063 礼拝堂
「良い感じに出来てるわ」
「きれい……」
紫のフリージアと、スズランの押し花。
「仕上げは一人でも出来そう?栞の作り方はキャロルも知っているから、わからなかったら教えてくれると思うわ」
「うん。やってみる」
帰ったら、キャロルと一緒に作ろう。
マリーから貰った薔薇の押し花や材料も仕舞う。
「さ、着替えましょうか」
ハンガーラックの前に立ったマリーが服をいくつかとって、私に合わせる。これって、昨日選んだ服?
「やっぱり、これかしら」
春らしい淡い青のワンピース。肩が膨らんだデザインも、すごく可愛いものだ。
ちょっと待って。
「昨日の騎士の服は?」
「あれは、うちで保管しておくわ。今度、遊びに来た時に着て帰ったら良いんじゃないかしら」
「保管?」
「うちにもリリーの服を置いておかなきゃいけないでしょう。もちろん、この中に着たいのがあったら、好きなだけ持っていってね」
『昨日買った服って、マリーの家に保管用もあったんだ』
『そうね』
そうだったんだ。だから、あんなにいっぱい買って……。
「サイズもわかったことだし、リリーに着せたい服があったら用意しておくわ」
「えっ?」
『流石、お嬢様だね』
すでにこんなにあるのに?
私、そんなに遊びに来るかな?
「着替えたら、こっちに来てね」
マリーは向こうに行ってしまった。
この服……。着るの?
『早くしなよ』
着替えよう。
これ、私のサイズぴったりに直されてる。すごく着心地が良い。
姿見の前で回転してみると、スカートがふわりと揺れた。可愛い。
『似合うじゃん』
「本当に?」
『エルにも聞いてみたら?』
エル、なんて言うかな。
「リリー、終わった?」
「うん!今行く」
マリーが居るのは、広いクローゼットルームだ。たくさんの服や小物が綺麗に並んでいて、大きな鏡のついた可愛いドレッサーもある。
何もかもがきらきらしていて、まさに、お姫様の持ち物だ。
「座って」
案内されて、ドレッサーの前に座る。
「ツインテールが好き?」
「うん。……あ、自分で出来るよ?」
「やらせて」
マリーが私の髪を櫛でとかしていく。
「本当に綺麗な髪ね」
「マリーの方がお姫様みたいで素敵だよ」
「ふふふ。ありがとう。リボンは、これにしようかしら」
「うん」
今、着てるワンピースに合いそうな青のリボン。
「あ、この服なら……」
荷物の中から、青い花のカチューシャを出す。
「これも合う?」
「良いわね。じゃあ、リボンはもう少し細いのにしましょうか」
マリーが私の髪を結んでいると、ノックが聞こえた。
「朝食をお持ち致しました」
メイドさんたちが来たらしい。
「マリアンヌ様、何かお手伝い致しましょうか?」
「大丈夫よ」
そういえば、マリーってお嬢様なのに、自分の支度は全部、自分でやってるよね。
「では、お手紙を読み上げさせて頂きます」
そう言って、メイドさんが手紙を読み上げ始めた。マリーへの称賛から始まって、報告やお礼、お茶会のお誘い、支援のお願い……。たくさんある。
「すごいね。マリー」
「色んなお話を聞くのも書記官の娘の仕事よ」
自分の仕事もあるのに、貴族としての務めもあるなんて。
マリーが私の頭にカチューシャを乗せる。
「どうかしら」
結んだ髪を揺らして、鏡越しの自分を眺める。
「ありがとう。すごく丁寧で綺麗。マリーって、何でも出来るんだね」
「リリーって、何でもすぐに褒めてくれるから嬉しいわ。さぁ、食事にしましょう」
クローゼットルームから出ると、テーブルの上に朝食が準備されていた。
良い匂い。湯気の立つスープとパン、それから、サラダやハムが並んでる。
「いただきます」
「いただきます」
あったかくて美味しい。
『手紙って、毎日、こんなに来てるの?』
『毎日、読み上げてるわけじゃないわ。溜まったら、まとめてって感じね』
「孤児院への寄付は、いつものようにしておいて」
「かしこまりました」
「寄付をしてるの?」
「月に一度はね。エルもパッセのお店を通してしてるのよ」
「そうなの?」
「自分の名前でしたくないから、旅のついでに買ったお酒をパッセに渡して、仕入れ額を寄付してって頼んでるのよ」
『自分で寄付すれば良いんじゃないの?』
『自分の名前ではしたくないのよ。少し、嫌なことがあったから』
「嫌なこと?」
「学生時代にね。……気分の悪くなる話だけど、大丈夫?」
「うん」
『そんな軽い返事で大丈夫?』
大丈夫。エルのことなら何でも知りたい。
「昔……。エルがエンドで怪我をしてた子供と会ってね。エルはその子に薬をあげたの。そうしたら、周りにいた子どもたちが一斉に自分の手を切ったのよ」
「えっ……」
『え……』
「切ったと言っても、すぐに治るような浅い傷よ。その子たちは薬が高く売れることを知っていた。だから、タダで薬をくれるエルにたかるつもりだったみたいね」
「それで、エルは?その子たちは、どうなったの?」
「エルと一緒に居た人が、子供の傷を光の魔法で癒してあげて、子どもたちを追い払ってたわ」
『あれ?マリーは一緒じゃなかったの?』
『エルとは別行動よ。子供だけでエンドに向かったエルが心配で、カミーユとシャルロと一緒に、こっそり尾行してたの』
『自分たちも子供だろ?』
『誰かを呼ぶ暇なんてなかったわ。いざとなったら私が助けるつもりだったの』
魔法で?
