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070 ジャスミン

 夜。

 シャワーを浴びて台所に行くと、良い香りがした。

 この香りは……。

「ジャスミンティー?」

 私に気づいたルイスとキャロルが、顔を上げる。

「そうよ。お菓子を配ったら、合唱団のお姉さんがくれたの。リリーも飲む?」

「うん」

 椅子に座ると、キャロルがカップにジャスミンティーを淹れてくれた。

 美味しい。

「エルは、もう寝たの?」

「部屋に行ったみたいね」

 たぶん、まだ起きてるよね。本でも読んでるのかな。

「お茶を持って行ってあげようかな」

「なら、新しいのを淹れてあげるわ。待ってて」

 キャロルが、ティーポットを洗う。

「リリーシア。これ、エルに渡してくれる?」

 ルイスが、ピンク色の液体の入った小瓶を置く。

「これは?」

「僕が作った薬。……ちょっとした悪戯の薬なんだ」

 悪戯?

「すごく甘いとか?」

「甘いのと……。ちょっと、酔っ払った感じになるかな」

「お酒なの?」

「アルコールは入ってないし、体に害はないよ。少し飲んでみる?」

 良い匂い。

 一口飲んでみる。

 あれ?これって……。

「ハーブティー?」

 複雑な味がする。

「わかるんだ。グラシアルの人って、日常的にハーブティーを飲むの?」

「えっと……。ブレンドしたのは、私はそんなに飲まないよ。風邪の時に煎じて貰うぐらい。これ、何のハーブが入ってるの?」

「秘密。全部、エルに飲ませてね」

「分かった」

 酔っ払った感じになるハーブなんてあるのかな。ハーブ以外にも色々混ざってそうだ。

 キャロルが、テーブルの上にティーセットを置く。

 良い香り。

「リリー。風邪でもひいた?」

「え?」

 キャロルが、私の顔を覗き込む。

「夕飯の時もそうだったけど。少し顔が赤い気がするわ」

 顔が赤いって……。

 エルに告白したからかな。

 今は、ドキドキも収まってるはずなんだけど……。

「大丈夫?」

「大丈夫。ちょっと疲れたのかも」

「鍛冶屋の仕事、大変だった?」

「すごく楽しかったよ」

「もしかしたら、炉に当たり過ぎたのかもね」

「そうかも」

「ゆっくり休んでね」

「ありがとう。キャロル、ルイス」

『二人共、しっかりしてるよね。これじゃ、どっちが年上かわからないよ』

 それは、私も良く思う。

 ティーセットの横に薬を置いて、トレイを持つ。

「おやすみなさい」

「おやすみなさい。リリー」

「おやすみ、リリーシア」

 

 台所を出て、階段を上がる。

『あのさ、リリー』

「何?」

『リリーの呪い、解けたかもしれない』

「えっ?」

 呪いが?

「本当に?いつ解けたの?」

『わからないよ』

 そうだよね。

 呪いを解く方法も解らないし、呪いを解くために何かしたわけでもない。

『魔力が全然流れて来ないって気づいたのは、さっきだよ。でも、リリーは魔力の流れなんていちいち気にしてられないぐらい、たくさんしてただろ』

 そうだけど。そんな風に言わなくても良いのに。

『元々、ボクが得られる魔力の量は、どんどん減ってたんだ』

「どういうこと?」

『エルが言ってたんだよ。リリーは呪いに抵抗してるって。リリーが呪いの力を使いたくないって強く思えば思うほど、奪う魔力は少なくなるらしいんだ。だから、ボクに流れてくる魔力が少なくても、リリーが呪いに対抗してるからだろうって気にしてなかったんだ』

「そうなの?」

『これは、アリシアとも確認してたことだから合ってると思うよ』

「確認って、」

『ただの情報交換だからね。全部、リリーで試したことだ』

 じゃあ……。

 アリシアとは、してないんだ。

『でもさっき、全然、魔力の流れを感じなかったのは確かだよ。……だからさ。リリー、エルにキスしてみてよ』

「えっ?」

『呪いが解けたなら、エルだって、奪われる感覚がなくなってるはずだ』

 本当に?でも……。

「そんなことしても良いのかな」

『何言ってるんだよ。リリーは、エルの恋人だろ?』

 恋人?

 私が、エルの……?

