061 フリージア
ぐるぐる色んなお店に寄って、ようやく買い物が終わった。
荷物はエルの家に届けて貰うよう手配していたみたいだけど、どれぐらいの量が届くのか、ちょっと想像がつかない。
※
「ここが、パッセのお店よ」
「皆で良く来るお店なんだぁ」
「お酒も料理も美味しい店よ」
ルイスが言ってた通り、堅苦しいお店じゃなさそうだ。外観からも温かい雰囲気を感じる。
お店の中へ。
良い匂い。お客さんはまばらで、まだ混んでないみたいだ。
「いらっしゃい。お嬢さん方。……君が、エルロックの恋人か?」
「えっ?あの……」
「違うわ。私の新しい騎士なの」
「騎士だって?」
「ふふふ。強いんだもんねぇ」
「ガラハドに勝ったらしいわよ」
「えっ」
違うのに。
「あの最強の傭兵に?」
「だから……。その……。勝ったわけじゃなくて」
なんて説明したら良いんだろう。
あんなの、勝負になってないのに。
『自己紹介したら?』
「あ、はじめまして。リリーシアです」
「俺はパッセだ。よろしくな。席は向こうに用意してある」
奥の方にある大きなテーブル席かな。
「まだ、誰も来てないの?」
「もう少し待っててくれ。……お。もう一人、来たみたいだな。いらっしゃい、カミーユ」
振り返ると、お店に入ってきたカミーユさんが私の目の前に来る。
「まさか、リリーシアちゃん?良いねぇ。その服も似合ってるじゃないか」
思わず、マリーの後ろに隠れる。
「ちょっと、カミーユ。リリーが怖がってるじゃない。何かしたの?」
「こんなに可愛いなら、口説かずにはいられないだろ?」
この人、誰でも口説こうとするのかな……。
「あんた、この前、別れたばかりじゃない」
別れたって、恋人と?
「あれぇ?一か月もたなかったのぉ?」
好きな人と長続きしない人なのかな。
「その話は蒸し返すなよ……。ん?」
「どうしたの?」
「いや。良い酒を選んで行くから、先に席に行っててくれ」
「わかったわ」
皆と奥の席に行く。
『オルロワールのお嬢様が歩いてるのに、全然、騒ぎにならないんだね』
『この辺は治安が良いもの』
そうだんだ。
「なんだ。カミーユもまだ来てないのか」
「シャルロ」
赤い髪に銀のモノクル付けた男の人が来た。
「はじめまして、リリーシアです」
「シャルロだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
確か、弁護士さんだよね。落ち着いた雰囲気の人だ。
パッセさんが、テーブルに色とりどりの具が乗ったカナッペを置く。
「さぁ、アミューズを持って来たぜ。料理は、おまかせで良いのか?」
「えぇ。美味しいチーズがあったら、よろしくね」
「了解」
「リリーシアは酒を飲めるのか?」
「えっと、お酒は……」
「なら、オランジュエードにするかい?」
「はい」
「わかった。先に持ってこよう」
「ありがとうございます」
席に着いたシャルロさんが私を見る。
「その服は、誰の趣味だ?」
「今日のお買い物の成果だよぅ」
「リリーって、何でも似合うんだもの」
「リリーシア。訴えたい奴が居るなら、いつでも相談に乗ってやる」
「えっ?」
訴える?
「大人しく黙っていれば、周りは付け上がるだけだぞ」
「失礼ね。私たちが嫌がらせをしてるみたいじゃない」
「違うのか」
もしかして、服のこと?
「あの、これは私が選んだんです。私、可愛いのとか似合わないから……」
「今日のはぁ、ぜーんぶ、リリーに似合うやつだからねぇ?」
「そうよ。いつでも着て頂戴ね」
あんなに可愛い服ばっかりなのに?