メラニーもいるから何とかなると思ったのかな。
「そんなことがあったから、直接、関わるのを避けてるみたいね。……でも、エンドの貧困問題を気にしてるのは確かよ。そうじゃなきゃ、あんな僻地に店を出さないと思うわ」
そういえば、エルは貧困問題に詳しかったっけ。
「あの場所に店を出すことを決めたのはエルなんだよね?」
「そうよ。あれだけの腕があるなら、王都の一等地にだって店が立つわ。うちだっていくらでも出資したのに」
「天才錬金術師だから?」
「そう。誰もが認める天才。冒険者なんて危ないことやってる暇があるなら、もう少し国の為になるような仕事をして欲しいわ。エルって、魔法学を専攻してないくせに魔法についての知識も豊富なのよ。どれだけもったいないことをしてるか……」
「専攻してないって?」
「高学年になると、錬金術コースと魔法学コースに分かれるの。エルが選んだのは錬金術。入学当初から古代語も魔法陣も自在に操れたみたいだから、魔法学なんて学ぶ必要がないって感じだったのかしら。精霊にもやたらと詳しかったようだし。エルが魔法研究所に入れば、私の研究だって、もっと進むはずなんだけど……」
『すごいね。食べながら、これだけ話せるなんて』
でも、食べ方は上品なんだよね。
スープも音を立てずに飲んでるし、パンも一口ずつ丁寧にちぎって食べてる。サラダだって、残さず綺麗になくなってる。
メイドさんがタイミング良く紅茶を用意してくれた。
「あぁ。のんびりしてる暇はないわね。誰か、リリーをエルの家まで送ってくれる?」
「かしこまりました。馬車の手配を致します」
「えっ?……あの、歩いて帰れます」
「だめよ。確実にエルの家に連れて行かなきゃいけないんだから」
『私、付いて行きましょうか?』
「大丈夫だよ。サウスストリートを真っ直ぐだし」
「駄目。エルのことだから、リリーに何かあったら二度と遊ばせてくれないわ。近衛騎士も一人付けましょう」
「かしこまりました」
「そこまでしなくても……」
「嫌なら、離れて護衛させるわ。絶対に、家に帰るまで一人になっちゃだめよ。わかった?リリー」
「……はい」
何を言っても聞いてくれない感じだ。
『ナインシェ。大丈夫だよ。ボクもここからエルの家までの道はわかるから、誰かが付き添ってくれるなら、ちゃんと帰れる』
『なら、任せるわ』
皆、そんなに私のこと迷子だと思ってるの?
マリーが、私の頬をつつく。
「ふふふ。可愛い」
マリーって、エルに似てるよね?幼なじみだから?
言ったら、すごく怒りそうだから言わないけど。
※
メイドさんに送って貰って、エルの家へ。
一緒に行く人は、何とか説得して減らして貰った。私の護衛らしき人たちは少し離れた場所に居る。目に見える場所だけじゃなく、隠れて付いてきてる人も居るよね。
そこまでしなくても良いのに。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。リリーシア様にお供できて光栄でございます」
メイドさんが頭を下げる。
挨拶は終わったけど、誰も帰る様子がない。
『リリーが家に入るまで帰らないんじゃない?』
そこまで、する?
「お世話になりました」
もう一度、頭を下げてから、お店の中に入る。
店に入ると、店番をしていたルイスが顔を上げた。
「おかえり、リリーシア」
「ただいま」
『もう、お店を開いてるんだね』
カウンターへ行って、時計を見る。
「あれ?いつもより早い?」
「鍵を渡すの、忘れてたから」
ルイスが鍵を出す。
「良いの?」
「もちろん。僕とキャロルは、休日は家に居ないんだ。エルもふらふらしてるから、持ってた方が良いよ」
「ありがとう」
大事に仕舞っておこう。
「二人とも、お休みは用事があるの?」
「キャロルは、アリス礼拝堂でシルヴァンドル合唱団の活動をしているんだ。合唱の練習はもちろん、地域の人とボランティア活動なんかもしてるんだよ。僕はいつも王立図書館に勉強しに行ってる」
「王立図書館って?」
「セントラルのイースト側……。お城の近くにあるんだ」
セントラルって、イーストストリートよりも向こうだよね。かなり遠い場所だ。
「古今東西あらゆる知識の宝庫って言われてるよ」
もしかして、リリスの呪いについて書かれた本もある?
