○32
柔らかでふわふわの何かが頭に当たっている。
ゆっくりと目を開けると、天蓋が目に入った。
長い夢をみていた気がして、やけに頭がぼーっとする感覚。
やけに身体が重くて、言う事を聞かない。
ソルが私の頭にすりすりしていた。
撫でるために腕を持ち上げるも、重く感じて思うように撫でられない。
ソルを撫でた後、視線を動かして室内を見渡してみるが、見覚えのない部屋だった。
(……ここは、離宮ではない?…………あ、そうだ!エルヴィン!!黒き魔女は!?)
自分が何故寝ているのか思い出した私は、妙に言うことを聞かない身体を無理矢理起こした。
ベッドに腰掛けて立ち上がろうとしたところで、扉が開いて壮年の男性が入ってきた。
見覚えのない男性が、ノックもなく部屋に入ってきたことに驚く。
身なりからしてかなり偉い人だとわかるし、なんとなく見たことがある気がするので、黒き魔女の件で派遣されてきたお偉いさんなのだろう。
部屋に入ってきた男性は、ぴたりと動きを止めて私のことを目を見開いて見てくる。
目が合うと、男性が涙を流した。
「ぇ……?」
いきなり知らないおじさんに泣かれ、戸惑いの声を上げてしまう。
すると、男性は手で顔を覆い膝から崩れ落ちる。
嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。
「だ、大丈夫……ですか?」
「ディアーナ…………すまない……すまない…………」
(あ!もしかして、エルヴィンに何かあったの!?)
咽び泣く男性の下によたよたと歩み寄って、肩に手を添えた瞬間、きつく掻き抱かれた。
「っ!?」
「ディアーナ……ディアーナ…………!」
「離して!」と言おうとした瞬間、見たことのない意匠のお仕着せを着た見知らぬ女性が入ってきた。
「陛下?何か――――っ!?」
彼女は私と目が合うと手に持っていた水差しを落とした。
世話係が水差しを落として割るなんて大失態なのに、それに構うことなく口に手を当てて驚愕の眼差しをこちらに向けてくるばかり。
「……陛下って?」
私の知っている国王ではないのに陛下と呼ばれていたことが不思議で声に出してしまうと、私を掻き抱く力が弱まった。
涙でぐしゃぐしゃになったままの顔で見上げられ、近くで初めて顔をよく見ることができた。
(あれ?エルヴィンと同じ位置にほくろ……)
男性は何かに気づいたように、いきなり抱き上げられてベッドに寝かされた。
抵抗したくても、身体が言うことを聞かない。
世話係は「あ、今、タオルを!」と言って出ていってしまう。
◇
「……私のことがわかるか?」
「……いえ…………」
正直にわからないと言えば、陛下と呼ばれた男性は、痛みを我慢するような悲しんでいるような顔をする。
申し訳なさから「すみません」と謝れば、男性は首を振る。
「でも、どこかで会ったことがあるような気も……」
「私の名は、エルヴィンだ」
「……え?」
「ディアーナ……君は長い間、眠っていたんだ。黒き魔女の呪いで――――」
エルヴィンに向かって放たれた黒き魔女の魔法を私が防御魔法を展開しながらエルヴィンの盾となったため、エルヴィンは無事だった。
咄嗟にエルヴィンへの防御結界を厚くしたため、私は自分を守りきれなかったらしい。
私が倒れたのを見た黒き魔女は顔を歪めながら『私のものにならないのが悪い!私に会いに来るのにこんな女を連れて来て!お前を呪ってやろうと思ったのに口惜しい……あぁ失敗した。口惜しい口惜しい口惜しい……でもまぁいい。憎い女に呪いをかけられた』そう言って倒れ込んだ。
『愛する者と共に歳を重ねられない苦しみを知るがいい』
――――そう言い残して黒き魔女は灰になった。