○49
「――これが今回の分。それと、頼まれていたつわりの薬。あと、これもあったほうが役に立つかと思って、痛みを軽くする薬。出産ってとても痛いらしいから」
「わかりました。陛下にお渡しいたします」
「あと、これもお願いしたいの。国王に渡してくれる?」
書き上がった手紙をオクタヴィオに見せれば、片眉を上げて「伝令係がいるでしょう。一応役割というものがありますので、彼に頼むのが筋かと」と言う。
封をして中身がわからないとはいえ、自分の解任要求が書かれた手紙を本人に届けさせるのは酷すぎる。
「そうなんだけど……これは彼に運ばせられないの」
「……失礼ですが、どのような内容が?」
私が答えずにいると、オクタヴィオは「内容如何によっては正式な伝令係に託さねば、私が罰せられることもありますので」と言う。
仕方がないので、伝令係の解任要求だと伝えた。
「新任になったばかりでは?それほど酷いやつなのですか?」
「いいえ!少し怒りっぽいけど、真摯に向き合おうとしてくれるとてもいい人よ」
「では、なぜ?」
「…………これ以上、会いたくなくて。繰り返しはもう……」
「まさか……彼がそう、なのですか?」
オクタヴィオは何かに気づいたように目を見開いた。
頷くと「あなたにまつわる伝書の内容は本当だったのですか……」と呟く。
私は一応ずっと大聖女のままなので、王家によって守られているけど、生家であるコートリング家にもずっと世話になってきた。
エルヴィンの魂を持つ彼についても知られている。代々の当主が何か書き留めていたのだろう。
「まだ生きているのに伝書と言われると……ちょっと嫌だわ」
「これは失敬」
「姿形も声も、性格も毎回違うのに。どうしてか、すぐにわかってしまうの。出会って惹かれ合う運命は変えることができないのだと嬉しく思う反面、その先に待っているのは別れだけ……。たとえ二人でいい時を過ごせたとしても、幸せなほど一人になったときに辛いから」
また涙が出そうになって、俯く。
すると、手から手紙が抜き取られた。
「手紙は確実に陛下にお渡しします。あなた様のお陰で我が家はずうっと王家からの覚えがめでたいですから。よく考えたらこの程度で罰せられることはないでしょう」
軍人なら国王の命令には従うはず。
きっともう会うこともない。
今ごろ軍人に解任が伝えられているはずだ――――
(絶句させてしまった顔が最後に見た顔になってしまった……。今の名前くらいちゃんと聞いておけば良かったな)
「随分黄昏れてるな」
「ソル。だって……」
「決めたんだろ?もう会わないって」
「うん。あれ以上言われたら、流されてしまうか、本気で私を殺してって言ってしまうそうだったし」
「言えばいいだろ。それが死ねる方法なんだろ?」
「うん。愛する人の手にかかること……。見つけた方法の中で、まだ試せてないのはこの方法だけ。やってみないとそれで本当に死ねるのかわからないけど。でも、これまでも悉く失敗してるから、この方法もだめだと思う」
「俺で試してみるか?」
「……は?」
「ルーナ、いや、ディアーナの手にかかって俺が死ねたら、その方法は正しいことになる。人間の言う愛とは違う気はするが、愛には変わりないだろ」
「嫌!ソルにそんなことできない!ソルが死んじゃったら私、本当に一人になっちゃうじゃない!……それに、万が一成功してもあの人に私が言うことはできないから」
王城の古い文献の中から、一番可能性がありそうな方法が見つかった。
愛する人の手に掛けられれば、その命を終えることができる。
私が生まれるよりももっと古い時代に書かれた文献に、そう載っていた。
だけど、愛する人にそんなことはさせられない。
口走ってしまったけど、でもやっぱりできない。させられない。
だから、もう会わない。
これ以上、会いたくない。
手に入らないなら、苦しみを与えて害してしまおうとした黒き魔女。
私は黒き魔女のようにはならない。
愛している人の幸せを一番に願いたいから――――