「その図書館って、誰でも使えるの?」
「使えるよ。何か調べたいことでもあった?」
「えっと……」
呪いのことは言えないよね。ほかに調べたいことは……。
「花言葉の本とか……」
「どんな花を貰ったの?」
『エルから花を貰ったって、ばればれだね』
「紫のフリージア」
「フリージアの花言葉は、期待。紫なら、憧れだね」
マリーが教えてくれたのと同じだ。
「ラングリオンの人って、そんなに花言葉に詳しいの?」
「日常的に花を贈る習慣があるから、知っておくと気持ちを伝えるのに役立つよ。大切な人への贈り物なら特にね」
気持ちを伝える贈り物。
「エルって、もう帰ってる?」
「上で寝てるよ。リリーシアの荷物も運んであるからね」
「ありがとう。キャロルは?」
「台所に居るよ」
「わかった」
栞の相談をしよう。
※
台所に行くと、キャロルがテーブルに向かって本やノートを広げていた。
「おかえりなさい。リリー」
「ただいま、キャロル」
キッチンの脇にリュヌリアンを置く。
「リリーって、お菓子を作れるのよね?」
「うん。少しぐらいなら」
「私ね、食べたいのがあるの」
キャロルが、ノートに書き写したレシピを私に見せる。チーズタルトだ。
「大丈夫。作ったことあるよ」
「本当?じゃあ、今から材料を買いに行きましょう」
「うん」
「支度してくるわ」
栞は後で聞いてみよう。
「あ、私も部屋を見てきて良い?」
「そうね。荷物がいっぱい届いてたもの。ついでに、エルを起こして来ても良いわよ」
起きるかな?
※
『おかえりなさい、リリー』
『おかえり』
「ただいま」
エルの部屋には、床に荷物がいっぱい積まれてる。私、こんなに買ってもらってたんだ。マリーの家にもたくさんあったのに。
『すごいね……』
「クローゼットに入るかな」
『片付けは後にしなよ。キャロルが待ってる』
『何か用事ですか?』
「うん。キャロルと買い物に行くの」
『そうでしたか』
ベッドでは、エルがぐっすり眠ってる。
なんだか久しぶり。たった一晩だけなのに。
そっか。私、エルと出会ってから、離れて過ごすことなんて少しもないぐらいずっと一緒に居たんだ。たった一晩だけで長い時間会ってなかったみたいに感じるぐらい。
エルの顔にかかった髪を撫でようと手を伸ばしたら、腕を掴まれた。
「おかえり」
いつもより低い声。寝起きの声だ。
腕を引っ張られて、そのままエルの腕の中に入る。
寝ぼけてる?
あまりにも自然な流れで抱きしめられてしまった。あたたかい金色の光に包まれる。
……幸せ。
腕が緩んで、ようやくエルを見上げる。
「ただいま、エル」
エルが私のおでこにキスをして、私のツインテールを撫でる。
「ほどいて良い?」
「えっ……。まだ、だめだよ」
マリーが綺麗に結んでくれたものだ。
「いつなら良い?」
「寝る時なら……」
「じゃあ、今から一緒に寝よう」
「だめだよ」
このまま一緒に居たら、本当に寝てしまう。
ベッドから起き上がる。
「ごめんなさい。起こしちゃって」
エルは、まだ眠そうだよね。
「可愛い」
「えっ?」
「似合うよ」
可愛いって。似合うって。
エルは、いつもそう。
そんなこと言われたら、なんて言って良いかわからない。
「昨日は、一人で寝られたのか?」
「えっと……。マリーの部屋に泊まったから……」
一緒に寝ることになったけど。広いベッドだったし、マリーに抱きついて寝たわけじゃない。
「離してもらっても良い?」
エルが腕を離してくれなきゃ、どこにも行けない。
「なんで?」
「これから、キャロルと買い物に行くの」
きっと、キャロルも待ってるはずだ。
「キスして」
「えっ?」
キス?
どうしよう。
エルの魔力は、いつも通り……。だめだめ、唇なんて駄目。
えっと……。ほっぺにしよう。
エルの頬に唇を付ける。
柔らかい。
顔を上げると、エルの紅の瞳と目が合った。
これじゃ、だめ?