 

 ※

 

「おかえり」

「ただいま」

 エルの部屋に入ると、ベッドで本を読んでいたエルが顔を上げた。

「ジャスミン?」

「そう。ジャスミンティー。キャロルが貰ったんだって」

 サイドテーブルにトレイを置いて、カップにジャスミンティーを注ぐ。

 あれっ?

「これ、外して良いの?」

 テーブルの上に、剣花の紋章が置いてある。

「家に居る時ぐらい外すよ」

『エル。外してはいけない』

 寝る時だって、いつも付けてるものなのに。

「出かける時は、ちゃんとつけてるだろ」

『すぐに忘れるだろう』

「忘れたことなんて……」

『あるわよぅ』

『出先で風呂に入った時に忘れかけただろう』

 バニラが怒ってる。

 すごく大切なもののはずだ。

「形見なんだよね?」

「形見?」

「だって……。フラーダリーが持ってたものなんだよね?」

 エルがジャスミンティーを飲んで、こちらを見る。

「まず、これはフラーダリーのものじゃない」

「そうなの?」

「国王陛下がフラーダリーに肌身離さず持つよう渡していたものなんだ。だから、フラーダリーの死後、国に返還されてる」

「返したの?」

「そう。でも、その後、アレクが俺に渡してきたんだ。肌身離さず持ってろって」

「そうだったんだ」

 そういえば、マリーもアレクシス様がエルに渡したって言ってたっけ。

 フラーダリーが持っていたものだけど、フラーダリーのものじゃない。

 形見じゃなかったんだ……。

「あの……。これ」

「ん?」

 エルの隣に座って、ルイスの薬を渡す。

「飲んでみて」

 飲んでくれるのかと思ったら、瓶を眺めたり、匂いを嗅いだり舐めたりして薬をチェックしてる。

「毒じゃないよ?」

 ハーブだし。

 ようやく、エルが薬を飲んでくれた。

 でも、飲んだのは一口だけで、すぐに瓶に蓋をした。

「飲んだよ。何の薬なんだ?」

「えっと……」

 特に酔っ払った感じにはなってない。

「何ともないの?」

「どうかな」

 一口じゃだめってこと?でも、エルはもう飲む気はなさそうだ。悪戯は失敗?

 瓶と本をサイドテーブルに置いたエルが、私を膝に乗せる。

 ……近い。

 キスしなきゃ。

「あのね……」

 今すぐにでもキスできそうな距離。

 少し引き寄せれば……。

 だめ。

「キスして欲しいの」

「え?」

 やっぱり、私からするなんて無理だ。

「エルと、ちゃんと、したくて」

 どんな風にすれば良いのかわからない。

「たぶん、私よりもエルの方が詳しいと思うし……」

 魔力が奪われてるか。

「確かめたいの」

 本当に呪いが解けたのか。

「だから……」

 キスして。

「だめ?」

 やっぱり、危ないかな。

 やめるべき?

 少しの沈黙の後、きつく抱きしめられて、キスをされた。

「愛してる」

 勢いで、そのままベッドに倒れ込む。

 してほしいって言ったけど、こんなにいっぱい?本当に大丈夫?本当に、もう奪ってない?それなら、私もして良い?

 エルの首に腕を回して抱き寄せる。

 あぁ、本当に?信じられない。

 もっと、応えて。抱きしめて。

 幸せ。

 体中が熱い。止められない。

「愛してる」

 もっと、求めて。愛して。

「良い?」

 もっと、触れたい。

「うん」

 指先から、重なった場所から自分とは違う熱を感じる。ぬくもりが身も心も満たしていく。呼吸も忘れるくらい夢中になっていて、もう離したくないし離れたくない。

 ずっと、こうしたかった。愛し合いたかった。でも……。

「待って、エル」

 エルが離れてしまう。

「ごめん、リリー」

 違うの。離れて欲しいわけじゃない。

「ごめんなさい。……大丈夫」

 行かないで。

「嫌なことは嫌だって言って」

「嫌じゃないよ」

 ただ……。

「教えて。どんな些細なことでも。不安になったら言って」

 エルが私の髪を優しく撫でる。

「好きな人が泣くようなことなんてしたくないんだ」

 もしかして、私が泣いてしまった時のことを思い出してるのかな。

 エルは本当に優しい。

「嫌なわけじゃないの。ただ、はじめてだから……」

「はじめて?」

「誰かをこんなに好きになったのも、恋人になったのも、全部、はじめてで、だから、ちょっと怖くて……」

「ごめん」

 ごめん?