「どうぞ」
戻ってきたパッセさんがエードとグラスを置いていく。忙しそうだ。
「早くエルに見せてあげたいわね」
『エルなら来てるわよ』
「え?」
「来てるの?」
『カウンターの裏に居たじゃない』
「呼んで来るわ」
「私も行く」
「リリーは待ってて」
「おい。マリー」
「何?」
「いつから、お前の精霊はリリーシアと話せるようになったんだ」
あ……。
『また、ばれたね』
「リリーって、精霊みたいな子なのよ」
「どういう意味だ」
「精霊が見えて、お喋りも自由に出来るんだってぇ」
「それに、魔法も効かないのよ」
マリーが魔法を使ったけど、魔法の光はすぐに消えてしまった。
「こんな感じよ。じゃあ、エルを呼んで来るわね」
そう言って、マリーが向こうに行く。
「はい、どうぞぉ」
ユリアが私のグラスにエードを注ぐ。
「ありがとう」
「リリーってぇ、特定の魔法が効かないのぉ?それとも……」
「私、魔力がないの。だから、魔法も使えないし、精霊とは全然違うよ」
「そこまで極端に魔力がない人も珍しいわね。困ることってないの?」
困ること……?
『魔法が使えないことぐらいじゃない?』
「でも、魔法を使える人の方が珍しいよね?」
「そうね。変な魔法をかけられることがない分、得なのかしら」
「あ、うん。ほとんどの魔法は効かないと思う。精霊みたいに強いのじゃなかったら大丈夫」
「グラシアルには、そういう奴が多いのか?」
「それは……」
なんて説明したら良いんだろう。
「魔力量なんて人によって違うわ。エルみたいに馬鹿みたいなのも居るんだもの。少ない人が居たって不思議じゃないでしょう」
「そうだねぇ。こっちと向こうじゃ、国も文化も違うしぃ。……あ、来たぁ」
マリーがエルとカミーユさんを連れて来た。
カミーユさん。もしかして、エルに気づいてたのかな。背が高いから、カウンターの裏が見えてそうだよね。
「ようやくお披露目ね」
マリーが私をエルの前まで引っ張っていく。
「どう?ゲストに相応しい素敵な服装でしょ?」
「どこが?」
エルが眉をひそめる。
……だめだったらしい。
マリーが私の肩をポンポンとたたく。
「かっこいいでしょう?リリーが一番気に入ったのが、これだったのよ。他のは、サイズを直して届けてもらうわ」
どうしよう。似合うかどうかはともかく、可愛い服にするべきだった?でも……。
「変……。かな」
私には可愛い服なんて……。
「可愛いよ」
可愛い?
エルが私の髪に触れる。
何か付けた?髪飾りにしては柔らかい感触……。
『紫のフリージアよ』
「ありがとう。エル」
嬉しい……。好きな人から花をもらえるなんて。
「さぁ、座って」
マリーに手を引かれて、席に着く。
「ほら、お前も座れ」
エルは、私の向かいだ。
皆のグラスにお酒が注がれる。あれは、シェリーだ。
「グラシアルからのお客様に。新しい仲間に、乾杯」
「乾杯」
マリーのかけ声に合わせて、皆と軽くグラスを合わせる。私は、さっきもらったオランジュエードだ。
「美味しいわ」
「エルが仕入れて来たみたいね」
「シェリーの本場はグラシアルだったかしら」
「うん。南グラシアルで有名なお酒だよ。同じ香りで、アルコールがないのもあるんだ」
「そうなの。お酒は苦手だった?」
「ちゃんと飲んだことがなくて……」
「なら、無理に飲まない方が良いわね」
「気分が悪くなったら言ってねぇ?」
「ありがとう」
「今夜は、マリーの家に泊まるの?」
「ここから帰るのは大変だもの。連れて行くわ」
「そっかぁ。私、今日は、ちょっとだめなんだよねぇ」
「私も。明日は早いのよね」
「二人とも駄目なの?残念ね。リリーは、大丈夫よね?」
「えっと……。エルに聞いても良い?」
確認した方が良いよね。
「ねぇ、エル。今日は、リリーを借りても良いでしょう?」
シャルロさんたちと話していたエルが、こっちを見る。
「一人にするなよ」
「わかってるわよ。目を離せない子だって」
「どういうことぉ?」
「すぐ迷子になっちゃうのよ」
「そんなことないよ」
『なんで、否定するのさ』
だって。
迷子じゃないもん。
「リリー。北がどっちか言ってみろ」
「えっ?えっと……」
王都では、お城がある方が北だから……。
北の方角を指で指すと、何故か皆が笑い出した。
『どうせ間違えるんだから、大人しく言うことを聞いてなよ』
私、間違えたの?
