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34/53

○34

 

 知らぬ間に二十年も経過していたことや、聖女信仰が廃れたと言われ、生きている意味があるのかと一度は思った。

 だけど、エルヴィンと過ごす時間が私の心を前向きにさせていった。


(早く仕事をしなければ……)


 王家は聖女信仰を認めたままということは、まだ聖女が必要なはず。

 その証拠に、王城の中で遠くにまだ幼き子供も見かけた。


 魔物を駆除したら浄化をしなければならない。

 聖女が浄化をしなければ、自然再生するのに何十年と時間がかかる。

 一人でも多く戦力になったほうがいいだろう。


 ただ、二十年横になり続けた身体は、筋力が低下しているのか動かしにくかった。

 この身体で森の中を行くのは難しい。

 早く身体を戻すべく、私は部屋に篭もるのをやめた。

 積極的に部屋から出て城内や庭を歩いた。


 目覚めてから一ヶ月が経過しようとしていた。


「ディアーナ?」


 庭に出ようとしたとき、呼ばれて振り返るとエルヴィンが立っていた。

 目が合えば、互いに笑みがこぼれる。


「こんな所でどうしたんだい?」

「お庭を散歩しようと思って」

「少しだけど付き合うよ」


 そっと手を取り、腰に手を回してくるエルヴィン。

 二十年前のエルヴィンはしなかった触れ方に、当時のままの私はドキドキした。

 ちらりと見上げれば、優しく目が細められる。

 余裕そうなエルヴィンに、この程度で照れていると悟られたくなくて、「何か?」と大人ぶってみる。


「……ふはっ」

「な、何よ?」

「だって、ディアーナ顔が真っ赤だ」

「やだっ。見ないで」

「はははっ!大丈夫、可愛いよ」

「っ!?」


(笑顔は変わってない……。エルヴィンに可愛いと言われたことがあっただろうか……)

 ――と、咄嗟に考えて、そういえば一目惚れだったと言われたことがあったと思い出す。

 だけど、冷静になるための考え事には向かない内容だった。


 私が俯いてしまうと、大きな手で頭をぽんぽんしてくるエルヴィン。

 大人な余裕を感じると、ドキドキする。

 だけど、言い知れぬ寂しさも同時に感じてしまう。


(同じように大人になりたかった……)



 庭の出入口付近を少し歩くと、エルヴィンは戻っていった。

 散歩を再開させようと足を踏み出すと、ガサッと生垣が揺れた。

 瞬間的に警戒すると、生垣の向こうにいたのは十歳に満たない女の子二人だった。


(あ。もしかして聖女の子たち――――)


 しかし、女の子たちは私と目が合うときつく睨んでくる。

 生まれた時から聖女として大切に育てられた私にとって、そのような目を向けられるのは初めてで戸惑った。


 一人の女の子が、手に持っていた泥団子をいきなり投げつけてきた。

 突然のことに避けることもできず、肩に当たった泥団子はドレスを汚しながら滑り落ちていく。


「あなたがいるからお母様は苦しんでいるのよ!」

「あなたなんか死ねばよかったのに!!」


 子供から突如向けられた憎悪に「……な、なに……?」と言葉を発するのが精一杯だった。


「お父様はずっとあなたが一番なのよ!?」

「私たちよりもあなたが!寝ているときはまだましだったわ!あなたが目覚めてから、お父様は私たちのことなんて忘れてしまったのよ!お母様のことも……!」

(……お父様って、もしかして――――)


 確かめなければと口を開きかけたそのとき、また泥団子が投げつけられた。

 腰にあたった泥団子はスカートを汚し、頭にあたった泥団子で髪が汚れていく。

 と同時に、「何してるんだ!?」とエルヴィンの怒号が聞こえた。


「ディアーナ!?大丈夫か!?直ぐに着替えよう。こちらへ」

「お父様!」

「……お前たちは反省しろ」


 エルヴィンに抱き上げられ、私はあっという間に部屋に戻ってきた。その間、頭が働かず、ただ運ばれた。

 世話係に託され、私はすぐにお風呂へ入れられる。

 温かい湯は、訳もわからずぎゅっと萎縮した体も思考も緩めていく。考えられる余裕が生まれてしまう。


「ねぇ……」

「はい。なんでございましょう?」

「……エル――陛下には妃や幼い子がいるの?」


 世話係に問いかければ、髪を梳く手が一瞬止まる。


「……そ、それは…………」


 世話係はエルヴィンから勝手に話さないように言われているのか、言葉を詰まらせた。


「そうよね……。あれから二十年も経っているっていうのだから……」

「だ、大聖女様…………ですが、陛下が愛されているのは大聖女様だけでございます」


 湯船に水滴が落ちて波紋が広がる。

 ぽたぽたと、とめどなく涙が溢れて止まらなかった。


 お風呂から上がった後、「一人にして」と言って部屋に篭った。



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