 あぁ。違うのに。

「エルが怖いわけじゃないの」

 離れようとしたエルを引き寄せる。

「好きな人と一緒に居られるのがすごく嬉しくて。もっと、知りたいし、一緒に色んなことをしたい。エルとなら、なんでもできるって……。でも、想像がつかないことばかりで、ちょっと怖くて、でも、進みたくて……」

 こんなにドキドキして大変なのに、止めたくない。

「私、変じゃない?」

 エルが私の頬にキスをする。

「どんなリリーも好きだよ。もっと、俺の知らないリリーを知りたい」

「私の話、聞いてた?」

「もちろん。少しも変じゃない。もっと、リリーを教えて」

 変じゃない?

 それなら、もっと……。

「私も、エルを知りたい」

 好きなことも嫌なことも。嬉しいことも悲しいことも。して欲しいことも、して欲しくないことも。全部。

「だから……」

 キスをして。

「もう、止めないで」

 ずっと、欲しかった。

「愛してる」

 ようやく好きなだけ伝えられる。

「愛してる」

 気持ちを受け取ってもらえる。好きだって、愛してるって、どれだけいっても足りない。もっと求めて。求められる喜びを感じて。もっと深く触れて。魂まで届くほどに。繋いで。全部、受けとめて。

 あぁ、幸せ……。

「好きだよ、リリー」

「私も。エルが好き」

 もう何度もキスをしてるのに、全然足りない。熱が冷めない。満たされているのに、まだ欲しい。離れられない。愛しくて好きでたまらない。

 ずっと、こうしていて。

 あれ?待って。エルは本当に大丈夫なの?

「あのね、エル」

「ん?」

「私、エルの魔力、奪ってない?」

 エルの光は、いつも通りに見える。

「呪いが解けたのか?」

「私、呪いが解けたの?」

 本当に?