……そんなに笑わなくても良いのに。
「ちゃんと、エルの家の場所は覚えてるよ」
「あそこは分かりやすいよな」
「何言ってるのよ。この前、サウスストリートを北に進もうとしたでしょう」
「それは、お店から出たばっかりだったから、間違えちゃっただけで……」
お城の方角とか、考えずに進んじゃっただけなのに。
だから、ちゃんと落ち着いて考えたら、わかるはず。
「エルの家の周りには、良い店が色々あるんだぜ。特に、カフワ通りには美味いコーヒーを出す店が……」
「残念ね。リリーは紅茶派なのよ」
「そういや、ポリーズはグラシアルの店だったか」
「ちょっと失礼」
パッセさんだ。
大皿に盛られた良い匂いのする料理が、テーブルいっぱいに並ぶ。ローストビーフが乗った豪華なサラダと……。これは、テリーヌかな?マリーがリクエストしたチーズも色んなのがある。どれも美味しそうだ。
それから、見たことのない食べ物。パイが使われた料理?
「この、ケーキみたいなのって何?」
「キッシュよ」
「作り方は菓子と似たようなもんだ」
「そうなの?でも、パイだものね。同じなのかしら」
「作り方も知らないのかよ」
「マリーは少し、料理を習った方がいいんじゃないか」
「失礼ね。料理なんて、一生出来なくても平気よ」
「キッシュの説明ぐらい出来なくてどうする」
「美味しければ何でも良いじゃない。テリーヌに使われてる魚がサルモってことぐらいわかるわよ」
「ふふふ。これ、美味しいねぇ」
セリーヌが、キッシュを私のお皿にも取り分けてくれた。
「じゃあ、甘くないパイを指すの?」
「そんな感じね。食事として食べられるものよ」
「そうなんだ」
お菓子に近いなら私にも作れるかもしれない。今度、キャロルに聞いてみよう。
「そういえば、リリーに菓子を作ってもらう約束だったな」
「えっ?」
「リリーってぇ、お菓子が得意なのぉ?」
「得意ってわけじゃ……」
「私、リリーが作ったお菓子、食べてみたいわ」
「私もぉ」
「何言ってるんだよ。俺が先に頼んだんだ」
「えぇっ」
「え?」
「えっ」
「は?」
「お前、いつから甘いものが食えるようになったんだよ」
「うるさいな」
「リリー。今度、砂糖の塊をエルの口に入れてみて」
「だっ、だめだよ、そんなの」
今まで食べた甘いお菓子、全部、だめだったのに。砂糖なんて食べたら死んじゃうかもしれない。
「そろそろ違うのを持ってくるか。リリーシアちゃんは、オランジュエードで良いかい」
「はい」
パッセさんが忙しいから、自分でお酒を取りに行ったのかな?
カミーユさん。こういう気づかいが出来る人なのに、どうして、いきなり手を握ってきたりなんかしたんだろう。
※
たくさん食べて飲んでお喋りをして。
皆でお店を出る。
今、何時なんだろう。こんな夜遅くまで外のお店で過ごすなんて、はじめて。
「楽しめたか?」
「うん」
エルは少し酔っ払てるみたいだ。
バンクスで見た時と同じ。ちょっと、特別な感じがするエル。
その後ろに月が輝く。
「月が綺麗だね」
高い場所で輝く月。
「月の女神は乙女の味方なんだよ」
「味方?」
「願いを叶えてくれるんだ」
「願いって……」
「あぁ、もう、本っ当に、だらしないんだから」
前方で、セリーヌが怒ってる。
カミーユさんは、一人で歩けないぐらい酔っ払ってしまったらしい。
「明日も仕事だって解ってる?午後の会議の資料、出来てるんでしょうね」
「できてるって」
「忘れないでよ。はい、シャルロ。後は任せたわ」
今度は、シャルロさんがカミーユさんの肩を持つ。
「マリーの家に行くんじゃないのか」
「お泊り会は、また今度ね。ユリア、帰りましょう」
「うん。皆ぁ、また遊ぼうねぇ」
「またね」
「うん。またね」
「気を付けてね」
道の先は暗い。街灯の明かりも少ない気がする。
「歩いて帰るの?二人とも、護衛がなくて大丈夫?」
「魔法使いに喧嘩売るような奴なんて、そうそう居ない」
「そっか」
二人ともそんなに酔ってないし、大丈夫なのかな。
「さっきの話の続きを教えて」
願いを叶えてくれるお話?
