○22
「やっぱり気づいてなかったか。僕も初めは気づかなかったよ」
確かに、私もさっきはただのワンピースだし髪も束ねていた。
その上、エプロンまでして離宮の外にいたので、聖女だとは思わなかったのだろう。
「それで……、足の状態は?痛む?」
「ずっと立っていると少し痛いけど、大丈夫です」
「申し訳ない」
「多分すぐ治りますから。それよりあの猫は王都から連れてきたのですか?」
「いや。道中、立ち寄った町で。鳥に襲われかけているのを発見して保護したんだ」
「そうだったのですか。懐いている感じがしたから飼い猫なのかと」
「今の飼い主は僕だから連れて帰りたいけど……」
「けど?」
「この一週間、馬車移動で閉じ込めているのが可哀想で。帰りも王城まで連れて行くとなると長旅になりすぎる。あ、そうだ!離宮で飼わない?」
「この離宮で?」
「うん。猫は嫌い?」
「動物は好きです。でも、いいのかな」
「僕からの下賜品だと言えば大丈夫だ」
そう言われると、猫を飼えるかも……とその気になってしまう。
友達ができそうな感覚で、胸が高鳴る。
「えっと、名前は?」
「エルヴィン」
猫の名前を聞いたのに、即答で自分の名前を告げられてしまった。
それとも、自分の名前を猫にも付けているのか?
だとしたら「猫の名前を聞いたんだけど」と言うのは失礼になるか……。
どうしようかと悩んでいると、エルヴィンは「あ!」と声を出す。
「……もしかして猫の名前を聞いた?」
自分の間違えに気づいた顔をして、既に少し恥ずかしそうにしているエルヴィン。
私が頷くと、手で顔を覆ってしまった。
「あぁ、恥ずかしいことをしてしまった。今のは忘れてくれないか」
手で隠れて表情は見えないけど、耳が真っ赤になっている。
可愛いなと思ってしまった。
「ふふ……」と笑い声が漏れてしまうと、顔を上げたエルヴィンに恨めしそうに睨まれる。
私が表情を戻すと、顔を上げたエルヴィンはわざとらしく咳払いをした。
だけど、顔は赤いまま澄まして取り繕う様子が、私には耐えられなかった。
「ふっ、ふふふっ」
エルヴィンがまた睨んでくるけど、私は笑うのを我慢できなくなってしまった。
「ふふっ。やだ、ごめ……でも、顔……真っ赤なのにっ、可笑しっ――ふっ、あはっ!だめだわっはははは!」
「そんなに笑うこと――うわ!本当に赤い!……ふはっ!はははっ!」
私の笑いに不機嫌そうな様子だったけど、鏡を見た途端、エルヴィンも吹き出すように笑い出した。
二人でまた涙を流して笑い合った。
「――猫の名前はソルと名付けた。太陽神のように、この子がいるだけで明るく照らしてくれるような存在になるように……とね」
「立派な、良い名前ね」
「君の名前も良い名前だよね。ディアーナ、月の女神の名前だ」
不意に名前を呼ばれてドキッとした。
聖女同士は名前で呼び合っていたが、お世話係や軍人からは暫く「聖女様」としか呼ばれていなかったから。
それと、名前を呼びながらエルヴィンが笑みをこぼしたから。
優しく笑いながら名前を呼ばれて恥ずかしくなった。
優しい笑みにつられて私も笑みがこぼれていた――――――