「呪いが解けたかどうか、リリーにはわからないのか?」

「わからないの。でも、イリスがエルとキスしても全然、魔力が流れて来ないって言うから。だから、確かめたくて……」

 私のことなのに、私には、わからないことだらけだ。

「リリー。俺の魔力を奪うことを願って」

「えっ?」

「呪いに抵抗してたらわからないだろ?」

「でも……」

 そんな危ないこと……。

 あ。エルが黙った。これ、絶対に良くないことを考えてるよね。

「だめ」

 何か危ないことをしようとしてるに違いない。

 だったら……。

「今、して?」

 奪うことを考える。……大丈夫。

 目を閉じると、エルが私にキスをした。

 魔力を奪いたい。私は、呪いの力で、エルから魔力を奪いたい……。

 ゆっくり目を開いて、エルを見る。

 輝きはいつも通り。

「リリーの目から見て、俺の魔力は減ってるか?」

「全然、減ってない」

 本当に、呪いが解けたんだ。

「どうやって?」

「わからない」

「いつから?」

「それも、わからないの。イリスに聞いても、最近は、その……。いっぱいしてたし、いちいち気にしてないって」

 私、どれぐらいしてたんだろう。毎日してたよね。好きって言われて浮かれていたのもあるし、全然、断り切れなかったのもある。好きな人とキスするのが嬉しくて。

 エルが無事で良かった。

 これからは、もう大丈夫なんだ。

「エル」

 呼ぶと、エルが微笑んで私にキスをした。

 愛してる、エル。

 ずっと、こうしたかった。もう呪いのことなんて気にせず、好きなだけできるんだ。

 もう、だめって言わなくて良いんだ。

「リリー。教えて。呪いの他にリリーを縛るものを」

 私を縛るもの。

 私が帰らなくちゃいけない理由。

「誓約」

「誓約?」

「紅のローブに誓約をしたの。呪いを受け入れ、次期女王となる為に三年後、帰還することを誓います。って」

 出発の前日に行った儀式で、私は誓約をした。

「紅のローブって、リリーよりも格上の存在なのか?」

「うん。女王の次に偉い人。私に呪いをかけたのも紅のローブだよ」

「そいつが、リリス?」

「名前はわからない。いつも女王の間の前に居て、女王を守ってる人だってことしか。ポラリスみたいに全身を隠す紅のローブを着てるから、紅のローブって呼ばれてる」

 階級が上の者には決して逆らえず、言葉が絶対的な響きを持って相手を支配する。

 だから、誰も逆らえないし、逆らってはいけない。

 ただ……。

「あのね」

「ん?」

「女王になった人はね、一人も帰って来てないの」

「帰ってないって……」

「街に戻って来た人は一人もいない」

「いない?だって、女王は定期的に交代するんだろ?」

「交代じゃないの。新しい女王が選ばれるだけ。選ばれた女王は女王の間に入るけど、その後、女王の姿を見た人は誰も居ない」

「なんだって?」

 女王が直接私たちを支配することはない。

 ただ、その意志やシステムが私たちを支配するだけ。

「女王は、この国の礎なの」

 グラシアルを旅して解ったのは、女王の存在は、城の中でも外でも変わらないってことだった。

「女王が国中に魔力を与えて、国を豊かにしている存在だって、皆、知ってる。そして、実際にグラシアルは女王の力で豊かになってる。皆、女王の力を信じてるの。だから……。女王に逆らえないの」

「信じてるから逆らえない?信頼があるなら恐怖なんて感じないはずだろ」

「同じだよ。皆、女王の力がどれだけ大きいか知ってる。その力が、恩恵ではなく天罰に変わることが怖いの。……だから、誰も女王に逆らえない」

 その感覚は、城の中でも外でも全く同じだった。

 絶大な魔力を持つ女王。女王の娘は、それを維持する為に必要なシステムだ。そして、その力は城の階級制度に影響している。

 女王を頂点とし、その次が紅のローブ。続いて、王位継承権保持者、女王の娘、城の魔法使い、街の市民と続く。

 だから、皆、女王に逆らえないし、逆らってはいけなかった。

「リリー。あの国には、本当は女王の娘なんて必要ないんだ」

「え?」

「グラシアルには、不老不死の初代女王が居る。氷の大精霊と共に」

「嘘……」

 そんなの、聞いたことがない。

「イリス、本当なの?」

 氷の大精霊から生まれたイリスなら、知ってるはずだ。

『本当だよ』

「本当、なの……?」

 そんな……。

『エル。一体、どこで知ったんだ』

「大精霊と契約した者は、望めば不老不死になることが可能だっていうのは知ってるか?」

「同化のこと?」

「そうだ。俺は、女王の持つ絶大な魔力の一端は、氷の大精霊にあると思ってる。大精霊と契約して恩恵を受けた初代女王は、その力を手放したくないと考えたんじゃないかって。そして、同化することを選んだんじゃないかって」

 初代女王が、同化して不老不死になった?

 絶大な魔力を持つ女王は、昔から変わってないってこと?

「じゃあ、どうして……?」

 何故、私たちは選ばれたの?

 女王の娘の中から一人が、女王になるの?

 女王になった人は、どうなってるの?

「今はまだ、答えを出せるほどの情報がない。でも、必ず答えを見つける」

 答えがあるの?

「信じて」

「うん。信じる」

「ありがとう。リリー」

 事実がなんであろうと、エルが出した答えが真実だ。

「いつも私の為に頑張ってくれて、ありがとう」

「リリーが欲しいんだ。俺だけのものにしたい」

「私はもうエルのものだよ」

「なら、俺もリリーだけのものだ」

 私の手を取ったエルが、いつものように私の手にキスをする。

「怖くなかった?」

 まだ、心配してる。いつもそう。

 そっか。同じなのかも。

「冒険みたいだった」

「冒険?」

「はじめてで、知らないことばかりで。でも、エルは私の話をちゃんと聞いてくれて、大切にしてくれたから」

 ずっと変わらない。大好きな人。

「エルとなら大丈夫って、信じられたの」

 出会ってから今までみたいに。

 もう一度、エルとキスをする。

 エルとなら、どこまでも一緒にいける。

「これ、何の薬か知ってるのか?」

 ルイスの薬?

「ハーブがブレンドされてて、少し酔った感じになるって聞いたよ」

 蓋を開けて、エルが残りの薬を飲み干した。甘い香りがほのかに香る。

「飲んで大丈夫?」

 見た目には何も変わって無さそう。

 エルが瓶を置いてランプを消す。

 明るい。天窓から見える満月が照らしてる。

「きれいだよ」

「あ、の……」

 きれいって。

 エルは、すぐにそう言う。

 もし、これもエルの本当の気持ちなら……。

「ありがとう」

 嬉しいって、伝えなきゃ。

「愛してる」

 エル。キスをして。一晩中、甘い香りに包まれたい。



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