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059 心を込めた願い

 ウエストには、賑わう通りがたくさんあるらしい。

 マリーと一緒に、待ち合わせの場所へ行く。

「セリーヌ、ユリア。遅くなってごめんなさい」

「大丈夫よ。そんなに待ってないから」

「大丈夫ぅ。さっき、屋台で買ったカヌレ食べてたからぁ」

 広い通りには、屋台やドリンクワゴン、それに、ベンチやテーブルがたくさん並んでる。

「リリーシアちゃん、大丈夫?何かあったのぉ?」

 ユリアさんが、私の顔を覗き込む。

 まだ、泣いた跡が残ってたかな。

「エルが泣かせたのよ」

「えっ。違うよ。そうじゃなくって……」

「もう。あいつが関わると、ろくなことがないわ」

『リリーのせいで、エルがどんどん悪者になってるよ』

「エルは、悪くないの」

 私が駄目なだけだ。

「ごめんなさいね。最初から気分の悪い話をしてしまって。まずは、自己紹介から始めましょうか。私は、セリーヌ。王都の錬金術研究所で働いてるのよ」

「はじめまして、セリーヌさん。リリーシアです」

「セリーヌで良いわ」

「私も、ユリアで良いからねぇ」

「じゃあ、私もリリーって呼んで下さい」

「わかったわ。よろしくね、リリー。ついでに、敬語も必要ないわ」

「堅苦しいのは、なしにしよぉねぇ」

 良いのかな。エルの同期ってことは、皆、私よりも年上のはずだ。

「お昼は、フェリーチェで良い?丁度、空いてきたみたいよ」

「そうね。リリー、パスタは好き?」

「はい」

「じゃあ、行こっかぁ」

 

 ※

 

 レストラン、フェリーチェ。

 お店に入ると、すぐにテラス席に案内された。メニューを見て、パスタとドリンクを注文する。

 良い天気。

 通りに出てるテーブルと椅子が多いなって思ってたけど、お店の一部だったんだ。

 でも、あっちでは屋台の食べ物を食べてるよね?良いのかな?

「どうしたの?」

「ラングリオンって、テラス席が多いなって」

 どこへ行っても、テラス席に案内されてる気がする。

「外で食べた方が気持ち良いからねぇ」

「そうね」

「どこまでがお店のテーブルなの?」

「全部、お店のよ」

「ここって、屋台の食べ物を持ち込んでも良いの?」

「この辺から外は自由に使えるわね」

 この辺?

『何の目印もないけど』

「テラス席は公共施設みたいなものだから。割とルーズに使ってるわね」

 明確な決まりはないのかな?

『慣れるしかないね』

「グラシアルには、こういう場所はないの?」

「テラス席は、そんなにないよ。外で食べるのなんて、ピクニックの時ぐらい?」

『それ、リリーの基準で話して良いの?』

 お城と外は違うけど……。

「城下街もグラシアル大街道も、外で食べられるお店なんて全然なかったと思う。屋台の食べ物も公園のベンチで食べてたし。……あ、ポルトペスタのポリーズにはテラス席があったよ」