「いってらっしゃい。リリー」
エルが私の指先にキスをして、ようやく離してくれた。
「いってきます」
立ち上がって、部屋を出る。
どうしよう。
まだ、どきどきしてる。
エルは、どうして、こんなにどきどきすることを平気で出来るのかな。
落ち着かない。
階段を下りて、台所に置きっぱなしだったリュヌリアンを背負って、お店に行くと、支度を終えたキャロルが待っていた。
「エル、起きなかったの?」
「起きたけど、まだ眠いみたい」
「そう。……丁度良いわ。エルには内緒で作りましょう」
「内緒?」
「こっそり作って、びっくりさせるの」
エル、食べるのかな……。
「ルイスも、エルには秘密ね」
「わかったよ。気を付けてね」
「うん。いってきます」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
※
キャロルと一緒に、外に出る。
王都で一番大きな市場は、中央広場の北西で開かれる。
ただ、そこまで行かなくても、礼拝堂前の広場でも小さな市場をやっているらしい。
「ここが、アリス礼拝堂よ」
家から一番近い場所にある礼拝堂だ。
大きな建物。
一番上には、大きな鐘がある。あれが、いつも時間を知らせてくれる鐘なんだ。
開け放たれた扉には、墓地で見たような蔦の模様が描かれている。上部には、金色の丸と翼の絵。金色の丸の左右に三枚ずつ、色の違う六枚の羽がついている。
「翼って、死者の神を表してるんだよね?」
「えぇ。翼は死者の神を表してるけど、精霊も表してるって言われてるわ。金色の丸は、月を表しているの」
月の女神と死者の神、そして、精霊への信仰が合わさった場所なんだ。
六枚の羽。色が、精霊の色を表してるとすると……。
左上の黄色の羽が表してるのは、光の精霊だ。
左中央は金色。なんだろう?
左下の紺色は、闇の精霊。
右上の青色は、水の精霊。
右中央も金色。
右下の緑色は、大地の精霊だよね。
縁の深い精霊だったのかな。
でも、金色が表す精霊を私は知らない。私の知らない精霊?それとも、死者の神だけを表してる?死者の神に金色のイメージなんてないけれど。
「ここって、キャロルが合唱団の活動をする場所なんだよね?」
「そうよ。お休みの日は、いつも、ここで歌ってるの」
大きな広場には市場が出てる。
肉や魚、野菜に果物、ミルクやバター等、様々だ。温かいスープも提供されているらしく、良い香りが漂ってる。
「いらっしゃい。あら、キャロルちゃん。今日は、何が欲しいの?」
「新鮮なミルクとバター。それから、美味しいチーズよ」
「いっぱい買ってくれるのね。うちのチーズは、どれも美味しいよ。何に使うんだい」
「お菓子に使うのよ」
「なら、クリームチーズだね」
キャロルが、必要な量を伝えると、お店の人が包んでくれた。
「あなたが噂の子?」
「え?」
「噂って、なぁに?」
「大きな剣を背負った強い女の子が来たって。何でも、ガラハド隊長に勝ったって話じゃないか」
「えっ?そうなの?」
「えっ?ちが……」
「強い女の子って良いねぇ」
「ふふふ。リリーって有名人ね」
「ほら、おまけしておいたよ」
「あ、ありがとうございます」
『まぁ、こんな町中で、いつもリュヌリアンを持ち歩いてたら目立つよね』
だって。ラングリオンは街中で亜精霊が現れるし、決闘もあちこちで起きるし、いつ、どこで戦うことになるかわからないから。
「ついでに、お昼も買って帰りましょう。何か食べたいものはある?」
食べたいもの。
「パン屋さんに連れて行って貰っても良い?」
「わかったわ。ちょっと歩くけど、美味しいパン屋さんがあるの。一緒に行きましょう」
「うん」
※
広場から出て歩いていると、鐘の音が響いた。
丁度、お昼だ。
エル、起きたかな。
『メインストリートはあんなにわかりやすいのに、中道は複雑だね。リリー、一人で帰れる?』
えっと……。
「あのね、キャロル」
「なぁに?」
「エルの家って、あっちだよね?」
「え?」
『そんなわけないだろ』
違うの?
「サウスストリートって、あれじゃないの?」
キャロルが笑う。
「違うわ。あの広い通りは、貝殻通りよ。ほら、ポリーズがある通り。マリーと行ったのよね?」
行ったけど……。
「リリーって、本当に方向音痴なのね」
『どうやったら、南北に走るサウスストリートと、東西に走る貝殻通りを間違えるんだよ』
だって。
「もう少し慣れたら、大丈夫だと思う」
「そうね。この辺りは何度も来るから、すぐに覚えると思うわ」
『どうかな』
覚えるもん。




