○44
軍人から香油を贈られた。
意味を聞かなくともわかる。
嬉しい。
また私のことを好きになってくれたことが、素直に嬉しい。
だけど、喜びを悟られないようにしなければならない。
過去、同じ時の流れの中にはいられないとわかっているのに、何度も恋焦がれて惹かれ合い、想いを通じ合わせてきた。
そのたびに辛い現実が待っていた。
前回、私を置いて逝ってしまった彼を見送った後に誓った。
次にまた私に会いに来てくれたなら、今度は思いを通じ合わせない――と。
思いを通じ合わせて置いていかれるのが辛いなら、通じ合わせなければいい。
思いを通じ合わせなければ、彼が他の人と結婚するところを見ても少しは平気だろうし、それで私に謝る彼を見なくて済む。
寂しさは変わらなくても、致し方ない理不尽に耐える辛さが限界だった。
だから、軍人から「なんか言ってくれよ。……ルーナも俺のこと想ってくれているんだよな?」と言われたとき、「なんのこと?」と誤魔化して答えなかった。
だけど、軍人はしつこかった。
「あ、わかった。照れてるんだな?俺も自分の気持ちに素直になったんだ。ルーナも素直になれよ」
少しからかうようにニヤつきながら言ってくる軍人。
私の気持ちが自分に向いている自信があるのだろう。
だったらなおさら認める訳にはいかない。
「私の気持ちを勝手に決めないで」
「なぁ、ルーナ。そのアロマオイルをプレゼントしたとき、凄い嬉しそうな顔をしてたぞ。俺がどんなまじないをしようとしていたから聞いたときにも、嬉しそうだった。軍が火事になったときも家に来るまで心配してくれたよな?俺のことを憎からず思っているからじゃないのか?」
「そんな顔したつもりないけど。火事の心配は人として――」
「無自覚だったってことか?なら、なおさら自分の気持ちに素直になってみろよ。俺のこと、どう思ってるのかわかるんじゃないか?」
「私たちは、深き森の奥に住む魔女と伝令係。それ以上でもそれ以下でもない。でしょ?」
「現状はそうかもしれないが、そうじゃない。想いが通じ合っているなら、素直になったほうが幸せになれるぞ!」
「そんなの誰が決めたの?」
「誰って……。いいから素直になれよ!」
「素直になるもなにも、初めから素直な気持ちを言ってるわ」
「嘘だろ!?じゃあなんであんな嬉しそうな顔をしてたんだ!?」
素直に認めようとしない私に対して、軍人は段々イラつき始めているようだった。
しつこく迫ってくる軍人に、私もイライラしていた。
だから、口が滑った。
「ちょっと傲慢なんじゃない!?」
「ご!?ルーナが認めようとしないからだろ!あんな嬉しそうな顔をしてたんだから、絶対俺のこと好きだろ!?素直になれって。何をそんなに怖がってるんだよ!?」
「だって……」
「だってなんだよ?魔女だからか?俺はそんなの気にしないぞ。認めてしまえよ。きっと楽しい毎日が待ってる。いや、俺が楽しい毎日にする!だから、気にせず――」
「違う!いつも私は置いていかれる!あなたは私を残して死ぬの!絶対に!私は死ねないんだから!」
叫ぶように言えば、軍人はハッとしたような顔をして口を引き結んだ。
しばらく沈黙した後、軍人は口を開く。
先程までとは違い、落ち着いた声色で。
「俺のほうが先に死ぬかもしれないな。だけど、気持ちに素直になって楽しい思い出をたくさん作ろうぜ。楽しかった思い出を胸に抱いて生きていけたほうがいいだろ?」
「……なんて残酷なことを言うの?残されたほうの気持ちは、あなたにはわからないのよ……!死ぬことができない私は、この先絶望するほどの時間を一人で過ごすの!これからもずっと!愛する人を失った悲しみや苦しみを抱えながら生きていくしかないの!それもたった一人で!そうして、三百年生きてきたのよ!?楽しかった分、孤独を味わうことになるの!あなたはそれを……っ、また私に…………」
話しているうちに感情が高ぶって涙が溢れてきた。
「っ……うぅ……っ……!」
「す、すまない……苦しめようとか悲しませるつもりは……。ただ本当に――」
「帰って!もう今日は帰って!……っ……!」