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057 白百合

「リリーは、エルについて、どれぐらい知ってるの?」

「えっと……。砂漠の出身で……」

「それ、エルが言ったの?」

「そうだけど……。違うの?」

「いいえ。合ってるわ。詳しい街の名前は知っている?」

『知らないよね』

 首を振る。

「そう。それで、他には?」

「ラングリオンには留学生として来たんだよね?お世話をしてくれた人が居て……。養成所で勉強して、卒業して市民権を得た。でも、研究所に入らなかったから、学費の返納の為に魔法部隊に所属して……。それから、冒険者をやりながら薬屋をやってる。あ、薬屋を始めたのは、ルイスとキャロルを引き取った後だっけ」

 断片的に聞いたことをまとめると、こんな感じだよね。

『リリー。すごいわ』

「エルも、良く、そこまで話したわね……」

「どういうこと?」

「エルが砂漠の出身だって知ってる人、そんなに居ないと思うわ」

「そうなの?」

「そうよ。留学生だけど、どこから来たのかなんて誰も知らないもの。エルって、自分のこと、あまり話したくなさそうだったから。出身なんて、カミーユとシャルロぐらいしか知らないんじゃないかしら」

『そんなに秘密にしてる感じじゃなかったよね』

 普通に話してたと思う?

「リリーが話してることって、全部正解よ。私より詳しいんじゃないかしら」

「そんなことないよ。私、エルの家族の話も全然知らないし、二年前に何があったとか、黄昏の魔法使いのこととか、エルの大切な人のことだって、何も……」

「黄昏の魔法使いの話もエルがしたの?」

「してないよ。旅の途中で聞いたの。ラングリオンの英雄で、セルメアの悪魔だって。でも、エルは、そんな人いないって言うし……。冒険者の間では、エルは黄昏の魔法使いって呼ばれてるって言うし……」

『エルは、その名で呼ばれたくないでしょうね』

 やっぱり、呼ばれたくないんだ。

「そうね。まず、エルは孤児だったのよ」

「孤児?じゃあ、エルの家族は砂漠に居ないの?」

「わからないわ。離散したのかもしれないし、亡くなったのかもしれない」

「どういうこと?」

「これから話すことは、ごく僅かな人しか知らない話よ。私も断片的に聞いただけのことだから、どこまで正確に話せるかわからない。だから、あまり口外しないで欲しい話なの。それでも良い?」

「ルイスとキャロルにも秘密ってこと?」

「そうよ」

『そんなにやばい話なの?』

『エルは、昔のことを知られたくないのよ』

 エルが話したくない過去。

『聞こう。リリー』

「うん。わかった。教えて、マリー」

 マリーが頷く。

「エルは、クロライーナ出身なのよ」

「クロライーナ?」

『クロライーナだって?』

 あれ?どこかで聞いたことある……。

『精霊戦争があった場所だ』

「え?精霊戦争の場所?」

「そうよ。争いを嫌うはずの精霊同士が戦い、消滅した都市。未だに、何が起こったのか解明されていない場所ね」

 

 クロライーナ。

 かつて、ラングリオンの東に広がるオリエンス砂漠にあったオアシス都市だ。商人なら必ず寄ると言われるほど商業が盛んで、砂漠の中でも大きく豊かな都市として知られていたらしい。

 けど、その都市は一夜にして消滅した。

 その原因とされるのが精霊戦争だ。

 自然の安定を大切にし、争うことなどないとされてきた精霊たちが、攻撃的な魔法を行使した形跡が色濃く残る世にも珍しい場所。

 それが、クロライーナ。

 

 エルが、その都市の出身?

「精霊戦争が起こった時、逃げ延びた人も居るって聞いてるわ。エルも、その一人。でも、エルの状況は特殊だったみたいね」

「特殊って?」

「エルは、精霊戦争後にクロライーナで見つかったらしいの」

「え?」

『精霊戦争を生き延びたってこと?』

『……』

「嘘。生き残った人なんて居ないって。跡形もなく消えたって聞いたよ」

「世間ではそう言われてる。私も、学生時代の研修でクロライーナの跡地に行ったことがあるけれど……」

『それ、エルも行ったの?』

『エルは、行ってないわ』

『行かなかったわよぅ』

「エルが家族を失くした場所なのよ。先生も咎めなかったわ。でも……。正直、あれだけ精霊の魔法の痕跡が色濃く残る場所で生き残った人が居るなんて聞いても、信じられないわ」

