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069 ブルーアワー

 職人さんたちの協力もあって、配合の違う合金の製作も、実験も、たくさん出来た。

 これなら、エルのレイピアも作れそうな気がする。

 

 また明日来る約束をして、鍛冶屋さんを出る。

 もう、夕方だ。

『ただいま、リリー』

「おかえり、イリス」

 声の方を振り返ったけど、イリスの姿は見えなかった。

 もう、私の中に戻ったらしい。

『今日は、あんまり打たなかったんだね』

「わかるの?」

『リリーが叩いてる音ってわかりやすいからね』

 そうかな……?

『エイダ、リリーを見ててくれてありがとう』

『気にしなくて良いわ。リリーと居ると楽しいんだもの』

『で?エルの家がどこかわかってる?』

「わかるよ。それぐらい」

『大丈夫ですよ。私も案内します』

「もう、見えてるもん」

 二人が笑う。

 

「ただいま」

「おかえり、リリー」

 家に帰ると、薬の棚を見ていたエルが振り返った。在庫チェック中かな?

「もう、鍵を閉めて良いよ」

「ルイスとキャロルは帰ってるの?」

「帰ってるよ」

「わかった」

 私が最後だったらしい。

 もう一度扉を開いて、看板を裏返してから戸締まりをする。

「何か手伝う?」

「もうすぐ終わる」

「じゃあ、軽く掃除するね」

 箒を出して、いつものように隅から順に掃除を始める。

「明かりをつけるか?」

「大丈夫。すぐに終わらせるから」

 日が落ちるまでに終わらせよう。

 床を掃除しながらエルの近くまで行くと、エルが脇に避ける。

「レイピアは出来そうか?」

「うん。明日、試作品が作れるかも」

 異なる配合の合金の重ね合わせ。

「楽しみにしてるよ」

「うん」

 私も楽しみだ。頑張ろう。

 一通り掃き掃除を終えて、塵取りでごみを捨てる。ごみ箱はまだいっぱいになってないから、このままで大丈夫。

 掃除道具を戻して、次は棚の整理へ。と言っても、エルが薬のチェックのついでに整えてるのか、どれもきれいに並んでる。

 もうやることはなさそう。

「エルって、何が仕事なの?」

「薬屋だよ」

「冒険者もしてるし、魔法部隊にも所属してるよね?」

 どれがエルにとってメインの仕事なのかな。

「どれも稼ぐためにやってるわけじゃない。ルイスとキャロルを養うことを含めて、一生、生活に困らないぐらいの資金ならあるよ」

「えっ?そうなの?」

「国から貰った褒賞があるんだ」

 褒賞って……。もしかして、戦争に関係ある?

「そもそも、それぐらいの蓄えがないと子供二人を養子に出来ないからな。ラングリオンは養子の規定が厳しくて、きちんとした養育環境が保証されないと引き取れないんだ」

「そうなんだ」

 年齢以外にも厳しいルールがあるらしい。

「じゃあ、薬屋は趣味なの?」

「趣味?」

 すでに養育に問題ないお金があるなら、わざわざ薬屋を開業する必要なんてなかったはずじゃ?

「薬屋は、俺の夢でもあったから」

「夢?」

「卒業後、王都で生計を立てる為には、仕事をしなきゃいけないだろ?やるなら薬屋をやろうと思ってたんだ」

 そっか。元々、お店をやりたかったんだ。あれ?

「兵役は?」

「魔法部隊は、俺の世話をしてくれた人が設立したものだから。手伝いたかったんだ」

 それも、エルがやりたかったこと。

 エルの夢。

「じゃあ、戦争がなければ……」

 もし、あんな不幸がなければ。

「本当だったら、エルは、今、あの人と一緒に夢を叶えてたんだ」

 王都で魔法部隊を手伝いながら薬屋をやって、そして……。

「どこまで聞いたんだ」

 怖い声。

「ごめんなさい……」

 そうだよね。怒るよね。これは、エルが話したくない過去だ。

「ごめん、リリー」

 どうして、エルが謝るの?