「そうなんだぁ」

「向こうは雪が降るからじゃない?」

「そういえば、かなり寒冷な地域なのよね」

「春でも寒いのぉ?」

 城の中は温暖だけど、外は違う。

「えっと……。平地は涼しくて過ごしやすかったと思う。山の方に行くと、今の季節でも雪がたくさんあって、雪の精霊もたくさん居たよ」

「雪の精霊?」

「氷の精霊の亜種でぇ、寒冷な場所を好む精霊だよねぇ」

「うん。真っ白で、すごく綺麗な精霊なんだ」

「素敵ね。会ってみたいわ」

「こっちには、雪の精霊も氷の精霊も居ないものね」

「あ、でも、炎の精霊は、グラシアルでは見かけなかったよ。魔法使いの人が連れてるぐらい」

「そうなんだぁ。面白いねぇ」

「お待たせ致しました」

 料理が運ばれて来た。

 ユリアは、リガトーニカルボナーラ。マリーは、ファルファッレのトマトサラダ。セリーヌは、ペンネジェノベーゼ。

 私は、スパゲッティーニレモンソースだ。

「いただきます」

 皆で声を揃えて、パスタを食べる。

 美味しい。

 爽やかなレモンとコクのあるバターの香りが食欲をそそる。

『っていうかさ。この人たちって、リリーが見えてること知ってるの?』

『知ってるわ。マリーが話したもの』

 また、ばれちゃった。

『ばらさないでって言ったのに』

『研究所の皆なら、平気よ』

『研究所の人、全員にばれたんだ』

『でも、リリーって、セリーヌとユリアが契約してる精霊の声は聞こえないの?』

『聞こえないよ』

「会ったことのない精霊の声は聞こえないよ。人間と契約してる精霊は、紹介されないと聞こえないの」

『そうなの』

『だから、リリーにばれたくないなら、契約者から出てこないことだね』

 二人が魔法使いだってことは、わかるんだけど。どんな精霊と一緒に居るかまでは、わからない。

「今って、精霊と話してるのよね?」

「リリーは、ナインシェと話してるのよ」

「精霊と自由にお喋り出来るなんてぇ、楽しそうだよねぇ」

 見えたり聞こえたりする人って、本当に、外には居ないんだ。

「でも、エルからは、好意的な精霊ばかりじゃないから、気をつけた方が良いって言われてて……」

「そうね。都市に居る精霊なら、人間にも慣れていて好意的な精霊も多いでしょうけど。外では気をつけた方が良いかもしれないわ」

『そうじゃなくても、知らない精霊にふらふら付いていくんだから。気をつけなよ』

 そんなことないもん。

「長旅だったんでしょう?ちゃんと、ご飯は食べてたの?」

「うん。どこも、美味しいものばっかりだったよ」

「グラシアルって、ラングリオンからどれぐらいかかるんだっけぇ?」

「北方大陸航路で繋がっているけれど、かなり遠いのよね」

「えっと……。エルと会ったのはポアソンの十九日で……。それから、ペルラ港で船に乗って。ラングリオンの港に着いたのが、ベリエの八日かな?」

「半月以上、旅してきたのね」

「どっちが誘ったの?」

「私が、一緒に連れて行って欲しいってお願いしたの。私、旅をするのは初めてで、何も知らなかったから」

「エルって、頼りになるの?」

「すごく頼りになるよ。何でも出来て。私、本当に何も知らなくて……。エルに迷惑ばっかりかけちゃった」

 旅に必要な知識はもちろん、世界の常識も何もかも全然わかってなかった。そして、そんな私をエルはずっと守ってくれていた。

 マリーが私の背中を撫でる。

「誰だって、はじめは何も知らないものよ。わからないことは、これから学んでいけば良いだけ。困ったことがあったら、いつでも私たちが力になるわ」

「そうだよぉ」

「そうよ。遠い国から来たなら、余計にこの国の文化には慣れていないでしょう。気にせず、何でも聞いてね」

 マリーも、ユリアもセリーヌも、すごく優しい。

 皆、エルのことを悪く言ってるように見えて、エルのことが大事だから、私にも優しくしてくれるんだよね。

「ありがとう。皆」

 マリーが、私の頬を指で突く。

「ようやく、笑ってくれたわね」

「ふふふ。可愛いねぇ」

 自分の顔に触る。

 私、そんなに緊張してたのかな。

『多少は緊張してたんじゃない?』

 緊張してたんだ。

「今日は、エルの話を聞きたいんだったわね。どんな話にしようかしら」

「カミーユとシャルロの三人で悪さばっかりしてた覚えしかないわ」

「花火は綺麗だったよねぇ」

「花火?」

「三人で勝手に花火を作って打ち上げたのよ」

『花火なんて、簡単に作れるの?』

「一応ぉ、三人がやった証拠はないんだけどねぇ」

『誰かが材料集めを手伝ったらしいわ』

「あんなことするのは、あの三人だけよ」

 悪さって。かなり危ないことしてたのかな。

「三人は、ずっと仲が良いの?」

「エルが来た直後はぁ、そうじゃなかったよぉ」

「エルって、無口で、誰とも話さない感じの子だったから」

『エルが無口?』

 ちょっと意外。

 あんなに知り合いが多くて、どんな人とでも堂々と話せる人なのに。

「カミーユなんて、来たばかりのエルと殴り合いの喧嘩してたのよ」

「えっ」

「シャルロも意地悪して、中等部の問題をやらせてたわね」

「中等部って……」

「養成所は、初等部二年、中等部二年、高等部二年なのよ」

「シャルロが持ってきたのは、中等部一年のテストでぇ、初等部の一年には、すーっごく難しかったと思うのぉ」

「確か、先生の話を一切聞かずに、丸一日かけて解いてたわね」

「解いたんだ……」

『流石、天才って言われるだけあるね』

「そろそろ、デザートを選びましょうか」

「フェリーチェと言えば、ショコラプリンだねぇ」

「良いわね」

 ショコラは、チョコレートのことだよね。

「リリー、食べられる?」

「うん」

「じゃあ、頼みましょう」

 テーブルのベルを鳴らすと、店員さんが注文を取りに来た。マリーが紅茶とボネを注文している。ボネっていうのが、ショコラプリンの名前らしい。

 注文を受けた店員さんが空いた皿を片付けていった。

「午前中はぁ、マリーと何処に行ってたのぉ?」

「三番隊の宿舎に……」

「三番隊?何かトラブルに巻き込まれたの?」

「大丈夫だったぁ?」

『心配されてるね』

 もしかして、私が黒髪だから?