「そんなに怖い場所なの?」

『恐ろしい場所よ。戦争からかなり経ってるはずなのに、今でも精霊の悲鳴が聞こえてくる場所だった』

 精霊が、たくさん死んだ場所でもあるんだよね。

「でも、エルは生き残っていた。そのせいか、一部ではクロライーナの奇跡って呼ばれてたみたい」

「クロライーナの奇跡?」

『なんで、エルは生き残れたの?』

『わからないわ。エルも子供の頃の話だし、きっと、思い出したくないぐらい怖いことがあったのかも』

「精霊同士の争いに巻き込まれたのよ。無理もないわ。エルは近隣の都市で保護されたのだけど。これからお墓参りに行く人が、エルの後見人となって、エルをラングリオンに連れて来たのよ」

「後見人?じゃあ、エルの大切な人って……」

「要は、ラングリオンでのエルの保護者ね。はじめは、親子みたいな関係だったのよ」

 そうだったんだ。

―留学生には、後見人が必要なんだよ。

 そして、エルの後継人は……。

―今は、居ない。

 エルは、言いたくないことは、すぐにはぐらかすけど。嘘は一つも吐いてない。

 

「花屋に着いたわ」

 花がたくさん並ぶ店先に妖精が飛んでる。

 可愛い。

『リリー。あんまり、じろじろ見ないでよ』

 わかってるもん。

 

 マリーと一緒に、お店の中へ。

 店の中にも妖精がいっぱいだ。

「いらっしゃい。マリー。そちらは?」

「エルの彼女よ」

「えっ?彼女じゃ……」

「エルが連れて歩いてた子ね。はじめまして。フローラよ」

「はじめまして。リリーシアです」

「ふふふ。可愛い子。お近づきの印よ」

 スズランだ。

「ありがとうございます。フローラさん」

「フローラで良いわ」

「はい。フローラ」

「ありがとう。それで、今日は、どんな花を探しているの?」

「白百合の花束よ。お墓参りに行くの」

「わかったわ。ちょっと待っててね」

『ラングリオンでは、白百合を墓に添えるの?』

『……場合によるわ』

 普通は添えないってこと?

 私の持っているスズランに花の妖精が近づいて来た。

『あなたに幸運がありますように』

 優しい。花屋さんに居る妖精って、こんな風に幸せをお祈りしてくれるんだ。

「ありがとう」

『え?』

 妖精が私の方を見て、首を傾げる。

『変な子』

 妖精がフローラの方へ行く。

『リリーの馬鹿』

 だって……。

「今回は、あなたたちがエルの代わりに行くの?」

 代わり?

「違うわ。エル、まだ行ってなかったの?」

「まだ来てないわね」

「そう。向こうで会ったら嫌ね」

 それって……。

『エルはいつも行ってるの?』

「なぁに?訳ありなの?」

『そうね』

「エルには、この子を連れて行くって言ってないのよ」

「そうなの。なら、鉢合わせしそうなタイミングで来たら、少し足止めしておいてあげるわ。うちに寄らずに行ったりはしないはずだから」

「えぇ。お願いするわ」

 会ったら、どうしよう。

 エルは過去の話をするのを嫌がってる。私が勝手に教えてもらおうとしてるって知ったら、どう思うのかな。

「さぁ、出来上がったわ」

 マリーが代金を払って、花束を受け取る。

「ありがとう、フローラ」

 