エルが物語に興味を持ってくれるなんて。
「えっと……。蛙姫の話は知ってる?」
「知らない。蛙のお姫様の話なのか?」
「そう。悪魔の呪いで、蛙になってしまったお姫様のお話だよ」
悪魔の呪い。……物語にも良く出てくるテーマだ。
「どんな話なんだ?」
「呪いで蛙にされたお姫様はね、月の女神に助けを求めるの。女神は、自分の力が最も満ちる満月の夜、愛する人から口づけを貰えたら呪いを解いてあげるって約束してくれたんだ」
月の女神との約束。
どんなに強い呪いでも、神さまなら簡単に解けるのかもしれない。
「言葉も喋れないし姿も変わってしまったお姫様は、愛する王子様の元に辿り着くんだけど、全然気付いて貰えなくて。でも、王子様は、突然消えてしまったお姫様を探してて……。とうとう満月の日が来てしまったの。夜明けが近づいてきた時、王子様は、ようやくずっと傍に居た蛙がお姫様だって気づいて、愛する人の口づけで、無事に呪いが解けたんだ」
要点をまとめると、こんな感じだったと思う。
二人が一緒に行動しながら絆を深めていくのが面白いから、是非、読んでほしいんだけどな。
「試してみるか」
「え?」
試すって、何を?
腕を引かれてエルを見上げると、キスをされた。
呪いが……。
「エル、」
倒れそうになったエルを慌てて支える。
「大丈夫?」
エルが私の肩に頭を乗せる。
どうしよう。私、またエルの魔力を奪ったんだ。
「平気。飲み過ぎて酔ってるだけ」
本当に?
私も、月の女神にお願い出来たら良いのに。呪いが解けますようにって。
……無理だよね。
「もう、やめよう?」
顔を上げたエルがそっと私の髪に触れて、紫の花を手にする。
フリージア。私の頭に飾ってくれた花だ。
エルが花にキスをして、私の唇に紫のフリージアを付ける。
「好きだよ。リリー」
「エル……」
綺麗な紅の瞳。その瞳で見つめられたら動けなくなっちゃう。
好きな人に見つめられることがどれだけ嬉しいか……。
「受け取って」
エルから花を受け取る。
その言葉が、花を贈られることが、どれだけ嬉しいか伝えられたら良いのに。
「エル!リリー!」
マリーだ。かなり離れてしまったらしい。
急いで追いつかなきゃ。
「走れるか?」
「うん」
花を大事に持って、エルに手を引かれながら走る。
「ごめんね、マリー」
「急がせてごめんなさいね。私の家は、こっちなの」
「わかった」
分かれ道。
エルはシャルロさんの家に行くから、今日は、もう一緒に居られない。
「送っていくか?」
「結構よ。酔っ払いなんかより、よっぽどリリーの方が頼りがいがあるわ」
大丈夫。武器もあるし、ちゃんと、マリーを守れると思う。
「明日は?」
「心配しなくても、誰かにエルの家まで送らせるわ」
「ん」
マリーの家ってどこかな。
サウスストリートまでの道を教われば、帰れそうかな?
「おやすみ。リリー」
エルが私の手の甲にキスをした。
……王子様みたい。
「おやすみなさい、エル」
「じゃあ、またね」
マリーと手を繋いで、誰も居ない道を歩く。
ちょっと寂しい。
「告白でもされた?」
「えっ?」
マリーが笑う。
「紫のフリージアの花言葉は、憧れ。……でも、この場合は、期待かしら」
「期待?」
「フリージアの花言葉よ。エルは花言葉なんて詳しくなさそうだけど。エルがリリーへのプレゼントを花屋に相談したなら、きっと、エルの気持ちを表した花を選んでくれてると思うわ」
憧れと期待。
それが、エルの気持ち?
そんな言葉を貰って良いのかな。私……。




