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三羽 S級薬草でレッツ・チモチモ!


「しかし、想定外だ。こんなに愛らしい従魔が来るとは」

『みぇ……』


 うさぎさんは歓迎しているというカルナシオンの言葉を疑いこそしないものの、少々申し訳なく思った。


「うさぎさんは元の名を忘れたようだし……」


 元居た世界でのうさぎさんの記憶はある程度残ってはいる。だが、呼ばれていたはずの名だけはすっかり抜け落ちていた。もしかすると従魔召喚によるものかもしれない、とカルナシオンは説明した。


「これは愛らしい名を考え直さねばなるまい」


 顎に手を当て考え込む。


「なんて名前を候補に挙げていたので?」

「『ヴォルカニック・アンダーソン改』だ」

『ミエーーーー!?!?』

「あんたセンス終わってますね……」


 呆れてギルクライスは言う。


「元々三号に名付けようとしたんだが、怒らせたな」

「そらそうでしょ。なんです、改って」


 もちろんうさぎさんにはその名の意味は分からない。

 分からないが、少なくともかつてペットショップで共に過ごしたうさ仲間たちは『むぎ』や『ひめ』、『ゆず』といった比較的短く、可愛らしい響きを持つ名前だった。


 世話をする人間ですらそんなに長い名前の者はいなかった。

 明らかに『うさ名』としては異質である。


「ふむ。しばらく考えよう。決まるまでは暫定(ざんてい)的にうさぎさんと呼ばせてもらう」

『はっ、はいでしっ』


 せめて普通であって欲しい。

 うさぎさんはそう祈ることしかできなかった。



 ◆



『ごしゅじん、ごしゅじん』

「ん? なんだ」


 ギルクライスに(なら)って、カルナシオンを主人と呼ぶことにしたうさぎさん。


 編み(かご)に敷き詰められたコカトリスの羽毛はふかふかのふわふわ。

 ぎゅっと密に詰められたそれらは、うさぎさんがダイブしても飛び散ることはなかった。

 温まる場所を手に入れたうさぎさんは、次なる生存本能に基づいて主人に問う。


『チモシーはありますでしか?』

「ちも……?」


 聞き慣れない言葉にカルナシオンの眉は僅かに跳ねる。


『かんたんにいいますと、かんそうしたちょっとイイくさでし。なまでもかまいませんでしが』


 うさぎさんは一生懸命説明する。

 実際のところチモシーはとある植物の仲間を指す言葉なのだが、うさぎさんにとっては牧草であればなんでもよいのだ。


「なるほど。乾燥したちょっとイイ草、……ならば千剣草(せんけんそう)でも乾燥させるか」

「あんたそんな軽々とS級薬草を……」

『ミエーーーー!!??』


 もちろんうさぎさんはそんな草のことなど知らない。

 知らないが、あの巨大なコカトリスと同じ『S級』という基準である草。

 ヤバいに違いないとうさぎさんは容易に想像した。


 千剣草というのは、その名の通り剣のように細長い、見た目は普通の緑色をした草である。

 だが、実際は魔力を込めると途端に成長し、剣のように硬化することからこの名がついた。

 魔力を用いた調合次第では肉体の強化を図る薬品になる。


 一説には一本見付ければ付近に千本生えている。と言われるほどに群生しているものの、その一本を見つけるのがまた難しい。

 エルフたちが住むような辺境の森の中。

 中でも、危険が迫った際に硬化しなければ生存できないような環境。つまり魔物が多く生息する場所。

 そんな場所でしかお目に掛かれず、大した見た目の特徴もないため入手難易度の最高位を示す『S級』薬草に位置づけられていた。


「ギル」

「はいはい、やればいいんでしょう」


 別の部屋から一束の千剣草を持ってきたカルナシオンは、ギルクライスに命じる。

 やれやれとぼやきつつ了承したギルクライスは宙に掌をかざすと、何やら風を操った。


『ほあ……』

「固定された空間の中でのみ風を循環させる。人間にとっては緻密な操作だが、魔族には造作もないことだ」

「いや、あんたに言われましてもねぇ」


 ギルクライスは呆れたように言うと、魔力で固定された空間に千剣草を投げ込むようカルナシオンへと促した。


 うさぎさんは何が起こっているのかまるで分からず、物珍しそうにうたっちをする。

 限定的な空間であちらこちらに舞う草が珍しいのだろう。

 縦横無尽に風に揉まれる千剣草に倣って首を右へ左へと動かすうさぎさん。

 鼻をヒクヒクとさせながら時折『ほあー』と言う。


「──ッ!?」

「? どうしたんです」


 その愛らしい姿にカルナシオンは心臓の当たりを痛めた。

 否、心がぎゅっと鷲掴みにされたような感覚に陥る。


 崩れ落ちそうな膝をなんとか奮い立たせその場に踏みとどまると、


「っで、出来たら、呼ぼう……」

『? はいでし』


 と平然を装ってうさぎさんに言った。



 ◆



 ちもちも。

 チモチモ。

 ちもちも。

 チモチモ。


 やや乾ききっていない千剣草が、続々とうさぎさんのお口に吸いこまれている。

 一心不乱にチモるうさぎさん。

 そのあまりのスピードに、カルナシオンは見当違いなことを思う。


「まさか、闇魔法なのか……?」

『?』


 籠の側でチモるうさぎさんと、床に座り間近で見守るカルナシオン。

 近くのソファで腰かけているギルクライスは、面白いものを見付けたとでも言いそうなほど口元に弧を描いていた。


 しゃくしゃく。

 シャクシャク。

 ちもちも。

 チモチモ。


 前歯ですり潰しながら食べるうさぎさん。

 静かな空間に響き渡る規則的なその咀嚼(そしゃく)音は何とも心地よく、カルナシオンは思わず眠くなってしまいそうだった。


「うまいか?」

『でしっ!』


 元気いっぱいに答えるうさぎさん。

 お腹も徐々に満たされることで、ご機嫌のようだ。


「~っ! アアアッ、私もチモりたい……ッ」

『チモるんでしか!?』


 この日、膨大(ぼうだい)な知を有するカルナシオンは、初めて『チモる』という言葉を己の辞書に追加した。




魔法でなんでもありな世界ということで、タピオカのような諸問題は都合上省略しております。

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