「違うよ。少し体を動かしたくて、稽古をお願いしたの」

「そうだったの」

「リリーって、強い剣士なのよ。三番隊の隊員に稽古を付けて、ガラハドにも勝ってたわ」

「えっ?ちが……」

「えぇ?ガラハドに勝ったのぉ?」

「すごいわね」

「違うの。稽古を付けてもらったのは私で、その……。引き分けたっていうか……」

「ふふふ。強いんだねぇ」

『あんなの、反則だからね』

『相手を動けなくしたんだもの。勝ちに違いないわ』

「その後、フラーダリーのお墓参りに行ってきたのよ」

「フラーダリーの?」

「フラーダリーのこと、聞いたの?」

「うん。エルの大切な人だって」

「そう。それで、涙の跡があったのね」

 結構、泣いちゃったよね。

「もう、二年も前の話よ。あっという間だわ」

「そうだねぇ……。戦争も、終わったもんねぇ」

 フラーダリーが亡くなったのは、二年前の国境戦争。

「エルが勝手に国境ラインを約束させたから、少し面倒なことになったけれど」

「んー。あんまり蒸し返す話じゃないと思うけどぉ」

「良く無事に話がまとまったと思うわ」

「何かあったの?」

「戦争の事後処理がね。ローレライ川が国境になるってことは、川向こうにあったラングリオンの土地がセルメアの領地に組み込まれるってことだもの。揉めたって聞いてるわ」

 国境戦争は歴史学で勉強した。

 元々、どちらの国も川向こうに領地があって、ローレライ川周辺は国境ラインが複雑な場所だったらしい。今のラングリオンにはセルメアの土地があったし、ラングリオンもそうだった。国境ラインを巡る度重なる小競り合いや両国の不満が募った結果、大きな戦争に発展してしまったと言われている。

「でも、陛下は、すべてお許しになった。エルの案に乗って、セルメアと交渉なさったのよ」

 両国は、ローレライ川を国境とし、お互いに川向こうは不可侵とすることに合意した。話し合いによって戦争を終わらせたこの合意は歴史的にも評価されてる。以降、両国の間で軍事的な衝突は起きていない。

「ちょーっと、難しい話になっちゃったねぇ」

「どれも、二年前に終わった話よ」

 終わったのは戦争だけだ。エルは、まだ……。

「お待たせ致しました。ボネでございます」

 チョコレートのプリンだ。美味しそう。さっそく食べてみよう。スプーンでプリンをすくう。

「わぁ……。美味しい」

 濃厚で香りが良い。食感も不思議。

 思ったよりも大人の味だ。

「それで、どっちが告白したの?」

「えっ?告白?」

「エルがしたのよね?」

「あの……」

「キスはされた?」

「えっと……」

「どこにされたの?」

 質問攻めだ。

 手を出して、手の甲を指さす。

「それだけ?」

『それだけじゃないだろ』

 言わなきゃだめ?

「手のひらとか、手首とか……」

「手のひら?」

「それ、本当?」

 三人が顔を見合わせてる。

「エルって、意味わかってるのかしら」

「わかってるんじゃないかなぁ?」

「ユリア、教えたの?」

「ふふふ。エルって、教えたこと、ちゃあんと覚えてるタイプだよねぇ」

「じゃあ、意味わかってやってるのね」

「意外だわ」

「結構、ロマンチックなところがあるのね」

『ねぇ。さっきから、何の話してるの?』

『キスの場所には意味があるのよ』

「そうなの?」

『グラシアルではないの?』

『さぁ?少なくとも、ボクらは聞いたことないよ』

「どういう意味なの?」

「言っても良いのかしら」

「どうせ、調べたらわかることよ」

 調べられるんだ。

「手の甲はぁ、敬愛って意味だよぉ」

「挨拶みたいなものね」

「手のひらは?」

「恋人にしかしないわ」

「そうなの?」

 手の甲と手のひらで、そんなに意味が違うなんて。

「手のひらは、懇願。心を込めた願いなんだよぉ」

「プロポーズの時にキスする場所なのよ」

「え……?」

 そんなに情熱的な意味がある場所なの?

 手のひらが?

 だって、エルは、そんなこと一言も……。

「手首の意味は、欲望。あなたが欲しいって意味だねぇ」

 エルが初めて手にキスしてくれたのは、あの夜だ。エルに好きって伝えた日。

―手なら、キスして良い?