 お店を出て、広い通りをまっすぐ歩く。

 エルは……。見える範囲には居なさそうだ。

「エルは、遠出から帰ったら必ずお墓参りに行くのよ」

『なら、今日は行くかもしれないね』

 行くのかな。

 仕事がなければ行くのかもしれない。

「フラーダリー・アウラム。それが、彼女の名前よ」

 フラーダリー。

「あまり会ったことはないけれど。大地の魔法を自在に操れる素晴らしい魔法使いだったって聞いている。魔法部隊を創設したのも彼女なの」

「じゃあ、エルが魔法部隊に入ってるのは……」

「フラーダリーが居たからね」

 だから、学費なんていつでも返せるのに兵役を続けてたんだ。

「白百合が好きな人だったの。この花のイメージにぴったりだった。百合の魔法使いとも呼ばれてたわね」

『だから、お墓参りも白百合なんだね』

 どこまでも純粋な白い花。きっと、すごく綺麗な人だったんだろうな。

「そして、エルの婚約者だった」

『後見人だったのに?』

『別に、親子じゃないもの』

「親子になるには、年が近過ぎたんじゃないかしら。七、八歳差だったと思うわ」

『それ、ルイスと同じじゃないの?』

「ルイスはエルの養子になれたのに?」

「法律は詳しくないわ。シャルロが上手くやったんでしょう。きっと、養子を引き取る上で微妙なラインなのよ」

 七、八歳なら、親子よりも兄弟って言った方が良い年齢差かもしれない。

「二人が婚約したのは、エルの卒業後。エルが成人したら結婚する約束だったみたいね。……でも、その前に亡くなった」

「病気で?それとも、何かあったの?」

「二年前の冬、ラングリオンとセルメアが戦争をしていたのは知ってる?」

 知ってる。まさか……。

「国境戦争で?」

「そう。彼女は魔法部隊を率いて国境戦争に赴き、戦死したの」

 戦争で亡くなったんだ。

「エルも一緒に居たの?」

「いいえ。予備部隊は戦争に参加しないわ。それに、その時、エルは王都に居なかったのよ」

『エルはぁ、砂漠に行ってたのよぅ』

 砂漠に?

「魔法部隊の参戦は急に決まったことだし、エルは何も知らなかったはずよ。でも、どこかで聞いたのね。エルは戦地であるオリファン砦へ向かった。……でも、間に合わなかった」

『間に合わなかったって……』

「エルが着いた時には、もう、フラーダリーは亡くなっていたそうよ」

「そんな……」

『あの時はぁ……。敗戦直後でぇ……。砦近くの村で簡単なお葬式をしてたわねぇ』

『そうだねー……』

 二人も見てるんだ。

「そして、エルは誰の静止も聞かずに砦に向かうと、単独で砦を奪還し、勝手に国境ラインをローレライ川にするって約束させたのよ」

「え?」

『じゃあ、あの話は本当だったってこと?』

―その通りです。

『あの話って?』

―最後の戦地であった砦を単独で奪還したと言われるのが、黄昏の魔法使いなんですよ。

『黄昏の魔法使い』

「黄昏の魔法使い……」

「そうよ。あの砦の活躍によって、そう呼ばれるようになったって聞いたわ。でも、エルは、その名で呼ばれるのが死ぬほど嫌いなのよ。……わかるでしょう?」

 あの二つ名が、最愛の婚約者を失うことになった戦争で付けられたものだったなんて。

「でもね。私、エルが炎の魔法を使えるなんて知らなかったわ」

「そうなの?」

「えぇ。魔法陣で呼び出した精霊に協力を頼むことはあったみたいだけど。自分の魔法として使ってるところを見たことはなかったのよ」

 そういえば、エルがエイダと契約したのは二年前って言ってたよね。ジオも。

『エイダとジオは、エルが砂漠に行った時に契約したの?』

『そうだよー』

 二人は、砂漠に居た精霊だったんだ。

「というか……。エルが攻撃魔法を使うなんて、らしくないって感じたわ」

「らしくない?」

「これは、私の個人的な感想なのだけど。エルって、魔法を使うことがあまり好きじゃなさそうだったのよ。あんなに精霊が好きな癖に魔法学科に進まなかったぐらいだから。不思議よね」

 魔法を使うことが好きじゃない?

 エルが?

 そんなイメージはないけれど、普通の魔法使いを知らないから比べられない。

「着いたわ。ここが、王都の墓地よ」

 

 ラングリオンの墓地。

 ここも精霊が飛んでる。

『変わった墓石だね』

 どれも似たようなレリーフが彫られてる。あれは、翼かな?