「フラーダリー。俺を砂漠からラングリオンに連れて来てくれた人だ。養成所に入れるようにしてくれて、後継人として俺の世話をしてくれていた」

 前に話してくれたエルの家族。

「結婚の約束をしてた」

 エルが愛してる人。

「ずっと一緒に居ると思ってた。けど、死に目にも会えなかった」

「忘れられない人なんだよね」

「あぁ。一生忘れない。ずっと、後悔し続ける」

 エルにこんな顔をさせる人。

 ……今でも好きなんだ。

「ごめんなさい」

「なんで、リリーが謝るんだ」

「思い出させちゃったから」

 私なんかに話すようなことじゃないのに、話させてしまった。

「最期以外は、良い思い出ばかりだよ」

 フラーダリーが生きていれば、エルは、ずっと幸せだった。

「リリー。……許して」

 許す?何を?

「必ず守るから。何があっても。どんなことが起きても。だから……。俺がリリーを愛すことを許して」

 違う。

「だめだよ、エル。私はフラーダリーの代わりにはなれない」

「代わり?」

「だって、忘れられないんだよね?」

「違う。代わりなんかじゃ、」

「何が違うの?」

 こんなにも大切に想い続けてる人がいるのに、私のことなんて……。

「誰も、誰かの代わりになんてなれない。フラーダリーの魂がもうここにはないことはわかってる」

「なら、どうして私を守りたいなんて言うの?私に許しを請うの?」

「それは、」

「エルは大切な人のことを忘れられないだけで、私のことを好きなわけじゃ……」

「違う」

 手を引かれて、エルを見上げる。

「リリー。俺にとって大切な人はリリーで、俺が好きな人もリリーだ」

 そんなはずない。

 差しこむ夕日がどんどん陰っていく。足元から暗闇に呑まれていくみたいだ。

「過去は戻らない。あの時、あの時点では不可避だった」

 どんなに苦しんでも、過去を変えることはできない。

「俺は、フラーダリーを守ることができなかった。また大切な人を失うぐらいなら、もう誰も好きになるべきじゃないって、そう考えてた」

 それは、私も同じ。

 誰かを好きになるなんて、だめだって……。

「でも、できなかった。抑えられなかった。もう無理なんだ。リリーを愛さずに生きるなんて」

 私は、この先、エルを愛さずに生きられる?

「もう出会わなかった頃には戻れない。リリーが居ないと生きられない」

 私だって、エルが居ないなんて考えられない。

「傍に居て」

 何度もエルが私に言ってくれた言葉。

「離れないで。ずっと一緒に居て」

 何度も何度も約束を交わしてここまで来た。

 エルが私の手を取って、自分の顔に寄せる。

「愛してるよ。リリーシア・イリス・フェ・ブランシュ。今、俺のすべてを捧げたい、たった一人の人は、リリーだ」

 まっすぐな紅の瞳に射抜かれるのは、これで何度目だろう。エルの言葉は、いつも私に向けられたものなのに。

 それなのに、私はエルになんて言ってきた?

「ごめん。返事は要らない。受け入れる必要だってない。……でも、愛を否定しないで。俺はリリーが好きなんだ」

 私は、なんて酷いことを言ってしまったんだろう。

「愛してる」

 ずっと欲しかった大切な言葉。

 目をそらして逃げていたのは、私だ。

 エルは、いつもこんなに真っ直ぐ伝えてくれたのに。

 金色に輝く光の中に顔をうずめると、エルが私の髪を撫でて、優しく私を抱きしめてくれた。

 エル。本当に、良いの?

「私が呪われてること、知ってるよね?」

「呪いは解く」

「三年以上、一緒に居られないこと、知ってるよね?」

「自由にする」

「私と一緒に居て、何度も危険な目に合ってるよね?」

「別に、大した事ない」

「エルよりも、私の方が問題だらけだって、わかってるよね?」

「問題なんてない。俺がすべて解決する」

 ずっと、変わらない。

 ずっと、強くて優しい。

「私じゃ、エルを幸せにしてあげられないよ」

「今、幸せだよ」

 本当に?