 私、全然、知らなかった。

 エルが、こんな風に返事をしてくれてたなんて。

「エルは、リリーのことが大好きなんだねぇ」

「見てればわかるわ。リリーがエルにとって大切な相手なんだって」

「そうね。リリーと居るエルって、楽しそうだもの」

 エル……。

 

 ※

 

 のんびりランチを食べた後は、お買い物へ。マリーが私の服を買ってくれるらしい。

 

「わぁ。可愛いねぇ」

「これ、着られるの?すごく可愛いわ。少し髪型も変えましょうか」

「色は、明るい方が良いわね。ピンクにするか、オレンジにするか……」

「これはどぉ?袖のフリルが可愛いよぉ。似合うんじゃないかなぁ」

「タイツは、どっちが良いかしら」

「こっちの方が着回しがきいて便利そうよ」

「あ。それってぇ、この青い服にも合うんじゃないかなぁ」

「なら、これね」

『なんか、どっかで見たような光景だね……』

 それは、私も思ってた。

「エルと同じなんだと思う」

『ラングリオンの人って、こんなに服を選ぶのが好きなの?』

『リリーって、やり甲斐があるわ』

『やり甲斐?』

『どんな服でもいけそうな感じよ』

「私、可愛い服なんて似合わないよ。それに、背だって低いし……」

「何言ってるのよ。可愛い服を着て、エルを驚かせましょう」

「えっ?」

「さぁ、着替えて」

「待って、私、こんな服、似合わな……」

「気分じゃないなら、次の店に行きましょうか。……今、選んだのは、サイズを直して、エルの家に届けておいて貰える?」

「かしこまりました」

『買い物って、この店で終わらないの?』

『何軒か回る予定よ』

 これが、まだ続くの?

 

 二軒目に行って、同じようにサイズを測って買い物をして。

 三軒目のお店へ。

 一体、どれぐらい買うつもりなんだろう。私、こんなに服なんて要らないよね……?

「あら、いらっしゃい」

「こんにちは。この子の服を探しに来たの。リリー。気になるのはある?」

「ここは、パンツスタイルの服が多いお店だよぅ」

 本当だ。今までのと雰囲気が違う。

 あ……。

「これ、かっこ良い」

『かっこ良いって。また、そんなの選ぶんだからさ』

「動きやすそうだし」

「そう……。そんなに、それが気に入ったのね。じゃあ、この服を着ていくことにしましょうか」

「着替えるの?」

「リリーのものを買うって約束してるんだもの。ちゃんと、お披露目しなくっちゃ」

 お披露目?

 

 店員さんに手伝って貰いながら、着替えを終える。

 造りを知ってないと、ちょっと複雑な服だった。でも、見た目はすごくかっこ良いし、動きやすい。

「着替えたよ」

 リュヌリアンを背負って、皆の前に行く。

「素敵よ、リリー」

「かっこ良いねぇ」

「すごいわ。ちゃんと着こなしてる」

 褒められちゃった。

『女の子に着せるのはどうかと思うわ』

「え?」

『どういう意味?』

「それはね、ラングリオンでは主に男性が着る服なのよ」

「そうなの?」

『ここって、女性向けの服を置いてる店じゃないの?』

『女性向けのものよ』

「でもでもぉ。今はぁ、女の子の騎士だって珍しくないよぅ?」

「騎士?」

「それ、ラングリオンの騎士風に作られた服なのよ」

『あー。確かに』

 鏡の中の自分を見る。

 本当だ。

 確かに、騎士物語の挿絵に出てくるような雰囲気の服だ。

「可愛い服にするつもりだったけど、その服も似合うから困っちゃうわ。……エルがなんて言うか、楽しみね」

『エルは、可愛い服の方が喜ぶと思うよ』

 ……そうかな。

「さ。次のお店に行きましょうか」

「え?」

『まだ買うの?』

「生活に必要なものは何もないって聞いてるわ。小物も揃えなくちゃね。もしかして、クローゼットやドレッサーも必要かしら?だったら、家具も……」

「あのっ、そういうのは、大丈夫。そんなに買ってもらうわけには……」

「エルからは、何でも買って良いって言われてるわ」

『そうだっけ?』

「あの、家具はあるし、困ってないよ」

「でも……」

「マリー。一度に何でも選ぶのは無理があるんじゃない?」

「もうちょっとぉ、王都に慣れてきてからでも良いかもねぇ」

「うん」

 ありがとう。セリーヌ、ユリア。

「そう。……じゃあ、小物を見に行きましょうか」

『行くんだ』

『ふふふ。楽しいわね』

 楽しいんだ。

 私も楽しいけど、本当に、こんなにいっぱい買ってもらって良いのかな。

 


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