の言葉がゆっくりと耳に届く。
私が泣いている理由も、自分がいる意味も理解しているような言葉を言った青年。
「長い間待たせてごめん。やっと、時代も立場も、ある程度自由にすることができる僕に生まれ変われたよ」
「……ぇ…………覚えているの?」
「うん、思い出した。だけど……ごめん」
「何?何を謝って――」
「とりあえず、入っていい?」
「え?ええ、どうぞ……」
家の中に招き入れると、青年は躊躇いなく椅子に座る。
目が合えばにこりと口角を綺麗に上げて微笑む。
「どうやってここに?」
「これ」
青年は伝令係が使う方位磁石型のペンダントを見せてきた。
「あなたは伝令係なの?」
「いいや。今の僕は、またこの国の王子なんだ」
「……そう。自由になる立場とさっき言っていたから、平民なのかと思ったわ」
「僕も平民になればと思っていた。だけど、強い力の前で平民は為す術がないとわかったんだ。いきなり伝令係を解任すると言われてどうすることもできなくなるとは思わなかったよ」
私が解任要求したことを責められている気がした。
気まずくて目を伏せれば、「お茶を貰える?」と言われた。