 エルの体に腕を回す。

「私も、幸せ」

 抱きしめて。もっと、ぎゅってして。エルをもっと感じたい。

 エル、ごめんなさい。逃げてごめんなさい。弱くて、ごめんなさい。

 もう逃げない。

 ちゃんと、伝えなきゃ。

「エル。覚えてる?……最初に会った時、エルが私に質問した二つのこと」

「覚えてるよ。何から逃げるのか。どうして俺じゃないとだめなのか」

 ずっと、答えられなくてごめんなさい。

 エルはもう知ってるかもしれないけど、ちゃんと答えるから。

「私が逃げたかったのはね、教育係。教育係は、旅に出た女王の娘をサポートしてくれる人で……。最初の呪いの受け手になる人なの」

「なんだって?」

 そっか。これは、まだ知らなかったことだったんだ。

「私、呪いの力なんて使わないって、自由に生きるって決めてたから」

 それに、キスは好きな人としたかったから。特に、初めてのキスは。

「どうして、エルじゃないと駄目だったかはね……」

 姿勢を正してエルを見上げる。

 夕日が残したわずかな明かりが消えて、お互いの輪郭が夜の闇に溶けていく。

 あの時と同じように、紅の瞳に吸い込まれていく。

「初めて会った時から、ずっと好きだった」

 目が合った瞬間、恋に落ちた。

「この人の傍に居たいって。一緒に旅をしたいって。だから、エルじゃなきゃ駄目だったの」

 好きな人の傍に居たかった。

「でも、私じゃ駄目だって。誰かを好きになるなんて駄目だって、」

「駄目なんかじゃない」

「私はエルと一緒に居ちゃいけないんだって……」

「傍に居て」

 ずっと、変わらない。

 だから、駄目だって思うたびに甘えてしまったの。

「いつも、そう……。いつも、エルがそう言ってくれるから。だから、ずっと、この気持ちを諦められなかった」

 嬉しくて。少しでも長く一緒に居たかった。

「でも、エルの話を皆から教えてもらって……。私に何か起これば、エルはそれも自分のせいにしちゃうんじゃないかって」

「それは、」

「駄目だよ、エル。私のことは、エルには全然、関係ない。呪われてることも、三年以内に帰らなきゃいけないことも、全部、私の問題だよ」

「違う。グラシアルの連中からリリーを奪って、無理矢理ここまで連れて来たのは俺だ」

 どうして、エルは何でも自分のせいにしようとするの?

「ここに来るのは私が望んだことだよ。私に何かあったとしたら、私の責任」

「リリーの責任なんかじゃない。俺の……」

「エルの馬鹿」

 どうして、そうなの。

「何でも自分のせいにしようとしないで。エルは悪くない。許してなんて言わないで。私を守ろうなんて考えないで」

「リリーを失うなんて考えられない」

 まだ、そんなこと言ってる。

「大丈夫だよ。エル」

 なんでも一人で背負おうとしないで。

「もう、エルを一人になんてしない」

 エルは、ずっと私を守ってくれた。

 だから。

「私も戦う」

「戦う?」 

 もう逃げない。

「エル。私は、私の運命と戦う」

 自分の運命を勝ち取る。

「女王に逆らって自由を手に入れる。そして、エルとずっと一緒に居る」

 それが、私の望み。

「私、エルを幸せに出来る人になりたいの」

 エルが、もう失うことを怖がらなくて済むように。なんでも自分のせいにしないように。

 私は、もっと強くなる。

 だから、私も言葉にして伝えるんだ。

 大きく息を吸って、ゆっくり吐く。大丈夫。ちゃんとエルに聞こえるように、はっきり言うんだ。

「エル。私、エルが好き」

 身も心も一瞬で燃え上がる響き。

 ようやく伝えることができた。

 単純な言葉なのに、こんなにも勇気が必要だ。

 エルがいつも私に伝えてくれたのと同じ気持ち。

「愛してる。エル」

「愛してる、リリー」

 あぁ。夢みたい。

「愛してる」

 本当に?

「愛してる」

 もっと抱きしめて。

 見つめて。

 触れて。

「キスして良い?」

「うん」

 確かめて。もっと。身も心も溶け合っていくみたいに、ずっと深く。

 愛してる。愛してる、エル。

 焼けるように熱い。

 こんなの初めてだ。愛しくて、幸せで、こんなにも満たされていく。心臓が痛いほど波打っていて、息もできないぐらい苦しくて。空に舞えそうなほど体が浮かれていて、夢中になってる。

「愛してる」

 幸せ過ぎて、くらくらする。

「愛してる」

 もう離さない。

 エル。

 愛してる。

 私を愛してくれて、ありがとう。



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