○34
知らぬ間に二十年も経過していたことや、聖女信仰が廃れたと言われ、生きている意味があるのかと一度は思った。
だけど、エルヴィンと過ごす時間が私の心を前向きにさせていった。
(早く仕事をしなければ……)
王家は聖女信仰を認めたままということは、まだ聖女が必要なはず。
その証拠に、王城の中で遠くにまだ幼き子供も見かけた。
魔物を駆除したら浄化をしなければならない。
聖女が浄化をしなければ、自然再生するのに何十年と時間がかかる。
一人でも多く戦力になったほうがいいだろう。
ただ、二十年横になり続けた身体は、筋力が低下しているのか動かしにくかった。
この身体で森の中を行くのは難しい。
早く身体を戻すべく、私は部屋に篭もるのをやめた。
積極的に部屋から出て城内や庭を歩いた。
目覚めてから一ヶ月が経過しようとしていた。
「ディアーナ?」
庭に出ようとしたとき、呼ばれて振り返るとエルヴィンが立っていた。
目が合えば、互いに笑みがこぼれる。
「こんな所でどうしたんだい?」
「お庭を散歩しようと思って」
「少しだけど付き合うよ」
そっと手を取り、腰に手を回してくるエルヴィン。
二十年前のエルヴィンはしなかった触れ方に、当時のままの私はドキドキした。
ちらりと見上げれば、優しく目が細められる。
余裕そうなエルヴィンに、この程度で照れていると悟られたくなくて、「何か?」と大人ぶってみる。
「……ふはっ」
「な、何よ?」
「だって、ディアーナ顔が真っ赤だ」
「やだっ。見ないで」
「はははっ!大丈夫、可愛いよ」
「っ!?」
(笑顔は変わってない……。エルヴィンに可愛いと言われたことがあっただろうか……)
――と、咄嗟に考えて、そういえば一目惚れだったと言われたことがあったと思い出す。
だけど、冷静になるための考え事には向かない内容だった。
私が俯いてしまうと、大きな手で頭をぽんぽんしてくるエルヴィン。
大人な余裕を感じると、ドキドキする。
だけど、言い知れぬ寂しさも同時に感じてしまう。
(同じように大人になりたかった……)
庭の出入口付近を少し歩くと、エルヴィンは戻っていった。
散歩を再開させようと足を踏み出すと、ガサッと生垣が揺れた。
瞬間的に警戒すると、生垣の向こうにいたのは十歳に満たない女の子二人だった。
(あ。もしかして聖女の子たち――――)
しかし、女の子たちは私と目が合うときつく睨んでくる。
生まれた時から聖女として大切に育てられた私にとって、そのような目を向けられるのは初めてで戸惑った。
一人の女の子が、手に持っていた泥団子をいきなり投げつけてきた。
突然のことに避けることもできず、肩に当たった泥団子はドレスを汚しながら滑り落ちていく。
「あなたがいるからお母様は苦しんでいるのよ!」
「あなたなんか死ねばよかったのに!!」
子供から突如向けられた憎悪に「……な、なに……?」と言葉を発するのが精一杯だった。
「お父様はずっとあなたが一番なのよ!?」
「私たちよりもあなたが!寝ているときはまだましだったわ!あなたが目覚めてから、お父様は私たちのことなんて忘れてしまったのよ!お母様のことも……!」
(……お父様って、もしかして――――)
確かめなければと口を開きかけたそのとき、また泥団子が投げつけられた。
腰にあたった泥団子はスカートを汚し、頭にあたった泥団子で髪が汚れていく。
と同時に、「何してるんだ!?」とエルヴィンの怒号が聞こえた。
「ディアーナ!?大丈夫か!?直ぐに着替えよう。こちらへ」
「お父様!」
「……お前たちは反省しろ」
エルヴィンに抱き上げられ、私はあっという間に部屋に戻ってきた。その間、頭が働かず、ただ運ばれた。
世話係に託され、私はすぐにお風呂へ入れられる。
温かい湯は、訳もわからずぎゅっと萎縮した体も思考も緩めていく。考えられる余裕が生まれてしまう。
「ねぇ……」
「はい。なんでございましょう?」
「……エル――陛下には妃や幼い子がいるの?」
世話係に問いかければ、髪を梳く手が一瞬止まる。
「……そ、それは…………」
世話係はエルヴィンから勝手に話さないように言われているのか、言葉を詰まらせた。
「そうよね……。あれから二十年も経っているっていうのだから……」
「だ、大聖女様…………ですが、陛下が愛されているのは大聖女様だけでございます」
湯船に水滴が落ちて波紋が広がる。
ぽたぽたと、とめどなく涙が溢れて止まらなかった。
お風呂から上がった後、「一人にして」と言って部屋に篭った。