「墓石のレリーフには、どんな意味があるの?」

「ラングリオンの墓石には、左右に死者の世界へ続く蔦の巻き付いた門柱や門を、上部には死者の神の象徴である翼を彫刻するのが習わしね」

「死者の神?ラングリオンって、月の女神への信仰が深いんじゃなかったっけ?」

「月の女神への信仰も深いわ。けど、死者を弔う時は、死者の神へ祈りを捧げるのが一般的よ」

「そうなんだ」

「グラシアルは、太陽の神への信仰だったかしら?」

「うん。だから、墓石には太陽を模したレリーフが彫られるんだ」

「そうなの。……フラーダリーのお墓は、ここよ」

 

 Fleurdely Aurum

 

 墓の上に、バニラが座ってる。

『バニラ。なんでここに?』

 どうして……?

 あ。

「フラーダリーって、大地の魔法使いだっけ?」

「そうよ。大地の精霊でも居た?」

「えっと……」

『私は、フラーダリーの精霊だったんだ』

「そうだったの?」

『リリー。見えても言っちゃだめよ。マリーも、聞いちゃ駄目じゃない』

「ごめんなさい」

「……そうね」

『このお墓って、特別な墓なの?』

『特別と言えば特別かもしれないわね』

 他のよりも大きい気がする。それに、お墓には百合の花のレリーフも掘ってある。

「お墓って、好きな花も彫刻するものなの?」

「いいえ。花は、若くして亡くなった人だけよ」

 周りのお墓に、花は彫られてない。

「フラーダリーは、国王陛下の妾腹だったのよ」

『国王の子供だったの?』

「王族だったの?」

「いいえ。王族に名を連ねることはなかったわ。フラーダリーが生まれたのは、陛下が王位を継承される前の話で、御結婚もされていない時のことだから、王族として迎えるのは難しかったそうね。……でも、陛下のご寵愛が深かったことは、皆が知ってるわ。王族の証である剣花の紋章を預けていらっしゃったから」

「剣花の紋章?」

「特別な紋章なの。今は、エルが持っているはずよ」

 それって……。

『もしかして、リリーがこの前、外そうとしてた奴?』

『そうだ』

 大切な人の形見だから、いつも身につけてたんだ。

 お墓に花を添えて祈るマリーを真似して、祈りを捧げる。

 揺れる花の近く。お墓の下の方には不自然な傷がついてる。

 違う。傷じゃない。これは。

 

 El

 

「エル?」

 どういうこと?

「エルが勝手に掘ったみたいね」

 しゃがんだマリーが文字をなぞる。

「エルは、フラーダリーが死んだのは自分のせいだって言ってたわ」

「え?……戦争で亡くなったんだよね?」

「そう。敵の傭兵と相討ちだったって聞いてるわ」

『エルは真実を知らない』

「真実って、」

『リリー』

 そうだ。バニラの声はマリーに聞こえない。

「エルは無関係よ。それは間違いない。だって、その場に居なかったんだもの」

 そうだ。状況ははっきりしている。エルが原因なわけない。

「何でも自分のせいにしたがるだけよ」

 そう。きっと、それが真実。

「エルはね。フラーダリーが死んでから、ずっと塞ぎ込んでたのよ。あの通り、他人の話なんて全然聞かないから、周りが何を言っても無駄で。ルイスとキャロルを引き取って、ようやく元気になってきたかと思ったら、急に居なくなって。お金に困ってるわけでもないのに冒険者なんて危ない仕事を続けてるでしょう。……まるで、死に場所を探してるみたい。本当に、見てられないわ」

『そんな風には見えなかったけどね』

 見えなかったのは、何も知らなかったからだ。

「でも、今は違う。リリーのおかげよ」

「私?」

「えぇ。いつものエルみたいだったわ」

『リリーと会ってからぁ、エルは変わったのよぅ』

『そうだな』

『そうだねー』

『昔みたいだったわ』

 そんなこと言われても……。

 私は、昔のエルのことなんて知らない。養成所のエルも、フラーダリーと婚約してた時のエルも、彼女が亡くなった時のエルも知らない。

 一緒に旅してる時のエルしか知らない。

 だから、何がどう変わったかなんて……。

「フラーダリーの話は、こんなところね。……エルが来たら困るわ。そろそろ行きましょう」

 だめ。

「マリー、先に行っててもらっても良い?」

「一人で大丈夫?」

「うん」

「そう……。わかったわ。東の出口に居る。ナインシェ、リリーをお願い」

『まかせて』

 私は、ここでやらなくちゃいけないことがある。


 

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